迷宮の死角
エクストラマッチを終え、家路を急ぐ剣麗華は、どこか浮かれていた(基本無表情なので、外見からは分かりづらいが)。
理由は、もちろん、新しい幻想剣・絶剣ダインスレイブである。
「やっぱり、城守さんにして良かった」
そう呟く。
本当は、幻想剣自体を先に澄空悠斗に複写させて自分と立ち会えば、『剣麗華』の剣技を複写させることもできたのである。
そうしなかったのは、プレゼントする時にすでに使える剣技が入っていた方が喜んでくれるという、何ともいじらしい理由が一つ。
それから。
「私のは、ちょっと適当だからね」
ということである。
型を軽視している、とかそういうことではないのだが、異常なまでの天賦の才能のせいか、習得期間が短すぎるせいで、全体的に『適当』と感じるのである。
対して城守蓮は、異常なまでの強さという点では共通しているのだが、適切な修練に裏付けされた『確かな強さ』なのである。
傍から見ると大して変わらない違いだが、長い目で見てどちらが澄空悠斗のためになるかを考えられるのは、彼女自身気付いていないが、なかなか大したことである。
(本当は、試合終了後すぐに渡したかったけど……)
剣麗華の顔が少し曇る。
澄空悠斗は、「少し疲れた」とのことでさきに帰ってしまったのだ。
まぁ、帰る場所が同じだし、特に問題はないのだが……。
「…………」
ふと、違和感を感じた。
『悠斗君はちょっとぐらい疲れてても、きっと私が試合を終えるまで待っててくれる』と考えられるほど乙女回路の育っていない彼女だが、少しだけ腑に落ちなかった。
「……悠斗君そんなに疲れてたのかな……」
確かにあれだけの激闘を制したのだし疲れない訳はないと思うが、闘技場にだって休憩する場所くらいある。
そんな余裕がないくらい疲れたのだとしたら……。
「…………」
剣麗華は、人と接しなかった期間が長いせいか、違和感というやつが苦手だった。
だが、それでも感じる。
ここ最近ずっと感じていた、漠然とした不安感。
「あ……」
そんなことを考えていた時、ちょうど上条博士の病院が目に入って来た。
一刻も早く自分達の部屋に帰りたい衝動を抑え。
彼女は、病院に入っていった。
◇◆
剣麗華は、顔パスで受け付けを抜け、上条博士の診察室兼研究室に入る。
そんなに難しいことをするつもりはない。
パソコンで、澄空悠斗のカルテを調べるだけだ。
今まで調べなかった訳ではない。
むしろ、しつこいくらい何度も調べた。
しかも、万が一の迷宮対策に、フラガラックを召喚したままで。
「…………」
ひょっとしたら、それがいけなかったのかもしれない。
迷宮相手の対策までできているのだから、きっと大丈夫、と。
……当然ながら、『通常の手段』でデータ改竄されていた場合、幻術対策は何の意味もない。
そして、あらゆる才能に秀でた彼女は、あっという間にその痕跡を見つけてしまう。
「……こんな……」
絶句しながらも、震える手でパソコンを操作する麗華。
改竄といっても色々ある。
澄空悠斗に直接関係のない項目かもしれないし。
関係のある項目だったとしても、『あの数値』以外であれば、たぶん問題ない。
「BMP能力と身体の適合性を示す指標。100で標準、80を切ると危険……」
呪文のように繰り返しながら、恐る恐るその項目を求める。
以前、上条博士から聞いたその数値は、103。
戦闘にまったく支障がないどころか、わずかとはいえ、まだ使いきれてないことを表す数値だった。
だが、これが改竄されていたとしても。
(大丈夫……。英雄視されている悠斗君が100を切ったら確かにイメージが悪いから、改竄しようとする人がいても不思議じゃない。でも、80台くらいなら、恐らくそこまで問題はない。たとえ80を少し切ったとしても、適切なケアをすれば大丈夫……)
本当に。
祈るような気持ちで表示したその項目は……。
『P値:18』
「っ!!」
剣麗華は、机に拳を叩き付け。
自分達の部屋に向かって、駆けだした。
☆☆☆☆☆☆☆
ゆっくりと目が覚めて来た。
どうも、麗華さんの部屋に帰って来るなり、ソファで寝てしまったらしい。
……ちゃんとベッドで寝ないと風邪引くな、なんていうほど余裕がある状況じゃない。
今の夢は……。
と。
突然、携帯電話が鳴った。
表示される名前は、やはり、小野だった。
「……もしもし」
「小野です」
「……ああ」
「あれ? もっと攻撃的な怒りをぶつけられるかと思ったけど、ひょっとして夢が見られなかった? ミーシャも、肝心なところで頼りにならないからなぁ……」
「そうか……」
ミーシャ先生も、幻影獣なのか……。
「ああ、良かった。ちゃんと見れたみたいだね」
「小野……」
「あ、勘違いしないでよ。あの出会いだけで惚れたわけじゃないからね。その直後のクリスタルランスとの戦闘や、長年見守っているうちに、少しずつ恋心を育てていったんだよ」
いや、恋心はどうでもいいんだが。
「目的は何なんだ?」
「分かっているとは思うけど、寝首を掻くことじゃないよ」
「分かってる」
「君にしかできないことをしてもらうためだよ」
「…………」
君にしかできない……。
それはつまり。
「賢崎さんにも、城守さんにも、……麗華さんにもできないことなんだな?」
「そうだよ」
やはり思い当たることは一つしかない。
俺が、この三人より、いや、世界中の誰よりも優れていること。
「境界。BMP200……」
「そう。人間どころか幻影獣さえ頼りにしている、現状唯一の希望だよ」
俺がBMP200を超えて、幻影獣か、あるいはそれに近い状態になる。
それを、腕時計型のモニタリング機器で解析する。
「おおっぴらにはできないけど、僕らも人間側に情報提供はしている。準備はできてる。境界の観測さえできれば、幻影獣の発生を抑える手段がみつかるはずなんだ」
「……なんで、幻影獣が世界を救おうとする?」
「世界が滅びると、僕たちも滅びるしかないだろう?」
「下手すると、お前たちだけが滅びるぞ」
「共倒れよりは全然いいよ。というか、僕もこうなったから初めてわかるんだけどね……」
「……ん?」
「僕たち幻影獣は、人間のために生み出されたみたいだよ」
「…………」
それは、実は珍しくはない意見だった。
実際問題、幻影獣が現れなければ、100年前の世界大戦で人類は滅んでいた、という見方は強い。
緋色先生の授業でも言っていた。
これほど破壊能力に長けた種族なのに、永続的に環境汚染をもたらす能力を持つ個体がほとんどいない、と。
「僕がラスボスになって、戦闘の中で君を境界に導く! 素晴らしいラストだろう!」
「そこまで俺を評価してくれるのは、ある意味嬉しいんだが……」
もう無理だ。
あと一戦もできる訳がない。
出てくるのが遅すぎるっちゅうねん。
「今まで通り普通の学生生活を送る、ということじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないし。とても魅惑的な選択肢だよ。正直、最後まで悩んだ。女体化して麗華さんと恋の鞘当てとか楽しそうだし」
「……」
その案はできれば却下したいが、戦闘を避けられるのなら、甘んじて受けよう。
「でも、君は知らないんだ。全力で闘っている時の君がどれだけ美しいか……。あれを見せられて我慢できるヤツなんているもんか」
「…………」
そ、そうなのか……。
「それに、もう手遅れだしね」
「え?」
ことのほか軽い物言いに、嫌な予感を感じる俺。
「今、僕がどこにいると思う?」
「?」
どこ、って……。
「副首都区だよ」
「ふ……副首都区!?」
えらい遠い。……というか。
嫌な予感しかしないんだが……。
「そうだねぇ。危ないよねぇ。コアとかあるし」
「な……何をする気だよ」
「というか、もうしたんだよね。コアを身体に取り込んだうえで、暴走させた」
「……っ!!」
…………な。
「し……死ぬ気か!?」
「言ったじゃないか……。もう手遅れだって」
こともなげに言う小野……いや幻影獣。
メンタルが違うといえば、それまでだけど……。
「君がいない世界で、これ以上存在してもしょうがないからね」
「…………」
それは、嘘ではないのかもしれないけど。
「おかげで、今、僕のBMPは400を超えてる。実効BMPで200……。つまり、悠斗君が境界を超えない限り、少なくともスペック上は、僕に勝てないんだよ。……ほら、悠斗君のラスボスに相応しいだろう?」
「い、いくら幻影獣だからって……そ、そこまでしないといけないのか……?」
「違うよ。しないといけないんじゃなくて、したいんだ」
「…………」
きっぱりと言い切る小野に、俺は声もない。
「それに君達人間にも無関係じゃないよ」
「何が起こるんだ……?」
「暴走したコアは破裂する。コアがなくなれば、今いるBランク幻影獣を駆逐できれば、副首都区解放だよ」
「え?」
まじで?
「ただ、破裂するまでにどれだけ影響が広がるか……。僕が死ぬまでの間に、『この国のすべてのCランク幻影獣が、Bランクになる』くらいはあるかもね」
「な……!」
フィールドを歩くと、ボスにエンカウントするようなもんじゃないか……!!
「凄いだろう? ①四聖獣を一人撃破②副首都区解放③この国の危機を救う④幻影獣の発生メカニズムを解析する。これだけの偉業が、ただ、僕を殺すだけで達成できるんだよ!! 悠斗君の最後の闘いに、相応しいと思わないか!!」
「…………」
この……。
アホ……。
「あー……。だよね。悠斗君は、こんなことじゃ動かないよね?」
「小野……?」
「だから。……あんまり、センスは良くないと思うけど、古典的な手段も用意したんだ」
「っ!」
その言葉に、物凄い悪寒を感じた。
「あの小学生達三人組を誘拐した」
「小野!!」
おまえは!!
「怒らないでよ、悠斗君。ただでさえ、感覚が鋭敏になってるんだ。思わず、イっちゃいそうになったじゃないか……」
「あのなぁ!!」
「……返すよ」
「……へ?」
返す?
「誓って彼らには何もしない。僕が死んだら返すよう、ミーシャにはきつく言ってある」
「…………」
「でも、あの子達はもともと副首都区居住者。わずかな間とはいえ、暴走したコアの近くにいると、健康には良くないだろうね」
「…………あのなぁ……」
「ごめんね、悠斗君。でも、僕はどうしても君に来てほしいんだ」
「……」
「10年前の救助活動のお礼と、一時とはいえクラスメイトだったよしみで、僕の最後の我儘に付き合ってくれないかな?」
「…………」
「……待ってるよ、悠斗君」
言い残して、電話は切れた。
…………。
…………。
「…………はぁ」
溜息しか出ない。
あの露骨なやおいキャラは、絶対何か裏があると思ってたけど……。
「何の裏もないとはなぁ……」
あんな何でもない出会いを、そこまで大事に思ってたのか……。
「…………」
暴走したコアの近くでなら、俺がBMP200を超えることも不可能でないかもしれない。
そして、ザクヤの術はまだ有効だ。後のことを考えなければ、闘えないことはない……。
けど……。
「…………」
死ぬかもしれない。
「…………」
けど……。
俺は……。
「どこに行くの? 悠斗君」
「!?」
と。
麗華さんの声がした。