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BMP187  作者: ST
第四章『境界の勇者』
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天竜と魔人と少女

最終日の夜。

皆が寝静まった頃、俺は目を覚ました。


心地良い疲れと満足感で熟睡できそうだったのに、意外である。


「飲み物でも飲むか……」

喉を潤せば、また眠くなるかもしれない。


蹴とばしても起きそうにない三村達に特に気を使うこともなく、俺は自動販売機コーナーに向かった。


◇◆


眠れなくて起きたはずなのに、思わず缶コーヒーを買ってしまった俺。

馬鹿である。

捨てるのももったいないし、飲むしかない。

これで眠れなくなるとも限らないが……。


「どうせ、明日には帰るんだし……」

と、腹を括ることにした。

具体的には、自販機コーナーで、カップラーメンを買い込んで夜食をすることにした。


「そういえば……」

食堂にお菓子があったことを思い出す。

雪風君が(※というか雪風君を代弁した春香さんが)自由に食べてもいいですよ、と言っていたはず。


「待てよ……」

眺めのいいテラスがあったことも思い出す。

そこで、俺が精根尽き果てて全く起きることのできなかった2・3日目に、三村主催でお菓子パーティをやっていたらしい。

峰やエリカはともかく、五竜の人達まで加わっていたというから、俺の仲間はずれ感は半端ではない。

少しでもリベンジをせねばなるまい。


つまり、

『眺めのいいテラス』で

『缶コーヒーを飲み』ながら

『カップラーメンを食べ』て

『お菓子をつまみ』ながら

『一人で盛り上がる』という訳だ。

うん、やろう。


◇◆


「……という訳なんです」

と、俺は先客である天竜院先輩に説明し終えた。


完全に誤算だった。


まさか、テラスで、浴衣を着こなした天竜院先輩が、椅子に腰かけて夜空を眺めているとは思わなかった。

缶コーヒーとカップラーメンとお菓子を持ってやって来た俺を見て、困った顔をしている天竜院先輩に、ここまでの経緯をなんとか説明したところである。


「そ……そうだったのか……。邪魔してしまったか?」

「い、いえいえいえいえ! 俺が消えますから! お邪魔しました!」

思わず見惚れてしまうくらいさまになっている天竜院先輩と、浮かれすぎて痛々しい俺とでは比較にならない。

誰がどう考えても、ここは俺が消えるべきであろう。


「そう言わないでくれ。私も少し退屈していたんだ。良ければ、二人で月見といかないか?」

と、天竜院先輩が、横の椅子を引く。

「は……はい」

誘ってくれたのなら、断る理由もない。

俺は円形のテーブルに、缶コーヒー(とカップラーメンとお菓子)を置いて、椅子に腰かけた。


「……えと、天竜院先輩?」

「なんだ?」

「食べてもいいですか?」

「……もちろんだ」

天竜院先輩のお許しも出たので、3分くらいは経っているはずのカップラーメンを開封した。

麗華さんも好きなシーフードヌードルだ。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

月の下でカップラーメンを啜る俺を、天竜院先輩がとても優しい目で見ている。

ぶっちゃけ、穴があったら入りたい気分である。


「……」

しかし、色っぽい人である。

浴衣から香り立つような色気はもちろん、コップを傾げる仕草が実に美しい。

とても同年代には見えん。

と、じろじろ見ていたら、気づかれた。


「? なんだ? 澄空君?」

「あ、いえ! お酒、美味しそうに飲むなあと思って……」

「これは水だ……」

「あ……!?」

そりゃそうだ。

風紀委員長が未成年飲酒をするはずがない。


「君は、私をどういう目で見ているんだ?」

「ち、違……違うんです!」

若干口元を尖らせた天竜院先輩に、大慌てで弁明を始める俺。

しかし、『天竜院先輩があんまり色っぽいんで、ただの水のはずが大吟醸を飲んでいるように見えました』というと、ますます墓穴を深くする気がするが、どうだろうか?


と。


「天竜院さん? 悠斗?」

なんと第三の人物……明日香がテラスに顔を出してきた。

「眠れなくて起きて来たんだけど……。何やってるの?」

きょとんとしている姉御。


「こんなこともあるんだな……」

驚きながらも、椅子を引く天竜院先輩。


「え……えと? いいんですか? えと……。お邪魔します……。で、悠斗は何をしてるの? 聞く前から、呆れる準備ができてるんだけど?」

天竜院先輩と俺に対する対応が違い過ぎる。

イケメン力の差が露骨に出た格好である。無理もないが。


「眠れなくて飲み物を買いに行ったらカップラーメンを夜食にしたくなってお菓子をつまんで月を見に来た」

「悠斗。前から少しは思ってたんだけど、頭大丈夫?」

むしろ優しそうな目で言う明日香。

俺も自信がなくなって来た。


「天竜院さん。いくら絶望砕きの英雄でも、本当にこんなのの護衛を受けていいんですか?」

ついには、天竜院さんにまで訴えられた!?

もう、ボコボコである。


「その件で少し謝らないといけないことがあるな……」

と、突然天竜院先輩が俺の方を向いて来た。


「火野達が余計なことをしたみたいだな?」

「! 気づいてたんですか?」

「少し世間知らずな娘達でな。君に対する無礼な態度も、君が気にしてないようだったから、とりあえず放置していたんだが……。すまない。私の監督不行届だ」

天竜院先輩が頭を下げる。


「い、いえ。実は、その件で、俺も謝らないといけないことがありまして……」

良い機会、という訳でもないが、俺は天竜院先輩にBMPハンターを辞めることを話した。

ザクヤとのことは適当にごまかしながら、BMP能力の使い過ぎで、俺の身体の限界が近いことも含めて。


「俄かには信じ難い話だが……。君がこんな嘘を吐くとは思えないしな……。残念だ」

意外とあっさりと天竜院先輩は信じてくれた。


「悠斗。麗華さんには話さないの?」

「……ああ」

「……どうして?」

姉御の問いに、少し考える。

理由を、ではなく、話すか話さないか、を考える。


まぁ、隠すこともないか。明日香と天竜院先輩だし。


「話したら、それがお別れの時になると思うから。……な」

「……」

「……」

天竜院先輩と明日香が黙り込む。


姉御が『そんなこと……』と言おうとしたようにも見えたが、良く分からない。

まぁ、いつまでも隠せるものでないし、どうせすぐに分かることだ。


「すぐ死ぬような状態ではないらしいですけど、臥淵さんとのルーキーズマッチ最終戦で引退にします。ずるずる続けて、寿命を減らしても、いいことないので」

「あえて、あと一戦するのは、どうしてだ?」

「……引退試合、のつもり……なんですかね……」

天竜院先輩の質問に、いまいちはっきりした答えが返せない。


「明日香」

「なに?」

「そういう訳で。もうすぐ俺はBMPハンターじゃなくなるけど、それでもいいのか? 妹の件」

「いいわよ、別に。生活費さえいれてくれれば」

身も蓋もなさ過ぎで、逆に素敵である。さすが姉御。


「でも、これ、無駄になっちゃったかな……」

と、姉御がスケッチブックを取り出して、ページをめくる。

「姉御。これは?」

「見て分かるでしょ。ミーティングの時に出せなかった、私の考える最強のBMP能力よ」

と言われても。


絵はうまい。

小学生にしては破格と言っていいほどだ。

しかし、耽美な男キャラがちょっとクドい立ちポーズをしている絵から、いったい何を読み取れと言うのだろう?


「まぁ、聞きなさい、悠斗」

聞こうじゃないか。

「これは身体強化系能力なのよ」

「ほう」

身体強化系でなぜ耽美系になるのかは置いておいて、これから身体強化系最強の臥淵さんと闘う俺に身体強化系とは、嫌がらせの一種だろうか。


「姉御。身体強化系能力は、生身の身体能力×BMP能力、だ。臥斑さんの巨体と俺の身体じゃ、少々BMP能力倍率に差があったって話にならないぞ?」

「そんなことは知ってるわよ。だから、逆の発想をするの」

「逆?」

と、なぜか突然天竜院先輩が喰い付いて来た。


「そうです、天竜院さん。生身の身体能力がネックになっているのなら、それに頼らなければいいんです。このBMP能力は、BMP能力を直接身体能力に上乗せするんです」

「上乗せ……。つまり、乗算ではなく加算ということか?」

「そうです! あえて効率の悪い方法を取るんです。普通はこんな能力にする人はいない。けれど……」

「BMP能力値が異常に高い能力者であれば、欠点はむしろ長所になる。まして、それが世界最高のBMP能力値を持つ者なら……!」

「そうです!! それが私の考えた最強のBMP能力! 『永遠の淑女ベアトリーチェ・スタイル』です!!」


使用者(※予定)の俺そっちのけで進む会話。

天竜院先輩も、「良い名だ……」とか言っているが、ひらがなの混ざった能力名は認可されにくいことを言った方がいいんだろうか?

というか。


「なぜ、淑女?」

「しょ……しょうがないでしょ。最初は私が使うつもりだったんだから」

「へ?」

姉御が?


「私だって副首都区出身者よ。BMPハンターになろうと考えたっておかしくないでしょうが」

「だとしても、そのBMP能力は……」

「……身体強化系能力が良かったのよ」

言われて俺は黙る。

やっぱり、臥淵さんに助けてもらったからだろうか。

その気持ちは分かるけど……。


「でも、悠斗にピッタリだと思ったのよ。私はこの技に姿を変えて、悠斗の……ヒーローの中に生き続けられるって」

「何故、形見みたいな言い方になる?」

「いいでしょ。その方が盛り上がるのよ」

……そういうものだろうか。


「天竜院さん」

「なんだ?」

「私、天竜院さんみたいになりたいんです。格好良くて、美人で、強くて、優しくて……。そんな女性になって悠斗のこと助けられたらなぁって思ってたんです」

「そ……そこまで褒められるようなものではないが……。少なくとも麗華様の方がよほど美人だと思うぞ」

「天竜院さんがいいんです」

言い切る明日香に、天竜院先輩も少しはにかんだような顔で微笑んだ。


が。


「でも」

と、姉御がこちらを向いて。


「こうなったからには仕方ないわ。このBMP能力は私が使ってハンターするから。悠斗は、きちんと私達を育てること」

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