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BMP187  作者: ST
第四章『境界の勇者』
238/336

叶えたい願いがあるという奇跡で

「くそっ……」

走りながら悪態を吐く俺。


どうして気付かなかったのか、と。

気付くきっかけはいくらでもあったのに、と。


「…………」

いや。

本当は気付いていた。


そうでなければ、こんなに混乱していない訳がない。

こんなに、覚悟をもって明日香のもとに走っていける訳がない!


「ガッツ! まだか!」

「も、もう少しだ!」

前を走るガッツが、俺の叫びに答える。

明日香を追いかけているエールからの連絡を、携帯電話で受ける係である。


「す……すみません! 本当は呼びに行くなと言われてたんですが……」

後ろからついて来るハカセが言う。

そう言った明日香の気持ちもわかる。

が、もちろんハカセ達には、礼こそ言っても責める筋合いは全くない。


……間に合え。


◇◆


「明日香!!」

「! んぁ!」

円形闘技場と隣接するビルを繋ぐ空中渡り廊下。

開放的で眺めがいい、と評判のその場所で、姉御は飛び上がるほどに驚いていた。


「ゆ……悠斗! びっくりさせないでよ! 思わず消えるところだったじゃない!」

「わ……悪かった……」

胸元を強く押さえながら叫んでくる明日香に、慎重に謝る俺。


……明日香の身体が透けて来ている。

その向こうの夕日がはっきりと目に入るほどに。

冗談抜きで、ちょっとした弾みで消えてしまいそうだった。


慎重に慎重に。


「明日香、落ち着いて聞いてくれ」

「……なに?」

「お前のこと、何とかなるかもしれない」

「…………」

逆光のせいもあって、明日香の表情が分かりづらい。

だが、言葉を続けるしかない。


「その身体は……、幻影獣のBMP能力なんだよな……?」

俺の問いに明日香が頷く。

「外見は普通の女の人にしか見えなかったけど……。たぶん、悠斗達が迷宮ラビリンスって呼んでる幻影獣なんだと思う」

「そうか……」


質量すら錯覚する幻。

人間を超越する幻影獣のBMP能力。

実際に目の当たりにして、それが幻であるとすら気付かなかった俺に、荷が重すぎるのは分かっているが。


「そのBMP能力……複写する」

俺の宣言に、期待と驚きの混じった声がハカセ達から洩れる。


が。


「無理だよ」

明日香だけは、一言の元に否定する。


「信じろ! BMPヴァンガードに不可能はない!」

もちろん、そんなことはないのだが、こう言わないと話が進まない。

明日香が全面的に協力してくれるなら、賢崎さんを呼んで融合進化ハイブーストすれば、まだ望みはある!


「そんなことは知ってるよ」

「嘘じゃない! 俺なら……? へ?」

知ってる? へ?


「悠斗に不可能なことなんてないことくらい知ってる」

「え?」

明日香が近づいて来る。

表情が見えるようになってくる。


「でも、悠斗。今度は、私、いつになったら、消えられるの?」

明日香は、泣くように微笑んでいた。


「っ!」

俺は言葉を失う。

明日香には、完全に見透かされていた。


明日香が、自立起動する幻で、消滅原因が術者による解除でないとするならば。

消滅条件の変更、もしくは解除。

それが俺の考えた、急場しのぎの策だった。


現在の消滅条件が好ましいものでないのならば、このやり方は正しいのかもしれない。

だが……。


「なんでだよ、明日香……」

「…………」

「今の状況の、どこに『満足』する要素があるんだ……?」

俺にはとても納得できなかった。

たとえ明日香本人が納得していたとしても。


「悠斗……」

明日香の手を握りしめる。

透けて見える程に存在感が薄れても、手のひらから伝わる感触は、とても幻には思えない。


「ただの小学生の女の子として生活するんだろ?」

「もう飽きるくらい生活したよ」

「恋もするんだろ?」

「悠斗お兄ちゃんにゾッコンだし」

「美味しいものいっぱい食べるんだろ?」

「舌も胃袋もないけど……、おごってもらえて凄く嬉しかった」

「勉強とか部活とか……」

「BMPヴァンガード様の妹役以上に面白いことなんてなかったよ」


…………。

だめだ。

予想以上に明日香の物わかりが良すぎる。

肉体が死亡しているせいで、根本的に存在への執着が薄いのか……。

それとも…………。

いや。


「妹の件は、どうするんだ?」

「う……」

そこで、初めて明日香が言葉を詰まらせた。


「だ、だますつもりはなかったのよ」

「…………」

いや、そういう問題ではない。


「こうなった以上は、是が非でも妹になってもらわなければ困る」

「ゆ、悠斗。あんまり乗り気じゃなかったくせに……」

「いや、実はムチャクチャ乗り気だったんだ」

「な……なんて清々しいまでの手のひら返し……。魔人め……」

いや、魔人は関係ない。


「天竜院さんがいるじゃない」

「は?」

天竜院先輩?

「格好良いし、美人だし、強いし、優しいし……。何より面倒見がよさそうだし。悠斗と剣さんの二人でも足りないところを埋めてくれる、素敵な妹さんになれるとおもうんだけどな」

「あんな胸の大きな妹が居てたまるか」

超高校級なんだぞ。


……。

…………。

「…………」

「…………」

「本当はね」

「ん」

「『これはボランティアじゃない』って言われてたんだ」

「え?」

「完全に魂が摩耗して消滅するまで。千年かかる呪い、って」

「…………」

呪い……。


「基本的に、肉体が死亡した段階で心も止めるから。後悔は消えないし、満足はできない。出口があるだけで脱出不可能な魂の牢獄だって」

「そう……なのか」

本当の目的は分からないが。

幻影獣らしいと言えば、幻影獣らしい。


「でも、違った。全然そんなことはなかったよ」

「……明日香」

「悠斗と会ってから、毎日、心が変わっていくの。絶対に忘れられないはずの最期の瞬間も、いつの間にか思い出さなくなったし。みんなとの『今』が面白いとすら感じるようになったし。それどころか、これからのこと。悠斗達と一緒に生きていく、これからのことが楽しいとさえ思えたの」

「…………」

「それはとっても凄いことなんだよ、悠斗」

「…………」

「だから、私は、『満足』なんだよ」

「…………」

「……悠斗」

「……そうだな」

俺も物わかりが良過ぎて使い物にならない。

すがりついて、泣き喚いて、引き留めるくらいでいいのに。

……どうして、こんなに、明日香の気持ちが分かるのか。


……あ。

いや……。


「悠斗。泣かないで」

「…………」

泣いているのは明日香だ。


俺に抱きしめられたまま、大粒の涙をこぼして、一生懸命泣いていた。


「わ……私もね、消え……消えたい訳じゃないんだよ?」

「分かってる」

「悠斗が……世界を助けるところを……ずっと見てたいんだよ」

「ああ」

「ゆ……悠斗は無自覚にモテるから……。ちゃんとした妹は、必要不可欠だと思うの……」

「俺も居て欲しい」

「い……妹としてだけじゃなくて……剣さんと恋人の座を取り合うみたいな……そんなルートもいいと思うの……」

「それはいいな」

薄れていく。

明日香の身体が。


「ねぇ、悠斗」

恨みは全く感じさせず。


「叶えたいことがあるって」

涙の中にも晴れやかな笑顔で。


「まるで奇跡みたいだね」

でも、少しだけ残念そうに。


俺もそう思う、と伝えると。


明日香は少し微笑んで。


大好き、と言ったような気がした。


まるで夕日に溶けるように。


明日香は俺の腕の中で。



消えて行った。

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