ファイナルマッチ『澄空悠斗vs臥淵剛』7
腕が痺れていた。
鉄板を殴りつけたような物凄い衝撃がいつまで経っても、腕から抜けない。
それでも、人外の拳が目の前を掠めた恐怖には及ばない。
ハンマーウエポンへのクロスカウンターという、狂気のフィニッシュブローを放った俺は、軽い放心状態になっていた。
パワーやスピードだけでは、絶対に勝てなかった。
超付け焼刃とはいえ、ちゃんとした型を教えてくれた賢崎さんに心からの感謝を。
…………。
「……って」
心からの感謝を、じゃねぇ!!
「臥淵さん! 臥淵さん! 臥淵さん!!」
10メートルは吹っ飛ばされて仰向けに倒れこんでいる臥淵さんに、大慌てで駆け寄って、抱き起そうとして。思いとどまる。
頭を強く打っている(※というか俺が打った)。揺すらない方がいい(※殴った感触を考えると、もうそんな次元ではないような気がするが……)。
「ふ……!」
「慌てんな、悠斗」
弱々しくはあるが、意外としっかりとした声で臥淵さんは答えた。
「俺は大丈夫だ……」
「いやいやいやいや! 明らかに何かトンデモないものを砕いた感触が!!」
「…………それは、あれじゃないか?」
と。
空間……、戦闘フィールドと客席の境目あたりに、巨大な亀裂が現れる。
最初は一本。
クロスするようにもう一本。
そして、加速するように何本も。
「な……なな……」
同じような現象が、複数の箇所で起こり始める。
空間そのものが崩壊しているかのように感じられる怪現象。
あっけにとられたままの俺と観客の前で、それは臨界に達し。
数百枚のガラスが一度に砕けたような音と共に、弾けた。
「う……わぁ」
思わず感嘆の声が漏れる。
初めて幻影獣を倒した時の、エリカの豪華絢爛の破片を思い出す。
あれを数十倍の規模にしたかのように、空から無数のカケラが降ってくる。
武闘場の光を反射して輝く、異能のガラス。
「貫通するはずの衝撃を、逆にダメージ無効化結界に肩代わりさせたんだろうな……。だいぶ見くびってたな。大した男だ、二宮……」
「まじですか……」
それはほんとに凄い。
美女ならともかく、男相手にそこまでしてくれるとは、二宮さん、ただのイケメンではなかったらしい。
って、そんなことより。
「え……と」
「負けたな」
意外とさばさばした声で臥淵さんは言った。
まぁ、この人にじめじめは全く似合わないが。
「……ったく、強えなぁ、おまえは。ほんとに人間かよ」
「…………」
貴方に言われたくはないですが。
「……」
「……」
「……悪かったな」
「へ?」
唐突な謝罪に、間抜けな声が漏れる。
「おまえがどこかおかしかったのは、分かってた」
「…………」
「しかし、まともに闘える機会はもう二度とないかもしれないからな。我儘を通させてもらった」
「……それはひどい」
「いいじゃねぇか。どんな状況でも勝っちまう、おまえの完璧な強さが、ますます証明されただろ?」
「…………」
確かに、今回ばかりは勝てると思わなかった。勝つ意味もないと思ってたし。
「その、まるで『勝つことに呪われたような』強さが、どうしようもなく魅力的なんだよなぁ……」
「…………」
呪い……。
臥淵さんは冗談で言ったんだろうけど。
……なかなかに言いえて妙だった。
それでも。
「まぁ、未練はたらたらだが、さすがにここまで完璧に負けたらな……」
「臥淵さん」
この人に勝てたことは、素直に誇りたい。
「ただ、覚悟しろよ。蓮は、俺の十倍はしつこいぞ」
◇◆ファイナルマッチ『澄空悠斗vs臥淵剛』結果報告
・勝者:澄空悠斗
・試合時間:10分45秒
・フィニッシュ:創造次元・永遠の淑女(結界破壊ver)
◇◆
☆☆☆☆☆☆☆
「ふ……ふぇ……ふぇぇぇ……」
大歓声の中で、目に涙を一杯に溜めながら喜びを表現する鏡明日香。
男性が見れば発狂しそうなほどに可愛いが、見つめる三人の顔は複雑だった。
いや、この三人でなくとも、良く見れば分かったのかもしれない。
鏡明日香は、どこか苦しそうだった。
「姉御……」
「ご……めん。も……限界かも……」
泣き笑いのような顔で、ハカセに答える明日香。
「く……苦しい訳じゃないんだけどね……。気を抜くと、消えちゃいそう……」
消え入りそうな声で言う明日香。
ハカセ達にも驚きはない。
『もし万が一、満足することができたなら、消える』
あの幻影獣は、確かにそう言っていたのだから。
澄空悠斗がベルゼブブを倒した時。
本当は、あの時に消えていてもおかしくなかったのだ。
今日、完全にトドメを刺されたというだけの話。
「どう……しますか?」
「また……あんた達の泣き顔なんか見ながらじゃ、今度こそ化けて出るしね……。どっか、静かなところで、いきたいな」
「……悠斗には……?」
「馬鹿言わないでよ。それこそ未練の大元凶になるじゃない」
と。
鏡明日香はハカセを抱き締める。
次に、ガッツを。
そして、エールを。
時間は結構あった。
謝罪は、もう、明日香自身がつらくなるほど何度も聞いた。
呪いは、もう、聖人君子になってしまうくらい完全に吐き出した。
思い出は、もう、暗唱できるくらいに何度も語り合った。
ただ、残念なことに。
未来だけは、明日香が消えるまで、誰にも口にできない。
だから。
「じゃね。みんな元気で」
とびっきりの小悪魔な笑顔を残し。
鏡明日香は、駆けて行った。
◇◆◇◆◇◆◇
試合終了後、誰よりも早く澄空悠斗の控室に駆けつけたのは、鈴木直(※と、その友二人)だった。
なんせ、澄空悠斗本人より早かった。
誰よりも早く駆け付け。
死角から、澄空悠斗が控室に入るのを確認し。
極めて自然に、勝利を祝いに入室しようと足を踏み出したところで。
「ど……どうしよう。ゆ……悠斗様が倒れた!?」
澄空悠斗が倒れたのを目撃した。
大慌てで駆け寄る三人。
「脈は……大丈夫ですね」と上杉時子。
「呼吸も……大丈夫かな」と武田紬。
「疲労で気絶しただけか……。良かった」と鈴木直。
と。
「でも……。本当は控室に着くなり気絶するほど消耗していたのに……。闘技場を立ち去る悠斗様の後ろ姿ときたら……!」
鈴木直の瞳がキラキラと輝きだす。
……それはそうと、遠くから走るような足音が聞こえてくる気がする。
「もう、これは、勝利をお祝いすると同時にプロポーズしてもいい流れかしら!?」
「「……そ、それは、どうかなぁ?」」
同時に首を振る時子と紬。
気絶した本人が目の前に居るという特殊状況のせいで、直のテンションというかキャラが、いつにも増しておかしくなっているのだ。
だが、直の性格を考えると、澄空悠斗が目を覚まし次第テンパって、異常なまでに悪態を吐きながら、超上から目線で勝利を祝うに違いない。
そして最後に言うのだ『という訳で、私と結婚しなさい!』と。
ほとんど、頭が可哀そうな人である。というか、本当に可哀そうである。
……それはそうと、足音がどんどん激しくなってきている気がする。
「あ……あのね、直ちゃん。やっぱり……」
「あ……悠斗様目を覚ますっ……。え……えとえと。よ! 良く頑張ったわね!! 私の出番を奪った絶望砕きの英雄様にしては、危なっかしい闘いぶりだったけど……! そ、それはそうと、と、と、という訳で、私と結っ! きゃぁあん!」
直の暴走に頭を抱えようとした紬達の前で、爆走して来た小学生くらいの三人組に、鈴木直は跳ね飛ばされていた。