ファイナルマッチ『澄空悠斗vs臥淵剛』4
「……やり過ぎではなかった。……ということなのかな?」
再び静まり返ったコロシアム。
至近距離からの幻想剣レーヴァテインという、対大ボス仕様の必殺技を受けて、なおピンピンしている臥淵剛を見ながら、剣麗華が呟く。
「やり過ぎはやり過ぎだと思うんですけど……。むしろ、対戦相手が人間同士の試合に出してはいけないレベルだったと言うべきですか……」
ルーキーズマッチスポンサーの一人として、賢崎藍華が頭を抱えて悩んでいる。
「大丈夫かな、悠斗君」
「大丈夫ではないでしょう。私の見立てでは、ダメージカット率は9割以上です。澄空さんにとって最悪の相性ですよ」
「それはそうだけど……」
「というか、対澄空さん用のBMP能力なんでしょうね。あれだけ継戦能力が落ちたらクリスタルランスの任務傾向からして不便でしょうに……。貴方のパートナーは、男女問わずモテ過ぎですよ」
「それは別に私のせいじゃない」
そりゃそうである。
「でも、じゃあ悠斗君はどうしたらいいの?」
「棄権すればいいんじゃないでしょうか」
簡潔な一言に、最初はきょとんとした麗華だったが。
「……確かに」
一理ある。と考える。
☆☆☆☆☆☆☆
「き……棄権しようか……」
思わず呟く俺。
俺は悪くない。
レーヴァテインの直撃を受けて笑っているような人間が目の前に居れば、誰だってそう思うはずだ。
「どうした? これで終わりじゃないだろ?」
「……」
終わりに決まっておろうが。
通常の戦法で倒すのは無理がある。
可能性があるのは次の二つ。
①直接物理攻撃で対抗する。
②持久戦に持ち込む。
…………最悪の二択である
言うまでもなく①は論外である。
『直接物理攻撃』なるカテゴリーが曖昧なのがそもそも気に喰わないが、おそらく臥淵さんのような身体強化系能力なら大丈夫なんだろう。
となると、俺の手持ちの能力では、大岡の金剛腕か、河合先輩の集積筋力。
……無理だ。
あの二人を馬鹿にするわけではないが、相手はBランク幻影獣以上の人外である。無理だ。
といって②も……。
《今の状態ではきついか……?》
いや、命をすり減らしながら持久戦をやるのがつらいのは確かだが……。
たぶんすぐ捕まる。
理性と本能、両方で断言できる。
正直、さっきの二回も敢えて反撃して来なかった節がある。
たぶん次はない。
「棄権だな……」
もう一度呟く。
単純に勝算が低過ぎることもあるが、勝っても負けてもお互いにリスクが大き過ぎる。
俺の気持ちに区切りを付けるためだけに、臥淵さんや俺の寿命を付き合わせるつもりはない。
だいたい、仮にもBMPヴァンガードが、クリスタルランスが相手とはいえ、コテンパンに完敗するなんて格好悪すぎる。
むしろ、棄権して、『いや、あのまま闘い続ければお互い危険と思ったんですよ』的なノリの方がイメージダウンが少ないかもしれん。
《棄権するのはいいけど、そのセリフ、実際に言うなよ……》
姉御達には呆れられるが、それはいつものことだし。
と。
なぜかその時、姉御を背負ったまま必死でベルゼブブから逃げていたハカセの姿が脳裏に浮かんだ。
「いつもの……」
なぜか。麗華さんの部屋でぬいぐるみに抱きついたまま眠るエールと、それを見守るガッツの姿が脳裏に浮かんだ。
「いつもの……」
なぜか。新月テーマパークの上空で、地上に降りるまでにかわした姉御との会話が蘇る。
…………。
「くそっ……」
ヒーローって。
……割に合わない商売だよなぁ。
☆☆☆☆☆☆☆
「あ……姉御……。止めた方がよくないか……?」
観客席で、ガッツが明日香に耳打ちする。
「悠斗。棄権なんかしないよ……。賢崎さんに全部話したらきっと止めてくれるよ。スポンサーだもん」
エールも同じく。
「姉御も、悠斗に傷ついて欲しくないんですよね」
もちろんハカセも。
が。
明日香は動かない。
「姉御……?」
「なんでかな……。あらゆるところで全然違うのに、なんでか悠斗の気持ちが分かる気がする」
ハカセに、年相応の顔で答える明日香。
「もちろん、勝てなくてもいいから……」
あるいは、それより幼い顔で。
「負けて欲しくないなぁ……」
☆☆☆☆☆☆☆
「劣化複写・右手から超爆裂」
春香さんの炎を右手に纏わせる俺。
「? それでどうするつもりだ?」
「倒すのは無理そうなので、少し眠ってもらおうかと」
疑問符を浮かべる臥淵さんに回答する。
管理局の発表を信じるならば、いくら怪物に見えても、この人は人間。
息ができなければ困るに違いない。
ゆえに。
「この右手で顔を掴んで窒息させる」
《いやいやいやいや! 無理だろ!!》
……中の人に全力で否定されてしまった。
「下手なハッタリはよせよ、悠斗」
対戦相手にまで呆れられた。
「ハッタリかどうかは、やってみなくちゃ……」
「そういうことじゃねぇよ」
妙に素っ気ない口調で、臥淵さんが俺のセリフを遮る。
「10年前のこと覚えているか?」
「? は、はい?」
もちろん、覚えているが。
何で、今?
「あの後、おまえのBMP能力の詳細を聞いて驚いたぜ」
「?」
「『必ず劣化して複写する』能力で、『俺の』身体強化能力を複写して、俺をワンパンKOしたんだからな」
「……そうですね」
あの頃の記憶は今でも曖昧ではっきりとは思い出せないが、まぁ良く勝てたものだと思う。
「それを聞いて全く驚かなかった俺に驚いた」
「へ?」
なんですと?
「納得できたんだよ。それでもな」
「…………」
「天才……というか怪物も成長すれば只の人、なのか。それとも、本気でどこか悪いのかは知らねぇが、殺す気で来れないなら棄権した方がいいぞ。何だったら、俺が棄権してもいいぜ」
挑発、だと思うのだが、むしろ俺を心配しているかのように響く言葉。
実は、大変ありがたいのだが。
「お言葉だけ受け取っておきます」
炎に包まれた右腕を構え直す俺。
ヒーローは逃げられない。
「……来な」
臥淵さんが初めて構えを取る。
尋常でない迫力と失敗の予感に足がすくむが。
「……行きます」
大地を蹴る。
踏み込む。
右手は臥淵さんの顔に向かう。
カウンタの右拳が飛んでくる。
リーチの差を抜きにしても、臥淵さんの方が早い。
が。
「……っ」
顔に届く直前で俺の右手から発射された炎に、臥淵さんの動きが一瞬止まる。
もちろん、これではただの火炎攻撃。
ようするにフェイントである。
臥淵さんの懐に潜り込む。
ダメージ無効化結界があっても死と隣り合わせの危険な距離。
一撃で仕留められなければ、後はない。
永遠の……!!
「がっ!!」
鉄を殴りつけたような右拳の衝撃に、声が漏れる。
「別に喰らうのが怖かった訳じゃないからな。勘違いすんなよ」
憐れみさえ感じられる声は、もちろん臥淵さん。
半ば以上読まれていた気はしていたが。
俺の右拳は、臥淵さんの左拳で受け止められていた。
「~~~~」
右拳から右肩まで、骨に亀裂が入ったかのような痛み。
折れた? というか、砕けた?
「10年、かかったんだぜ? 今日までな!」
「!?」
本能の命じるままに、全力で後ろに向かって飛ぶ俺。
だが、わずかに間に合わず。
凶悪な衝撃が、全身を駆け抜けた。