初めてのデート?
週末。
封筒の中に入っていた地図を頼りにやってきた先。
そこにひとつの大きな建物があった。
広大な敷地にそびえ立つ、青を基調とした建物。
どことなく、海を連想させる。
そして、看板に『新月マリンパーク』と書いている。
「悠斗君。私には、住宅展示場じゃなくて、水族館に見える」
一緒についてきてくれた麗華さんが言う。
奇遇だな。俺もそう思う。
一緒に入っていたチケットを見ると、それはもうはっきりと『水族館入場チケット』と書いている。
今まで確認しなかった俺も悪いが、あいつはいったい何を考えているんだ?
「どうするの、悠斗君?」
「悔しいから、使ってやるか。このチケット」
単なる入れ間違いだったら気の毒だと思うが、今回は、あいつが悪い。
「でも……」
「ん?」
「水族館は、恋人同士でないと入ってはいけないと三村が言っていた」
「そんなことはない」
ほんとに何を考えているんだ、あいつは。
◇◆◇◆◇◆◇
『新月マリンパーク』は、なかなか豪勢な造りをしていた。
まずは、全方位に魚が泳いでいる水のトンネルがお出迎え。
ジャブ代わりの普通の水槽がいくつか続いた後、この水族館の売りでもある、深く地下にらせん状に進みながら鑑賞できる超大型水槽が待っている。
やっぱ、首都は金があるんだなー。
「悠斗君」
と、いきなり麗華さんに話しかけられた。
「ん?」
「ここでは、結局、何をすればいい? ここにいる魚の名前や生態を説明するのなら、簡単だけど」
そういう場所ではありません。
とはいえ、そうはっきり聞かれると迷うな。
恋人同士なら、親睦を深める、でいいんだろうけど。
……いや、恋人同士でなくてもいいのか。
「自由に泳ぎ回る魚を眺めながら、親睦を深める……とか」
「親睦? 私と悠斗君の間の人間関係に、現在問題があるとは思えない」
「まあ、問題があるとは俺も思ってないけど。さらに仲良くなる……とか?」
「さらに仲良くなるとどうなる?」
「仲良くなると……」
どうなるんだろう?
「対幻影獣戦闘時の連携戦闘効率がアップするとか?」
自分で疑問形になる俺。
「なるほど。では、親睦を深めよう」
そして、あっさりと納得する麗華さん。
と、いきなり腕を組まれた。
「れ、麗華さん?」
「大丈夫。私とて、男女の親睦の深め方くらいは知っている。周りの人たちも、皆、同じようにしている」
麗華さんの言うとおり、確かに周りの人は皆、腕を組んだり、肩を組んだり、もう少し密着したりしている。
というか、ここ、ほとんどカップルばっかりだったんだな。
そして、カップルばかりなのに、なぜか俺たちに物凄く視線が集中しているのに、今、気がついた。
そっか、麗華さんと居るんだもんな。
最近はだいぶ慣れてきたが、モデル並み(というよりモデルより)綺麗な麗華さんは、とにかく目立つ。
最初は、一緒に登下校するだけで、不審者通報されないか心配になるくらいだった。
そんな美人が、かなり無理しないとイケメンとは言われない俺と腕を組んで、珍妙な会話を繰り広げているんだ。注目されないほうがおかしい。
男が見とれて、女が腹を立てているカップルなんかはまだいいほうで。
女が顔を赤らめて『私、そっちのケがあったのかもしれない』とか言って、男が青い顔をしているカップルなんかは、もうご愁傷さまとしか。
「悠斗君、顔が赤い」
「ひょ!」
いきなり言われて、飛び上がる。
女性にしては背が高い麗華さんの顔は、俺と同じ位置にある。
いったん意識しだしてしまうと、かなり無理をしても二枚目ではない俺には、この美顔は刺激が強すぎる。
「ちょっと、のどが渇いたから……」
かなり無理のある言い訳をする俺。
すると。
「わかった。水分を調達してくる」
言うが早いか。
音の速度で、麗華さんは行ってしまった。
ひょっとして、催促したと思われたのか?
ひとり残された俺には興味をなくしたのか、周りのカップルたちは去って行った。
とはいえ、女が男をつねったり、男が必死で白昼堂々、愛の言葉を囁き直して女を正常な道に戻そうとしているカップルを見る限り、だいぶ禍根を残すイベントだったようだが。
まあ、それはともかく。
下手に動くと、はぐれてしまう。麗華さんが迷子になるとも思えないし、ここでのんびりと待っているか。
「でか……」
目の前に巨大なサメが迫る。
体長は10メートルほど。大きな口は、俺がまるごと入りそうだ。
強化ガラスがなければ、人間など相手にもならないような生物だが。
「俺は……」
つい一カ月ほど前、これよりもさらに強大な生物(かどうかは分からないが)を倒した。
BMP352を誇ったBランク幻影獣。
『奇跡のBMPハンター出現』なんて見出しで、つい最近まで大々的に報道されてたもんだ。
こうやってのんびり過ごせるのは、城守さんが顔出しNGにしてくれたからだな。感謝しなければ。
◇◆
気がつくと周りには誰もいなくなっていた。
「劣化複写:幻想剣。断層剣カラドボルグ」
ふと呟く。
次の瞬間、俺の手には壮麗な剣が握られていた。
麗華さんの幻想剣を俺の能力で複写した剣。
一か月前に目覚めたばかりだというのに、今では驚くほど簡単に使いこなせる。
そして、劣化状態の複写とはいえ、この剣は、目の前のサメごと、この超巨大水槽を両断する力を秘めている。
「ま、しないけど」
剣を消す。
BMP能力に目覚めた当初はむやみやたらと使いたがる人が多いらしいが、俺にはそういうのはなかった。
覚醒時衝動ってやつもなかったし。
そうこうしているうちに、人の気配がした。
麗華さんかと思って見ると。
そこには、見たことのない二人組の女性が並んで歩いてきていた。
『クリスタルランス3人目:アローウエポン・茜嶋光。(能力名:天閃。及び、クリスタルランス4人目:犬神 彰。(能力名:電速)』の場合
ただものじゃないのは一目でわかった。
身のこなしとか隙とか、小難しいことを考える前に、高BMP能力者は纏っている空気が違う。
意識して抑えないと、周りの人に圧迫感を与えるほどのプレッシャー。
麗華さんなんかは、その筆頭だ。
ちなみに、その麗華さんよりBMP値の高いはずの俺は、あんまりそういうのがないらしい。
『控えめなのが、澄空君のいいところですね』と、緋色先生も言っていた。
だが、その力に反して、見た目は二人とも細身の女性だった。
一人は、勝気な瞳が印象的な活発そうな女性。なんとなく、眼鏡はずし状態の委員長に似てるな。あと、なんか猫っぽい。
もう一人は……。
「美人……だな」
単純に美人度(そんな尺度があるのかどうかは知らないが)でいうなら、麗華さんや緋色瞳さんの方が上かもしれないが、包み込んでくれそうな優しい雰囲気がいい。
少しとろんとした眠そうな眼といい、おっとりとしていながら優雅な仕草といい。
「あんな姉さんがいたら、いいだろうなぁ」
不覚にも、そんなことを思う。
……家族のいない生活も長いのに、何をいまさら。
などと、考え事をしていると。
「うわ」
いつの間にやら、二人組の女性が目の前にいた。
通路は広い。
この二人は、俺に用があって寄ってきたのだ。
「あ、あの、なんでしょうか?」
「キミは……」
眠そうな眼の女性が、言う。
「私を……」
高BMP能力者なら、俺の力に気づいてもおかしくない。
いや、それ以前に、ひょっとして、さっきの『カラドボルグ』見られたか?
「お姉さんと呼んでもいい」
「はぁ……」
って。
「え?」
今、なんとおっしゃいました。
「私は、ユトユトのお姉さんになりたいと思っている」
ゆ、ユトユトって、それ、ひょっとして、俺の愛称っすか?
「ちょ、ちょっとちょっと。飛ばしすぎや、光。悠斗君、びっくりしてるやないか」
隣にいた活発そうな女性が、口を挟む。
「そ、そですよ。いきなり、お姉さんとか言われても」
というか、この人たち、なんで俺の名前を知ってるんだ?