追想~首都橋の出会い~
創造次元は、完全に想定外だった。
残りの寿命を完全に使い切ってしまったかのような感じだ。
明日香を見送った後、自分の(※というか麗華さんの)マンションまで一人で帰ってこれたのが、信じられないくらいだ。
みんなに心配かけそうだからとか余計なことを考えずに、救急車でも呼んでいればよかった。
どうせもう、何もかも終わりなんだから。
などと考えながら、俺は、居間のソファに、うつ伏せで倒れ込んだ。
眠い。
泥のように眠い。
じゃなかった、泥のように眠りたい。
そして。
もう覚めなくていい。
★☆★☆★☆★
ゆっくりと目が覚めて来た。
まだ頭は重いけど、何が起きたのかちょっとずつ思い出して来た。
修学旅行に来ていたんだ。
首都橋をバスで渡っている途中に……。
「バスが事故したんだよね……?」
そのすぐ前に頭が物凄く痛くなったような気がしたけど……。
「というか、今も痛い……」
なんて言ってる場合じゃなかった!
「み……みんな! 大丈夫!!」
シートベルトを外しながら、大声で呼びかける。
横に座っている○○君は、気絶していて返事をしない。
通路に出て、車内を見回す。
「み……みんな、死んでない……よね」
先生も運転手さんもクラスのみんなも、誰一人として目を覚まさない。
橋の横のやつにぶつけたみたいで、前のガラスにはヒビが入っているけど、それ以外は特にバスが壊れてるみたいでもないんだけど……。
なんで誰も目を覚まさないんだ?
「ま……まさか、有毒ガスが漏れたとか……?」
って、それなら僕も死んでるし。
「っ!」
ふわっと、体が浮いた気がした。
いや、体じゃない!
バスごと浮いてる!?
僕は気が付く。
「幻影獣だ!」
叫んだ途端。
バスはぐるりと縦に半分回って。
上を下にして、地面に叩き付けられた!
「い……いた……」
体全体を打って、痛い。
「あ……」
でも、また、バスが浮く。
さっきよりも、ちょっとだけ高くまで浮いて。
「っ!?」
落ちた!?
「い……痛い……」
物凄く痛い。
痛がっているのは起きている僕だけだけど、みんなは大丈夫なのかな……?
「!?」
ち……血が!?
さっきまで横に座っていた○○君の頭から血が出てる!?
どこかでぶつけたんだ!
「ま……また……!」
またバスが浮かび始める。
「もう、やめろよー!!」
僕は、我慢できずに叫んだ。
「……」
すると。
「……?」
バスはそれ以上浮かばずに、静かに着地した。
「????」
幻影獣がお願いを聞いてくれたんだろうか?
そんなわけがないと思いつつ、とりあえず、僕は反対になったバスから外に出ることにした。
バスの天井を歩くというのは、不思議な感覚だったけど……。
けど、ドアが開かない。
「この、この……!」
もたもたしてたら、またバスが浮くかもしれない。
早く外に出ないと。
「この……開けー!!」
ゴン、と。
「え?」
そんなに強く押したつもりはなかったんだけど。
というか、そんなに強く押したってこうはならないと思うんだけど。
バスのドアは、根元から外れ、吹き飛んで、首都橋の手すりの大きいみたいなやつを越えて、海に落ちて行った。
「ど……ドアがもろくなってたのかな……」
「そんな訳がないだろう」
「!」
驚いて、声のした方を振り向く。
そこに居たのは、ジャニーズみたいな綺麗な顔をした、高校生くらいの男の人だった。
「無効化能力かと思ったけど、重力系なのか……?」
綺麗な男の人は、何かぶつぶつ言っていた。
「あ……あの、あなたは……?」
「ご覧の通り。幻影獣だよ」
「……? 絃・永十さんですか?」
「! な、なんだい、それは……」
永十さんは、衝撃を受けたように後ろに下がった。
「永十さん?」
「違う。幻影獣。人類の天敵の方の」
「…………」
いや。
「幻影獣って、もっとモンスターっぽいんですよ。実物見たことはないかもしれないですけど、ニュースとかでやってませんか?」
「いや、だから、Aランク幻影獣だよ。人の姿をとる、最上位の幻影獣」
「…………」
「な、なんで、そんな顔をするんだい? ぼ、僕を疑っているのかい!? この全身からにじみ出る違和感を感じられるはずだろう!!」
「……そんなこと言われても……」
全然、感じない。
ということを素直に話すと、永十さん……じゃなくて、幻影獣を名乗るジャニーズさんは、深く頷いた。
「そうか……。普通に見えても、君は今、境界に居るんだね。確か、覚醒時衝動……だったかな?」
「?」
覚醒時衝動?
聞いたことがあるような気がするけど……。
「ま、いいか。見ててご覧」
と、幻影獣を名乗る人は、僕がさっきまで乗っていたバスに振り返る。
そして……。
「え……え!?」
僕の見ている前で、音を立ててバスが水平に二つに割れる。
まるで、ケーキを切り分けるように。
「ぽいっ、と」
そして、バスの上半分を海に投げ捨てる。
もちろん手なんか触れずに。
「どうだい? これで分かっただろう?」
「……え、ああ、うん。助けやすくなったですね」
「そうじゃなくて! 僕が幻影獣だと分かっただろう!?」
「? あ、ああ。そうですね」
こんな凄いBMP能力は聞いたことがない。
きっと、この人は幻影獣なんだろう。
そういうことなら……。
「じゃあ、幻影獣さん。とりあえず、皆を助けるのを手伝ってもらっていいですか?」
◇◆
ということで、幻影獣さんに皆をバスから運び出すのを手伝ってもらった。
というよりも、幻影獣さんが皆、BMP能力で運び出してくれた。
○○君含めて、ところどころ怪我をしている子はいたけど、そんなに重症の子はいなかったと思う。
「僕は何しに来たんだ……?」
でも、助けてくれた幻影獣さんは何だか落ち込んでいた。
「そういえば、何しに来たんですか?」
「君に会いに来たんだよ!?」
幻影獣さんに、何故か怒鳴られた。
「いくら僕でも、それなりに緊張して来たというのに、何なんだ君の態度は? それが人類の天敵に向ける態度なのかい!?」
「……そんなこと言われても」
どう見ても人間にしか見えないし。
怖いとも憎いとも感じないなぁ……。
人は見た目じゃない、なんていうのはやっぱり綺麗ごとなんだ。
ただしイケメンに限る、んだ。
「大切な人達のために恐ろしい幻影獣にも立ち向かう。……くらいの展開だったら、僕も少しは納得してたんだけどね……」
「大切な人達……」
と、僕は、クラスメイトのみんなを見た。
「違うのかい?」
「いや、違う訳じゃないけど……」
僕は、怖いことがあると、一人で逃げ出すような性格だったような気がする。
あ、でも。
あの子に会った時に、それじゃ駄目だって思ったような……。
「っ! い、痛たたたた!!」
「ど、どうしたんだい?」
「あ、頭が痛い」
頭に黒い蝶のアクセサリを乗せた女の子の姿が浮かんだ途端、頭が痛くなったんだ。
「無理はしない方がいいよ。聞いていた症状とはずいぶん印象が違うけど、君のそれは覚醒時衝動だ」
「覚醒時衝動……?」
さっきも言ってたけど……。
「BMP能力に目覚めた時に起こる一過性の過敏反応……。みたいなものなのかな? 人間は不便だね」
「BMP能力……?」
「そう。君は、BMP能力者になったんだよ」
言われて、少し考える。
さっきバスのドアを壊したこと。
いや、その前、バスが突然浮かなくなったのも。
「重力操作系だと思ったけど。良く考えたらそれも違うね。レオの言うとおりだとしたら、そのBMP能力は複写……というより、学習に近いものになるはずだ」
「……」
そうか。
この幻影獣の人のBMP能力を複写したのか。
「全然、実感がないんですけど」
「そうかい? 周りを見てごらんよ」
言われて、周りを見て、驚いた。
僕たちのバスだけじゃない。
首都橋の上では、そこらじゅうで事故が起こっていた。
大きい車小さい車、壊れ方の酷いものそうでないもの、関係なく。
全ての車が、動きを止めていた。
「まるで、みんなが一斉に気絶したみたいだ……」
「そうだよ」
頷かれた。
「みんな、君の覚醒時衝動に当てられて、気絶したんだ」
「そ……それは無茶だと思います。BMP能力者が覚醒するたびにこんなことが起きてたら、この国は滅茶苦茶になってると思います」
「当たり前だろう。一般のBMP能力者の覚醒くらいで、こんなことになるはずがない」
そう言って、幻影獣の人は僕を指差す。
「何か大いなる意思のようなものに選ばれたみたいだとレオが言っていた、君だからこそなんだよ! 澄空悠斗!」
「……そうですか」
「……反応薄いね」
「頭が痛いんですよ」
僕は座り込んでしまった。
「聞いてもいいかい? 悠斗君」
「……はい」
痛みを増す頭痛の中で、頷く僕。
「君は、自分のBMP能力を怖いと思うかい」
「はい……」
こんな大事故を見る限り、怖くないなんて言えない。
でも……。
「君は、自分のBMP能力を素晴らしいと思うかい」
「はい……」
こんな凄いことをできる幻影獣の人のBMP能力を複写できるんだ。
凄くないなんて言えない。
でも……。
「君は、何がしたい?」
「…………っ!」
言われた瞬間、頭に黒い蝶のアクセサリを乗せた女の子の姿が浮かんで、また頭が痛み出すんだ。
でも、少しだけ思い出した。
「大いなる意思は知りませんけど……。あの子と約束しました」
「何を?」
「さぁ……」
それを良く覚えてないんだ。
でも。
「こういう状況を、見過ごしてちゃ駄目なんだと思います」
僕達のバスだけじゃなく、周りを見回しながら幻影獣の人に答える。
「分からないね……」
幻影獣の人が、ぽつりと呟く。
「人間の行動原理は不可解なものが多いけど、君のは、とびっきりだ」
「そうですか……」
「レオに命令されて嫌々来たとはいえ、大いなる意思か何かに選ばれた人間がどんなものか興味はあったのに、まさか、こんなだったとは思わなかったよ」
「すみません……」
「でも、一番分からないのは……」
と。
幻影獣の人が微笑んだような気がした。
「仮にも無関心を司る幻影獣のこの僕が、君に興味を持ったということだよ」
「?」
「これから、君のことは陰ながら見守ることにするよ。君が本当に本物であったなら、また、こうやって会うこともあると思う……っと。」
そう言って、幻影獣の人は遠くを見た。
「クリスタルランスか……。微妙な時に来るね。負けるつもりはないけど」
僕の方を見る。
「君を巻き込むのは本意ではないし、ここは僕が引くよ。乱暴な連中だと思うけど、下手に抵抗しちゃだめだよ。同じ人間なんだから」
「…………」
何か、良くない人達が来るみたいだ。
もしもの時には、僕が皆を守らないと。
「じゃあね、悠斗君」
「はい、幻影獣さん。また、いつか」
「…………」
「? 幻影獣さん?」
「名前なんかどうでもいいけど、さすがにその覚えられ方だと、他のと見分けがつかないよね」
言いながら、幻影獣さんは救助されたクラスメイトのところに歩いていく。
「悠斗君は、この子が一番大切なのかな?」
幻影獣さんが示したのは、○○君。
たまたま隣に座っていて、たまたま頭を怪我したから、気になってはいたけど。
「特にそういう訳では……」
「…………………………まぁ、これでいいか」
幻影獣さんは○○君のネームプレートに目をやる。
「幻影獣さん?」
「だから、その呼び方は止めよう、悠斗君」
まるでノーベル賞ものの発見をしたような顔で振り返りながら。
「僕のことは、小野と呼ぶといい」
幻影獣は、そう言った。