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BMP187  作者: ST
第四章『境界の勇者』
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ファイナルマッチ『澄空悠斗vs臥淵剛』2

控室を後にした鈴木直は、ずんずん歩く。

本当に目的があって歩いているのか、というくらい、ずんずん歩く。


「ま……待ってよ、直ちゃん!」

と、武田紬が上杉時子と共に必死に追いかけている。

まるで、競歩のようなスピードである。


「一体、どこに向かって……。きゃん!!」

突然止まった鈴木直の背中に、武田紬が豪快にぶつかる。

かなりの勢いで後方からぶつかられても体勢を崩さない直は、それだけ足腰をしっかり鍛えているということだが……この際、どうでもいい。


「直ちゃん……?」

「ゆ……」

鈴木直の背中が震えている。


「ゆ……?」

「悠斗様とお話ししちゃったぁ……」

控室での表情とはうってかわり、蕩けるような顔で呟く鈴木直。


「初めてなのに、あんなにいっぱい……。大丈夫かなぁ。図々しい女の子だと思われなかったかなぁ」

「「…………」」

絶対、怖い女の子だと思われたと思います。という言葉を飲み込む紬と時子。


「サインまでもらっちゃって……。これは、家宝にせねば」

「よ……良かったですね」

時子が相槌を入れる。もちろん、最初から自分用というのは分かっていた。


「…………」

「……な、直ちゃん?」

じっと右手を見つめる直に、紬が声をかける。

「しばらく、手、洗いたくないなぁ……」

「お……女の子なんだから、それは不潔だよ……」

男の子でも不潔だが、この際、それはどうでもいい。


「だって、まだ、悠斗様の温もりが残っている気がする……」

「ま……また、機会はありますから」

「そ……そうそう。また、三人で会いに行こうよ」

一生懸命説得しようとする、時子と紬。


要は、そういうことなのである。


鈴木直は、澄空悠斗にベタ惚れなのである。

上杉時子と武田紬に、澄空悠斗の素晴らしさについて『布教』して、二人に『ちょっといいかも』と思わせるくらい、ベタ惚れなのである。

澄空悠斗のことを憎からず思っている二人に、少し遠慮させるくらい、ベタ惚れなのである。

実際に澄空悠斗に対面すると、性悪お嬢様キャラにならないと会話できないくらい、ベタ惚れなのである(※澄空悠斗は気付いていなかったが、膝は盛大に笑っていた)。


「会いに行く……なんて、まるで連絡先でも知ってるみたいな言い方するのね……」

「知ってるよ、ほら」

と、澄空悠斗の連絡先が表示された携帯電話を際し出す紬。


それを見た直の顔色が変わる。


「ど、どどど、どうして、こんなことが……!?」

「ほ、ほら。澄空様の故郷に行った時に……」

「!? あ、あの時の合コン! ど、どうして言ってくれなかったの! ま、まさか、連絡先をゲットしていたなんて……!?」

「直さんが、『いやぁ、聞きたくない!』と逃げるからじゃないですか……」

時子が溜息をつくが、もちろん直は聞いていない。


「本当なら、私が嫁リストの最上位なのに! あの人が気まぐれさえ起こさなかったら!!」

「春香さんは仕方がないですよ……」

「あの人は、あらゆる意味で別枠だから……」

「分かってるけど!」

と、紬の携帯をひったくる直。


そして、自分の携帯に澄空悠斗の連絡先を打ち込もうとする。

が、うまくいかない。


「ゆ……指が震えて……」

「落ち着いて、直ちゃん。連絡先は噛み付かないよ?」

当たり前である。


「う、うん。分かってる……」

と、めげずに打ち込んでいた直が、唐突に動きを止めた。


「直ちゃん?」

「もし……もし、万が一なんだけど?」

「はい?」


「私が悠斗様をデートに誘うことになったら……。お誘いの言葉は、『澄空様。私の天征剣ヘブンブレイドも複写してください!』でいいのかな?」

「……そんな殺伐としたアプローチを好む人には見えませんでしたが……」

「普通に映画とかでいいんじゃないかなぁ……」


なにはともあれ、三人は楽しそうだった。


◇◆


小野倉太はちょっと意外な場所に居た。

何を隠そう、上条総合病院の地下三階である。


つまりは、ドクター・鮫島輪花の研究室。


「ねぇ。小野くぅん。まだ試合も始まってないのに、こんな状態の私より澄空君がいいの?」

というドクターがどんな状態かというと、全裸である。

「この地上で、悠斗君と比較になる生命体なんかいないよ」

ファイナルマッチ特番テレビを見ながら返す小野も、鮫島と同じベッドの中で全裸である。


つまりは、そういう状態なのである。

もちろん、小野に恋愛感情などあるはずがない。


レオとガルア・テトラが剛の幻影獣なら、小野はミーシャと同じく柔の幻影獣。

澄空悠斗相手にはやりたくないからやらないだけで、必要なら、人間一人籠絡するくらい造作もないのである。


「そんなに澄空君が好きなら、何故臥淵さんに手を貸すような真似をしたの?」

「もちろん必要だからだよ。このファイナルマッチは、悠斗君の方の最後の仕上げだからね」

甘えて来る輪花を適当にあやす小野。


小野は輪花に自分の計画のほとんどを話している。

輪花は自分がどれだけとんでもないことに協力しているかは認識しているが、とても小野から離れられる状態ではなかった。


「臥淵さんは当て馬?」

「いや、もちろん試合そのものにまで干渉するつもりはないよ。そもそもあの能力は臥淵さんの10年の賜物だよ。僕……というかミーシャは、ちょっとしたきっかけをあげただけだ」

どこか優しそうな目をして言う小野。

輪花は知る由もないが、クリスタルランスは小野にとって、澄空悠斗の次に思い入れのある人間たちなのである。思い入れのレベルはだいぶ違うが。


「この長い長いゲームの最後の仕込みが君というのは、僕としても嬉しい。10年分の想いを全てぶつけるといいよ。……ラスボスは僕だけどね」


◇◆


試合直前。

臥淵剛の控室。


試合に向けて気を静めている偉丈夫の元に、不必要なほどに美形な男が訪ねてきた。


「お久しぶりです。臥淵さん」

「おう。今日は、悪かったな。まさか、政府の護衛任務を依頼されてたとは知らなくてよ」

臥淵剛が話しかけるのは、二宮修一。

ダメージ無効化結界を張る『結界能力者』で、国内では最高とも言われているスペシャリストである。

ただ、異常なほどのイケメンなのに浮いた噂が一切ないところから、『国内で最も無駄な美形』『いや、むしろ特定方向で有益』などとも言われ、裏方任務の結界能力者にしてはやけに目立つ男なのである。


「いえ。大して危険な地域でもなし、俺みたいな剛様一筋のゲイがいなくて困るほど、我が管理局は人材が不足してませんよ」

「まだそんなこと言ってんのか。いい加減、嫁さんでももらえよ。しまいにゃ、本気で襲うぞ」

「どうぞどうぞ♪」

冗談めかして答える二宮の眼が鷹のように輝いたことに、こういう経験があまりない剛は気付かない(※経験豊富でも困るが)。


「しかし、澄空悠斗君が棄権することになったのに、俺への依頼を取り消さなかったのは、やはり俺に会いたかったとしか考えられませんよね?」

「いや、『よね?』とか言われてもな……」

「いくら賢崎ナンバーワンルーキーが相手とはいえ、ここの設備なら俺以外の結界能力者でも十分でしょう?」

「あー……」

と、剛は頬をポリポリと掻きながら少し考えるような仕草をする。

そして……。


「いや、今日の相手は澄空悠斗だ」


「……え? 棄権を取り消したんですか?」

「いや、まだだ」

「? まだって……。もう当日ですよ?」

二宮の当たり前の疑問は、剛に一蹴される。


「あいつに限っては試合開始の瞬間まで分からねぇ。……いや、違うな。もう分かってる。今日の相手は、悠斗だ」

「どうして……あ」

剛に腕を掴まれる修一。

その手が震えているのが分かった。


「もう何日も前からこんな状態でな。半分は歓喜で、半分は恐怖ってところか……。俺をこんなにする奴が澄空悠斗以外に居ると思うか?」

「しょ……正直羨ましいです」

微妙にニュアンスが違うが、骨子は通じた二人。


「ま、ちょっと待ってろって。今に蓮の奴が、『悠斗君が参戦します!』とか言ってドアを蹴り飛ばして入ってくるからよ」


と。

リリリリィンと、剛の携帯電話が鳴った。


「……無精しやがったな」

言いながら電話に出る。

その顔が、みるみる歓喜に染まっていくのが分かる。


「ふ……臥淵さん。まさか……?」

電話を終えた剛に、修一が恐る恐る聞く。


答える剛は満面の……そして凶悪な笑みで。


「お預けまで食らってテンションが上がり過ぎてっからな……。死人が出ないようにしっかり守ってくれよ、結界能力者さん!」

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