副首都区攻略戦2
「小野とは、病院で出会ったんだ」
式雪風の運転する車が、もう少しで副首都区に着く、という頃、突然峰達哉が口を開いた。
「澄空と会う前に、入院してたんだったよな」
三村が相づちを入れる。
「そうだな。あいつはどこも悪そうには見えなかったが。何故か俺の前に現れて、『君と僕は似ている。同じ男に魅了される運命にあるよ』と言ってきた」
「あ……怪しさ満点だな」
三村がとても素直な感想を返す。
「俺も最初はそう思ったんだが、あいつに澄空の動画を見せられて納得した。俺は確かに、澄空に魅了された」
「ちゃんと『澄空の強さに魅了された』って言わないと、ライバルが増えたかと思って私が焦りますよ?」
「春香。余計な茶々を入れている暇があったら、少しでもテンションをあげる努力をしてください。今回は、猫の手どころか貴方の手も借りたい状況なんですから」
存在意義を主張するかのように話に割り込んできた式春香を、賢崎藍華が一蹴する。
「まぁ、その後、小手調べで襲撃し、反撃で殺されかけて、その強さにますます惚れることになるんだが」
「なるんだが、じゃないぞ。あの時、エリカも危なかったんだからな。これからは仲間に戦闘をふっかけるのを少しは自制しろ。特に俺相手には」
体育祭でのタイマン以来、対峰にとても敏感になっている三村が、ここぞとばかりに保険をかける。
「その節は、本当に迷惑をかけた」
と、深々と頭を下げる峰。
「イエ、そのコトは、もういいんデスけど……」
エリカが軽く首を振り。
「小野は、なんで澄空に執心するんだ?」
三村が疑問を述べる。
「俺はこの通りの朴念仁だ。だから、あまり自信はないんだが……」
少し考えて、峰は口を開く。
「俺の目には、本当に、小野が澄空に憧れているように見えた」
「「…………」」
誰も「幻影獣が、人間に憧れるのか」とは口にしない。
小野の正体を知った時も、驚くほど、彼に対する感覚に変化がなかったのだ。
「お嬢様。そろそろ見えてきたみたいですよ」
助手席に座っている式春香の声で、全員の注意が前方に向く。
そこに見えるのは、廃墟となったかつての副首都と、真っ赤にそまる空。
「まさか、生きているうちに……それどころか、高校生のうちに、しかも、管理局とは別行動で副首都区に突入することになるとはな……」
「ほんとに、人生、何が起こるか分からないなぁ……」
怖じ気づいたわけではないだろうが、峰と三村が感慨深く呟く。
「あノ……。とこロデ、BMP管理局ト賢崎さんノご実家の人タチ、副首都区トノ境界線上で待機してイルんじゃなかったデスか?」
エリカが疑問を呈する。
境界線上に残っているハンターが、明らかに少ないのだ。
「どうやら、突入開始したみたいです。私達だけでなく、国として、もう引き返すつもりはないらしいですね」
主要なBMPハンターが全滅した上で、コアが解放されれば、もう国として成り立たなくなる。
賢崎藍華の言葉は、そういう意味である。
「合流するのか?」
「いえ、別行動しましょう」
峰の問いに、藍華が答える。
「迷宮がいる以上、まともな作戦行動で捕らえられるとは思えないんです。まぁ、情報提供は受けていますから、万が一、本隊が目標を発見できれば、急いで向かうことにしましょう」
「それまでは、アイズオブフォアサイトで独自に目標を探すということ?」
車の中列、エリカを挟むようにして座っている麗華が、藍華に問いを掛ける。
「そうですね。私は迷宮探索も迷うのも得意ですから、ひょっとしたら迷宮に対抗できるかもしれません」
という、頼もしいのかどうなのか良く分からない賢崎藍華が示した目標地点は……。
「副首都区役所庁舎に向かいます」
☆☆☆☆☆☆☆☆
さすがは副首都区のホールというべきか。
1000人は入れそうな大きさに、しっかりとしたつくり。
廃棄された今でも、十分に威厳を感じる。
そして、整然と並ぶ空席の向こう。
ステージ上、舞台の上に、四聖獣・小野倉太が立っていた。
「待ってたよ、悠斗君♪ もう会えないかと本気で心配してたよ!!」
広いホールに響き渡る小野の声。
あいつは本当に嬉しそうだった。
「お前が余計なことをしなければ、普通に、明日、学校で会えたけどな……」
「……あら、もう行く気がなかったんじゃないかと思ってたけど?」
「お別れくらい……」
……しなかった訳がないことはないこともないかもしれない。
などということを、俺とミーシャは話しながら、演台に向かう。
小野も、舞台から降りてこちらに向かって来る。
お互いが歩みを止めたのは、ちょうどホールの中央付近。
椅子に挟まれた通路は、二人で並んで立っていても十分な幅があった。
「さて、と……」
と、ミーシャがさらに歩みを進める。
「私がこのまま観戦したら、悠斗君もソータも落ち着かないでしょうから、席を外すわ。侵入者……というより、麗華さんの番をしてるから、好きなだけやりなさい」
「ありがとう、ミーシャ。苦労をかけたね」
「別に大した手間じゃなかったけど。これで、あんたの面倒を見ることがなくなるかと思うと、少しは……きゃっ!」
俺の目にも分かるくらい虚勢を張っていたミーシャが、突然小野に抱きしめられた。
「本当に……今までありがとう」
「…………。無関心の幻影獣のくせに……。似合わないことするな、アホ……」
人の形をした幻影獣同士の抱擁は、そんなに長くはなかった。
どちらからともなく離れ。
ミーシャが、くるっとこちらに振り返り。
どうということもなく、俺の隣を通り過ぎて、ホールの出口に向かって歩いていく。
俺に感想があるとするなら。
『教科書検定のやり直しが必要では?』といったところだろうか。
幻影獣は、泣くことはない。って書いてたからな。
「先にハカセ君達に会いたいかい?」
「いや……構わない。時間が惜しい」
それに……。
少し、顔を合わせづらい。
「そっか……」
と、小野は言い。
「さて……」
「……と」
お互いの距離は、7メートルほど。
まずは……。
「小手調べ」
小野が近くにあった椅子に手をかざすと、バキッという音とともに、根本から引き抜かれる。
……今のが引力か?
「そして……」
椅子をなでるような手つきとともに……。
掲げた椅子が、高速で撃ち出される!
「劣化複写・引斥自在!」
右手を外向きに振るい、斥力で椅子を弾き飛ばす。
予想外に良く飛んだ椅子は、壁面に激しく打ち付けられて砕けた。
「これが複写できるだけでも十分たいしたものなんだけどね……」
と、小野は右手を高く掲げ。
「こっちはどうかな?」
指を打ち鳴らす。
「!?」
瞬間、体全体が鉛に変わったかのように重くなる。
「じ……重力制御!?」
「理解が早いね、ほんと。さすが『なんちゃって馬鹿』といったところなのかな?」
という呑気な小野の声を聞いている場合じゃない。
圧力がどんどん強くなっている。早く無効化しないと押し潰される!
「い、劣化複写! す、引斥自在?」
同じ能力名なのかどうなのか良く分からなかったので、発音に疑問符は浮かんだが、BMP能力自体は問題なく発動した。
劣化能力だからして、完全には中和できないが、体にかかる重さは、かなり和らいだ。
これくらいなら、闘える。
……それより。
「凄いね、ほんと。君のBMP能力は、僕の目から見ても、怪物的だよ」
「……そんなことより、二つほど気になることがある」
「何かな?」
小野は、一応答えてくれる気があるらしい。
今のうちに聞いておくことにする。
一つ目は……。
「BMP能力の切れが良すぎる」
頭痛がしなくなったとかいうレベルではない。
発動の滑らかさ、反動、早さ、威力。
全て、今までとは比較にならない。
ちょっと怖いくらいに。
「それはそうだよ。暴走したコアの近くにいるんだから」
と、自分の胸を指さす小野。
あそこにあるのか?
「分かってると思うけど、体のダメージは別だよ。コアと一体化している僕よりはましだろうけど、今、君の体には、普段の数倍の反動ダメージが蓄積されている」
「…………」
言うまでもなく、闘う前から、俺の体の状態は普通じゃない。
しかも……。
「ザクヤの暗示が効いているからね。今の君は、自分の体のダメージが正常に把握できないはずだ。僕と決着がつく前に、気が付いたら死んでた、ということのないようにね」
「…………」
し、シャレにならん……。
「そういえば、あと一つは、何なの?」
「あ、あぁ……」
こっちは、あんまり大したことじゃないんだが……。
「このBMP能力の名前……重力制御の方も、引斥自在で、いいのか?」
と。
「ぷっ……。あは。あははははは!」
小野が笑い出す。
「この期に及んで……。君は本当に律儀な男だね」
「…………」
そう言われても。
「しょせん幻影獣のBMP能力。正式なものでもなし、君の好きに呼ぶといい」
「しかし……」
そう言われても……。
「僕は、使ってくれるだけで満足だよ」