ファイナルマッチ『澄空悠斗vs臥淵剛』
ルーキーズマッチの最終戦を飾るファイナルマッチ。
舞台はなんと、国立武闘館。
BMP能力者の育成及び一般社会への啓発を目指して作られた、この国で最も権威ある建物の一つである。
俺と麗華さんは、その武闘館の前に立ち、でかでかと掲げられた横断幕を見上げていた。
そこには、こう書かれているのだ。
『ファイナルマッチ 鈴木直vs臥淵剛 !!』
…………。
こいつはやばい……。
「あ……あのね、悠斗君……」
完全に凍りついた俺に、麗華さんが声を掛けてくる。
「気になってはいたの……。城守さんは悠斗君が棄権するつもりでいるから、試合に出ることにしたのなら、早く連絡した方がいいんじゃないかなって……」
「……」
「でも、悠斗君のことだから、そういうことはきちんとしてるのかなって……。やっぱり出ないことにしたのなら、余計な催促をしてるみたいだし……」
「…………」
「……その……」
「……………………」
「ご……ごめんなさい……」
「い、いや、麗華さんが謝ることじゃない」
あまりの衝撃に意識が半分飛んでいたが、もちろん俺が言うまでもなく、麗華さんのせいではない。
とにかく、なんとかしないと!
「れ……麗華さん、どうしよう!?」
「お……落ち着いて悠斗君。城守さんのことだから、きっとギリギリまで悠斗君の出場の可能性を残しているはず」
「い……いや、そんなこと言っても、もう当日だぞ! 横断幕もあれだし、チラシだって刷ってるだろうし、CMだってしているだろうし……。俺が出たら、契約内容の改変が問題になって、タイムスケジュールに大幅な変更の必要が……!! 来賓あいさつとかどうしたらいいんだ!? あと、チラシとか刷っちゃってるだろうし!」
「だから落ち着いて悠斗君。心配する内容が、事務方っぽいよ?」
「でも、実際に、もう間に合わないんじゃ!」
取り乱す俺に、何故か麗華さんは、確信したように頷く。
「大丈夫。城守さんは、最初から悠斗君が出場する前提で予定を組んでいるはずだから。きっと大丈夫」
……という、麗華さんの言葉は、正直気休めだと思っていたのだが……。
◇◆
「分かりました。変更しましょう」
と、麗華さんに促されて会いに来た城守さんが、二つ返事で了承してくれたのには驚いた。
「い、いいんですか!? もう、チラシとか刷っちゃってるんじゃ……」
「悠斗君、凄くチラシにこだわるね……?」
などと麗華さんに突っ込まれるが、俺の頭では、このムチャクチャなスケジュール変更がどれだけ困難なことなのか、具体的に分からないだけである。
決して、チラシにこだわりがある訳ではない。
「大丈夫ですよ。きっと悠斗君は来ると思ってましたから。むしろ、試合開始直前に、『ちょっと待ったー!』とか乱入して来られないだけ、助かりました」
「……俺、そんなキャラに見られてたんですか……?」
と、衝撃を受ける俺に。
「……知らなかったんですか?」
「……知らなかったの?」
顔を見合わせながらハモる、城守さんと麗華さん。……マジっすか。
「ただ……」
「はい?」
「一つだけ問題があるんですが」
「ひ……一つしかないんですか?」
優秀すぎる!
なんや、このイケメン。
「ルーキー側で出場予定の鈴木直さんですが、事情を一緒に説明してほしいんです。彼女だけは、悠斗君が行かないと収まらないと思いますので」
◇◆
鈴木直。
賢崎一族に所属しており、賢崎さんを除けば若手ナンバーワンとも言われている実力者らしい。
ファイナルマッチの代理……しかもクリスタルランスの対戦者、に選ばれるだけあって実力は申し分ないのだが、どうも性格に若干問題があるらしいとのこと。
多大な迷惑をかけたお詫びに、ルーキー側控室に城守さんと俺で謝りに来た次第である(※麗華さんも一応付いて来た)。
で、その第一声が。
「あらあら。一生一度の晴れ舞台のルーキーズマッチ。しかも、ファイナル。さらには、自分のせいで参戦したクリスタルランスの相手を赤の他人に押し付けておいて、電話一つもよこさないのは、さすがは絶望破りの英雄さんだと思ってましたけど……。試合直前に激励に来るくらいの慈悲はお持ちでしたか?」
物凄い嫌味を言われた。
外見だけで人を判断するのはもちろん良くないが、第一印象で言うなら、『性悪でプライドが非常に高いお嬢様キャラ(※しかも美少女)』だった。
「な……直ちゃん……」
「直さん……」
鈴木さんの隣で心配そうな目をしている二人には見覚えがある。
武田紬さんと上杉時子さん。
俺の故郷で知り合った賢崎の若手実力ハンターである。
一緒に控室に居る以上友達なんだろうが、今は再会を懐かしがっていられる空気ではない。
「す……すみません、じ……実はですね……」
「悠斗君が試合に出られることになりましたので、代理は結構です。御足労いただいて申し訳ありませんでした」
どう話したものかしろどもどろになっている俺を尻目に、城守さんがあっさりと説明を終えた。
あまりにあっさり過ぎて、三人ともきょとんとしている。
「ち……ちょっと待って。私の聞き違いかしら?」
「何と聞き違ったのかは分かりませんが、『悠斗君が試合に出る』と聞こえたのなら合ってますよ」
眉間にしわを寄せる鈴木さんに、あっさりと答える城守さん。
な、なんか煽ってないか?
気のせいか?
「い……いくら、BMPヴァンガード様だからって、ファイナルマッチをそんな簡単に棄権したり出場したり……。ちょっと大胆すぎるんじゃないかしら?」
「それが、澄空悠斗ですよ」
なんで煽る!?
「くっ……。それは確かに……」
鈴木さんも、なんで納得気味!?
「す……澄空様」
「は……はい!」
凄い目で睨まれて、俺の背筋がぴんと伸びる。
「確かに貴方は救世主です……。人々の守護者たる賢崎一族として最大限の敬意を払わなければならないのは心得ていますが……。突然クリスタルランスの相手を押し付けら……任され、任務も学業もプライベートも全部キャンセルして、今日の試合に備えていた私が……。少しだけ機嫌を悪くしていることをお許しいただきたいですね……」
「す……す……すみません!!」
俺は土下座せんばかりの勢いで謝った。
正直、おまぬけでした、ではすまないレベルの無礼である。
この人が賢崎一族でなければ、殴られていたかもしれない。
と。
「…………へ?」
鈴木さんから唐突に差し出されたものに驚く。
俺の見間違いでなければ、それはサイン色紙とペン。
「す……鈴木さん?」
「私にはどこがいいのかさっぱり分かりませんが……。友達が熱烈なファンのようです。迷惑料とは言いませんが、良かったら書いてもらえませんか?」
意外過ぎる申し出だった。
俺なんかのサインで良ければ、いくらでも書かせていただきたいところではあるが……。
もちろん、俺はサインなど書けない。
ど……どないしよ……。
と思っていると。
「れ……麗華さん?」
「ちょっと失礼」
麗華さんが横から俺にペンを握らせてくる。
「力抜いて、悠斗君」
「は……はい」
と、麗華さんは、サイン色紙の上で俺の手を踊らせる。
そして、見事に加工された『澄空悠斗』のサインが出来上がる。
「こんなこともあろうかと練習しておいて良かった」
自分のならともかく、俺のサインを練習しているとは、一体どんな事態を想定していたというのだろうか(※あ、こんな事態か)。
い、いや、しかし。
これは、俺のサインと言っていいのだろうか?
「す……鈴木さ……」
「あ……ありがとうございます……」
普通に……というか、若干満足げに受け取ってくれる鈴木さん。
ひょっとして、どうせ自分のものでないから見た目重視、ということかもしれない。
まぁ、満足してくれたのならいい。また、練習しておこう。
「…………」
すっ、と。
今度は、鈴木さんが右手を差し出してくる。
気後れしながらも、その手を握る俺。
「私が貴方の代理でしたが、今度は貴方が私の代理でもあります。『絶望砕きの英雄』と比べれば軽いのかもしれませんが、貴方の敗北は賢崎の名前に泥を塗ることも理解してください」
「は……はい!」
俺の返事を聞き届け、ふん、と鼻を鳴らして控室を出て行く鈴木さん。
「ま……待ってよ、直ちゃん」
慌てて、紬さんと上杉さんも控室を出て行く。
とりあえず、どうやら許してくれたらしい。
……というか。
「ひょっとして、実は、いい人なんでしょうか?」
「そうかもしれませんが、案外、面倒くさいだけの人かもしれませんよ」
俺の質問に、何故か城守さんの返事は微妙だった。
それはともかく。
「本当に何とかなってしまった……。城守さんって、本当に凄いですよね」
という、俺の心からの感想に。
なぜか、城守さんは麗華さんと顔を見合わせ。
「まぁ、今日はこれより遥かに面倒なサプライズも仕込んでますから。このくらいは、お安いご用ですよ」