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BMP187  作者: ST
第四章『境界の勇者』
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合宿の夜に

「て……天竜院先輩がマッサージを……?」

呆然と呟く俺。

衝撃の展開だった。

ちょっと眠くてストレッチをするのが面倒だっただけなのに、困ったことになってしまった。


どう困ったかと言うと。


『選択肢~いいえと言う~』

・極めて常識的な選択肢。自分でストレッチすればいい。

・が、それなら何をグズグズ言っていたのかと、麗華さんに呆れられる。

・あと、天竜院先輩の後ろの火野さんが、ハトが豆鉄砲を喰らった後に苦虫を噛み潰したような顔をしている。


『選択肢~はいと言う~』

・正直滅茶苦茶疲れている。あと、興味がないと言ったら嘘になる。

・ただ、少々魅力的過ぎるので、鼻の下を伸ばして麗華さんに呆れられる。

・あと、天竜院先輩の後ろの火野さんが、ハトが豆鉄砲を喰らった後に苦虫を噛み潰したような顔をしている。


駄目だ、選択肢がない。

三村なら「いっそ僕がマッサージします」とか言いそうだが……。


と。


「……雪風君?」

天竜院先輩の隣を抜けて、レクリエーションルームの入口から雪風君が入ってきた。

そして、トコトコと俺の横まで来て、俺に向かって頷き、入口を振り返り、毅然と天竜院先輩を見上げる。


「?」

「?」

「?」

「自分がマッサージをする。と、言ってるんですよ」

俺と麗華さんと天竜院先輩が連続でハテナを並べた後で、さらにやって来た賢崎さんが説明を入れた。


「ゆ……雪風君がマッサージを……?」

今は『雪風ちゃん』と呼ぶべきなのかもしれないが、それはこの際どうでもいい。


「さっき食堂で、『雪風がホストとしてマッサージをしてくれるらしいですよ』と言ったはずなんですが、聞いてませんでしたか」

「……すみません」

賢崎さんに謝る俺。

実は全く聞いていなかった(※性別が変わるなんてスキルを目の当たりにした直後だったし、無理もないと思う)。


「天竜院さん。そういうことですので、ここは雪風に任せてもらえませんか?」

「それはもちろん。余計な気を回してしまったようですね」

賢崎さんに言われて、悠然と天竜院先輩は身を翻す。

そのまま、何故か俺を一睨みする火野さんを連れて、去って行った。


残念でなかったと言ったら、少しは嘘になるが……。


「って、雪風君!?」

うつ伏せになっている俺の腰の上に、いきなり雪風君が乗ってくる。

「『では始めます』と言ってます」

そして、賢崎さんの補足説明。


いや、始めますはいいけど……。

雪風君、今は女の子な訳だし、これはこれでヤバい気が……。

というか、男の子状態だったとしても、ヤバい気が……。


「悠斗君」

と、麗華さんも少し不満げに声を掛けてくる。

「麗華さん。えっと、これは……」

「雪風君では、少しパワー不足が心配」

「いや、そういう問題ではなく……。ん?」

あ、あれ……?

なんか……気持ちいいぞ……?


「雪風は何事にも努力してますからね。小学生のやること、と侮らないことです」

とは賢崎さんの言。

いや、俺も今までの手際から雪風君がただの小学生じゃないことは分かってたけど。


これは……。

……いいかもしれない。


疲労らしきものを滅多に見せない麗華さんと暮らしているせいで忘れがちだが、本来、人には癒しが必要なのかもしれない。


「今日の(※賢崎さんにボコられた)疲れが、溶けて消えてみたいだよ……」

「……(ぶんぶんぶんと)!!」

感想を伝えると、雪風君は顔を赤くして何度も頷いた。

これではどっちがしてもらっているのか分からない。


「『腕が10本ある』と言われたとーこ姉のマッサージ術には及ばないけど、なかなか熟練した手つきだと思う」

麗華さんも賞賛する。

あと、天竜院先輩の謎の異名は、とりあえずスルーする。


麗華さんと賢崎さんに見られながらというのは少し恥ずかしかったが、順調にマッサージは進んでいく。


背中側が一通り終わって、雪風君の指示で仰向けに寝転んだところで。


「なかなか興味深いわね」

「! あ、明日香!?」

すぐ目の前に姉御の顔があった。


「この距離まで気が付かないなんて……悠斗、本当にBMPハンターなの?」

「お……俺も時々そう思います……」

数10センチの距離で覗き込んでくる姉御に、反論する術を持たない哀れな俺。


「まぁでも、マッサージが重要だということは分かったわ。妹の嗜みと言うところね」

「いや、嗜みという訳でもないと思うけど……」

というか妹を確定されても困るけど、という俺の発言を無視して、明日香は雪風君に視線を合わせる。


「雪風さん。見事なマッサージ術でした。私も兄にしてあげたいので、よろしければご教授願えませんか?」

「……(こくこくりと)」

いや雪風君。こくこくりとではない。


雪風君の了承を得た明日香が俺の右脚の方に回る。

雪風君は俺の左脚を担当。


「ん……、最初は足の裏から?」

「……(こくこくりと)」

二人の女子小学生(※片方は期間限定)に揉まれる俺の脚。

これはやばいと思う。

なんかもう色々とヤバいと思う。

主に麗華さんの心証の分野で。


「れ……麗華さん……?」

「うん。私が間違っていた。マッサージは、力じゃないんだね」

いや、そういう問題ではない(※でも怒ってないようで安心した)。


「まぁ、何と言うか……。私は引き上げます。澄空さんもほどほどに」

と言い残して賢崎さんは去って行った。


「何て悔しい光景なんだ。生涯のトラウマになりそうです……」

「ハカセ、なんか、三村さんに似て来たよな……」

ガッツとハカセが、どこかで見たようなやり取りをしている。


ちょっとストレッチをサボっただけにしては、あまりに面倒くさい騒ぎになったが……。

なんというか……。


もう少し、こんな日が続いてもいいのにな……。



◇◆◇◆◇◆◇



合宿開始1日目の夜。


俺は妙な寝苦しさを感じていた。

俺・三村・峰・ガッツ・ハカセの五人で修学旅行形式の雑魚寝をしているのだが、一番疲れているはずの俺だけ寝られない(※三村達はすやすや寝ている)。


いや、眠れていない訳ではない。

確かに眠りに落ちた感覚はあるのだが、それでも『妙に寝苦しい』のだ。


まるで、しっとりとした物体に、乗りかかられているかのような……。

もちろん、第一容疑者は春香さんである……!


「だめ……」

「!?」

春香さんの名前を(※ほぼ決めつけで)叫ぼうとしたところで、艶やかな声に制止される。


春香さんじゃ、ない?

あの人は、こんな、妖艶さの中にいじらしさを秘めたようなか細い声は出さないたぶん。


「ん……」

「!?」

むにゅ、と。

明らかに女性の膨らみを押し付けてくる何者か。

春香さん以外にこんなことをする人物に全く心当たりはないが、とりあえず逃げないとまずい。


が。


「ふふ……」

「…………!?」

あ、あれ?

動かない。

というか、起きれない?

まるで乗りかかる人物に強制的に夢の中に閉じ込められているかのような……。


現実に起きていることだという確信はある。

甘い吐息も優しい手付きも、丸みを帯びた肉体の感触も。

しかし、眼を覚ませない。


「…………あ」

ちょっと浮かれた気分は消え、背筋に寒気が走った。

何か異常な事態が起きていることは間違いない!


「は、はな……」

「どうして……?」

理性を溶かすような甘い声で耳元に囁かれる。

押しのけようとした手が何者かの胸に埋まり、小さな嬌声。

雪風君とは全く違う怪しい手付き。


目を開けないこともあり、だんだん何もかもどうでも良くなってくる。


……というか、どうでもいい。

どうせBMPハンターは辞めるんだし、今の仲間達とも離れるんだし。

少々倫理に外れようが、軽蔑されようが、名誉ある仕事と共に全部放り出して……。

「ふふ……」

このまま……。


と。

思ったところで。


麗華さんの顔が脳裏に浮かんだ。


「まままま、待ったー!!」

何者かを押しのけ、布団を跳ねあげ、転がって逃げながら叫ぶ。

このまま……、とか言ってる場合じゃない!!


「で……電気、電気電気……!!」

暗闇の中、驚異的な記憶力を発揮してスイッチを探し当て、押す。


すると。


「お……小野?」

「や、悠斗君」

俺の視線の先、浴衣を来た小野が挨拶してくる。

俺が押しのけたせいか、峰の上に腰掛けながら。

いや、『や』じゃなくて……。


「どうしたの、悠斗君?」

「い、いや……」

小野以外に誰かいないかとキョロキョロしていたのである。

どう考えても、女性の身体と声だったのだが……。


「小野、実は女の子だったとか、そういうことはないか?」

「何を言うかと思えば……。確かめてみるかい?」

からかうように言う小野。

だが、俺には全く余裕がなかった。


「ゆ、悠斗君……?」

小野の胸元をまさぐる。

男である。

胸の小さい女の子、とか言うレベルではなく、確実に男である。

というか、そもそも、さきほどの胸はそんな分かりにくいボリュームではなかった。


「ご……ごめん。軽いジョークのつもりだったんだけど、そこまで混乱するとは思わなかったよ」

きょとんとする小野。


俺は、小野のいたずらのタイミングが非常に悪いこと(※さっき、雪風君が女性化した)を告げて、反省を促した。


「な……なるほど。美少年が女性化する御時世なら、幻影獣が美少女化しても不思議じゃないね」

「幻影獣が美少女になるのは勝手だけど、小野が女の子になることはないだろ」

「……そうだね」

と、小野が笑う。


「というか、小野、来てたのか?」

「さっき着いたんだよ。こっちのトラブルを死に物狂いで片づけてね」

「そっか……」

到着次第、悪戯がてら俺の布団に忍び込んだという訳か……。


いやしかし。

女性と勘違いしたのは疲れていたからだとはいえ……。


「僕の色気にびっくりした、とか?」

冗談めかして言ってくる小野に、こくこく頷く俺。

正直ヤバいと思った。

ノーマルとか男色家とか、そういう嗜好を全く無視するほど。


「大丈夫だよ、もうしない」

「え?」

「悠斗君。僕はね、ホントは、こういうことに物凄く強いんだよ」

「そ……」

「悠斗君なんか簡単に籠絡して、麗華さんの恨みを買えるくらいにね」

「…………」

そうかもしれない。


「だから。それをしないことが、君への最大限への敬意だと知って欲しいな」

「………」

どこまで本気なのか分からない。

こいつは会った時から今の今まで、何が本気で何が嘘なのか、さっぱり分からない。


まぁ、それはともかく。


これだけ騒いでいるのに、三村達は何故起きない?

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