ファイナルマッチ『澄空悠斗vs臥淵剛』5
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空が赤かった。
比喩ではなく、本当に血のように赤い空。
幻影獣を追い出そうとして失敗した都市の末路。
血色の空に負けないくらい赤く燃える炎が迫ってくる。
逃げる途中で離ればなれになった親達は、『やっぱりもう少し早く逃げれば良かった』と何度も謝っていたが、今さらもうどうしようもない。
行くところがあれば、もっと早くに逃げ出してる。
幻影獣に身体の半分を吹っ飛ばされた人を見た。
爆発に巻き込まれて動かなくなる人達を見た。
怪我もないのに、突然発狂して事切れた人を見た。
そして、自分はもう動けない。
○○を庇った際にドジをした。
幻影獣の攻撃で崩れてきた瓦礫に、下半身を押しつぶされた。
あまり痛みはない。
たぶんもう二度と動かないと、何となくわかった。
だから何度も、自分を置いて逃げろ、と言っているのに、みんな動こうとしない。
○○は、私のせいだと泣きじゃくり。
□□は、幻影獣なんか俺がやっつけてやると、震えながら強がって。
△△は、姉御がいないと駄目なんです、なんて叫んでいる。
こんな時まで名前で呼べないとは、情けない眼鏡だ。
本当に困った。
私を置いていってもらったところで、こんな三馬鹿がうまく生き残れるとは思えない。
困ったな。
BMP能力。使えるようになってれば、どうにかなったかもしれないのに……。
こんなピンチすぐに脱出して。
幻影獣なんか蹴散らしながら、ただの小学生の女の子として生活するんだ。
恋もして、美味しいものいっぱい食べて、勉強とか部活とかもして……。
何て言ってかなぁ……。
あのアニメの主人公は、何もかも、凄くうまくやってたのに。
とてもとっても格好良かったのに……。
ああ……。
ヒーローに……、なりたいなぁ……
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「…………」
ゆっくりと目が覚める。
反射的に下半身を確かめるが、別になくなってたりはしない。
感覚もちゃんとある。
「夢……?」
にしては、妙に生々しかった。
まるで誰かの記憶が流れ込んできているみたいに……。
「縁起でもない……」
ゆらりと立ち上がる。
あまり気分は良くない。
下半身では無事でも、殴り飛ばされたであろう顎のあたりは、凄い痛い。
というか。
「いくら何でも、手を抜き過ぎじゃないですか?」
抗議の意味も込めて、臥淵さんを睨み付ける。
「別に抜いてねぇよ。直撃を避けると同時に、防御スキルを発動したおまえが巧かったんだ」
「…………」
そんなことは聞いていない。
戦闘中にぐーすか寝ていた俺を、爽やかに見守っていたことについての異議である。
まぁ、臥淵さんの気持ちも分かる。
こんなにあっさり勝負が付いてしまっては、気持ちが収まらないんだろう。
とはいえ、ここまで対人……というより、対澄空悠斗仕様の能力にされては、俺もどうしようもない。
相性が悪かっただけ……といえば、姉御達は信じてくれるだろうか……。
「あ……」
と、そこでようやく気付いた。
俺が、この試合を最後に選んだ理由。
なんのことはない。
姉御達に認めて欲しかったのだ。
中途半端にしか助けられなかった臥淵さんじゃなくて、俺こそが本物のヒーローだと。
「は……はは」
これは笑える。
ヤレヤレ系巻き込まれタイプだと思っていたけど、こんなくだらない意地で寿命を減らす闘いをするなんて……。
「ははは……」
渇いた笑いが漏れる。
まぁ、なんだかんだ言って、みんなを助けてチヤホヤされるのは、悪い気分じゃなかったんだろうなぁ……。
「はは……はぁ」
全身の力が抜けた気がする。
これはこれで良かった。
何となく色々なことが諦められる気がする。
世間の人達にとってもそうだろう。
絶望の幻影獣を倒した澄空悠斗より、もっと強いハンター達が世界を守っているということなんだから……。
それを言うのが、俺の最後の役目。うん、悪くない。
「えーと……」
俺は両手を挙げ。
「この勝負……」
声はマイクで拾ってくれているだろうが。
「俺の……」
それでもできるだけハッキリと大きな声で。
「ま……」
「こ! の! ア!ホ!悠!斗!ーーーーーー!」
「……」
「……」
俺と臥淵さんが顔を見合わせる。
万単位の歓声を貫いて響いた一つの怒声。
とても聞き覚えがある声だった。
「姉御……?」
俺の視線が、遥か遠い観客席から、まるで奇跡のように姉御の顔を捕える。
怒声に続く言葉は歓声にかき消されて聞こえない。
横で同じように叫んでいる、ハカセとガッツとエールが何を叫んでいるのかも分からない。
まぁ。
ただ。
あいつらにとっては。
もうすでに。
臥淵さんでなくて、俺がヒーローなんだと、分かった。
「悠斗?」
「あー……」
やっぱり。
ヒーローというのは、ブラックな商売である。
☆☆☆☆☆☆☆
「きょ……局長……?」
「ん? どうしました、志藤君?」
国立武闘館の貴賓室。
剣首相をはじめ、多くの閣僚を招待したその場で、志藤美琴と城守局長は言葉を交わす。
「どうしましたじゃないですよ、顔です。顔」
言われて、城守蓮は自分の部下が何を言いたいか悟る。
「ちょっと良くない顔になってましたか?」
「ちょっとどころか、政府のみなさん、ドン引きですよ」
と志藤美琴の言うとおり、強面の高官達は皆、さりげなく蓮から距離を取ろうとしていた。
「し……城守局長、『血まみれ凶戦士』は卒業したのではなかったのかね……?」
「いえ、もともとそんなおかしなクラスに就いた覚えはないのですが」
蓮の戦闘を目撃したことのある議員の質問に、蓮はしれっと返す。
「や……やはり、あの男に文官など向いていないのでは……」
「『これからは文武両道だ』とかいうスローガンで出世させたのは、あなたでしょうが……」
「余計な刺激をするな。人間相手のSPでは、盾にもならんぞ……」
「というか、あの女性職員何者だ? あの状態の城守蓮の肩を平然と叩いていたぞ……」
高官達がひそひそ話を始める。
城守蓮は、やってしまったと思った。
特に古い議員連中には、自分の現役時代がトラウマになっている者もいるから、気をつけていたつもりだったのに。
つもりだったのに……。
「局長ー……」
「だって見てくださいよ、志藤君」
志藤も、それからクリスタルランスメンバーさえも呆れたように見つめるなか。
城守蓮は言った。
「あの悠斗君を見て、我慢ができると思いますか!?」
☆☆☆☆☆☆☆
コツ……というと、良く分からない。
姉御が持ってきたスケッチブックは、本当にポーズくらいしか参考にならなかった。
耽美な男キャラによる、ちょっとクドい立ちポーズ(※キャラ設定に多少無理があるが)。
乗算ではなく加算するという、机上の理論。
「行きますよ」
ふわりと地を蹴る。
どうということのないスピードで臥淵さんに迫り。
適当なモーションで繰り出した右拳が。
防御ごと、アリーナの壁際まで臥淵さんを吹っ飛ばした。
あまりの手ごたえに、眩暈さえ覚える。
何て言ってたか……、あのアニメの主人公なら、ともかく。
こんなに簡単にできるなら、そもそも修行の意味ないじゃないか、という話である。
まぁ、それでもあえて成功の秘訣を語るなら。
それはイメージ。
実際に目撃するのと同じくらい精密ではっきりとしたイメージが見えた気がした。
強く。
賢く。
力強く。
そして、あくまで優雅に。
「なんなんだ、そりゃ!! 悠斗ーー!!」
「新スキルなんですが」
スキルの構成ではなく、一人のちょっと口の悪い……しかし、とてもしなやかで揺るぎない小学生女子のあり方そのものが。
「創造次元・永遠の淑女」
……なのである。




