天の竜を売り込もう
4日間の予定で実施された今回の強化合宿だが、実は今日がいきなり最終日である。
俺が賢崎さんにボコられたり、三村が変態だったりする以外は、大して何もなかった合宿だったので、2日分の描写が丸々ないのはご容赦いただきたい。
しかし、もちろん収穫はあった。
俺はただ賢崎さんにリンチされていただけではなく、「凄いです。これなら臥淵さん相手にも30秒はもちます!」と言わしめたほどの上達ぶりだったのである。
接近戦に持ち込まれてからの30秒の猶予。
勝てるかどうかはともかく、これは大きい……!!
ただ、この合宿を通じて、気がかりなことが三つばかりできた。
①火野さんたち五竜が、妙に冷たい。
冷たいというか、敵視されているんではないだろうか。天竜院先輩の手前、露骨に敵意を向けてきたりはしないが、体育館裏に連れ込まれてもおかしくないレベルで恨まれている。なぜだ。
②姉御が何か言いたそうにしている。
妹の件を留保したままなのが気に喰わないのかもしれない。早いところ麗華さんに相談せねば。でも、何て言おう。
③麗華さんが何か言いたそうにしている。
姉御の件で気に喰わないことがあるのかもしれない。どないしよ。
……という訳である。
ルーキーズマッチが終わり次第、BMPハンターを辞めようと思っている身としては、早いうちに何とかしておきたい心残りである。
それはともかく。
「うまい!!」
と、自販機で勝ったスポーツドリンクを飲みながら、感激する。
さきほどまで賢崎さんと朝練をしていて、今は小休止中なのだが……。
うまい。
スポーツドリンクがうまい。
賢崎さんとの嵐のような組手を、(※一方的にボコられているだけとはいえ)心地良い疲労に感じられる4日目に感激である。
「朝ご飯は食べない方がいいですよ。吐きますから(はあと)」などと言われていた二日目と、えらい違いである。
やっぱり賢崎さんは凄い。
が。
「…………」
この努力も、もうすぐ無駄になる。
最後の闘いを飾るためとはいえ、やはり少し寂しいものを感じざるを得ない。
と。
「ちょっといいかしら?」
「?」
休憩中の俺に、五竜のリーダー格、火野さんが話しかけて来る。
しかし、この人、やっぱり赤っぽいよな……。
「……タメ口でいいかしら?」
「? はい」
この人のほうが先輩だよな……?
「じゃあ、早速聞くんだけど……」
「は、はい……」
いきなり真剣な火野さんに、ごくりと唾を飲む俺。
「澄空君。どうして、透子様の護衛を受けないの?」
「…………」
?
護衛って、あの話か?
「そうよ。あの『天竜院透子』が自ら護衛を持ちかけたのに承諾しないなんて、ちょっと常識では考えられないわ。余計なことなのは重々承知だけど、透子様の力を誤解しているのなら、私が代わりに訂正しようと。みんなで話し合って決めたのよ」
ずずいっと近寄って来ながら、火野先輩がまくし立ててくる。
いや、というか。
まさかとは思うが。
「火野先輩達が俺に冷たい理由って、ひょっとして、それが原因ですか?」
「冷たっ……!?」
と、なぜか火野先輩は酷く驚いた顔をする。
「え? え? 私達が貴方を快く思っていないこと気が付いてたの? 嘘!?」
「き……気づかれてないと思ってたんですか……?」
衝撃である。
がっ、と、火野先輩が俺の肩を掴んでくる。
「い、言わないでね? 仮にも『絶望砕きの英雄』を、心の中で煙たがってた上に、透子様の件で難癖付けた、なんて知られたら。……斬られるわ……」
「り……了解です……」
赤っぽい人に青い顔で言われたら、了解せざるを得ない。
ならいいんだけど、と前置きして、火野先輩は続ける。
「で、なんで? 透子様のどこが気に喰わないの? 言っておくけど、透子様の武勇伝は全部本物よ? どれが信用できないの? 小学校の時に、護衛対象を襲ってきた他国の特殊部隊員を全員無傷で捕縛したうえ、同じ夜に200キロ離れた町で幻影獣退治をしたってヤツ? ネットだと盛り過ぎて厨二ぽいとか言われているみたいだけど、あれ、ほんとだからね? 時間があったら、顛末を全部今この場で語れるけど?」
「い、いや、あんまり時間ないです……」
なんと休憩中である。
「じゃあ、何? あ、ひょっとして、風紀委員長だからお堅いって? 大丈夫よ。透子様は、護衛対象のプライベートにまで干渉しないわ」
「あ、いや、そういうことを心配しているのではなく……」
「むしろ、あんな美人でナイスバディーなJKが、他のどの世界に居るっていうの? まぁ、実際に手を出すつもりなら、我ら五竜の恨みを一生受ける覚悟が必要だと思うけど!?」
……じゃあ、言うなよ……。
「噂には聞いてたけど、ひょっとして、貴方、男色家? でも、大丈夫よ。透子様は、イケメンだから!!」
「…………」
告げ口は別に好きでないけど、最後のセリフだけは天竜院先輩に通報した方がいい気がする。
「じゃあ、一体、理由は何なの?」
「いや、もうBMP能力が使えるようになったし、もう護衛は必要ないでしょう?」
と。
「……何を言ってるの?」
急に温度が下がった気がした。
突如発生した脅威に対応しようとした瞬間。
俺の首筋に、熱いものが突き付けられていた。
「幻影獣相手には、鬼神の如き攻撃力で蹂躙できるのかもしれないけど、人間なんて喉を裂かれれば死ぬのよ?」
氷のような言葉とは反対に、突き付けられた火野先輩の手は、炎に包まれている。
「人類を守るための戦いと、自分を守るための闘いは違う。大人しく透子様の申し出を受けた方がいいわよ。貴方は、私達凡人なんかとは比べ物にならないくらいたくさんの人を助けられるんだから」
「…………」
そうだったら……、良かったんだけどな。
しかし、天竜院先輩、本当に評価高いな。
麗華さんといい、姉御といい、火野先輩といい。
できたら、一度、一緒に過ごしてみたかったけど……。
「分かりました」
「え?」
「ちょっと事情があって、すぐ雇うことはできないんですが、護衛を頼むなら天竜院先輩にします」
嘘じゃないだけで誠実さの欠片もない回答だが。
気持ちだけは本当だった。
それを聞いた火野先輩は、心の底から嬉しそうな顔をして。
「そ、そう? 良かった! 透子様が自分から護衛したいなんて言い出すの初めてだったから……。きっと、透子様にも、貴方にも、人類にとっても、大事な契約になると思うわ!!」