一緒にやろう
一分ももつわけがない……というのは、最初から分かっていたが。
最初の組手は、1秒ともたなかった。
左のフックを防御した瞬間に、貫くような右のストレート。
同時に撃ったんじゃないか、と思うくらい見事な連続攻撃で、俺は大地に横たわっていた。
……というか、少しの間だが、意識を失っていた。
今は、ぼんやりと頭が目覚め始めたところだ。
「やっぱ、賢崎さん強ぇ……」
EOFかアイズオブエメラルドを使えばまだどうにかなるが、それでは特訓にならない。
……しかし、これだけあっさり転がされているようでは、やっぱり特訓にならない気もするんだが……。
「くっ……。あれ……?」
それでも立ち上がろうとする俺だが、体が重い。
上から押さえつけられているかのように、体を起こせない。
「……なんだ……?」
視界はまだぼやけている。
服をめくられているかのように、上半身は冷えている。
熱を持った物体に押さえつけられているかのように、下半身は熱を感じる。
妙に甘い匂いがして。
胸元のあたりに、湿った感触が……。
「って、ちょっと待てーー!!」
大慌てで体を引き抜いて、俺の上に乗っていた物体から距離を取る。
「あらびっくり。もう起きたんですか?」
上に乗っていたのは、春香さん。
胸元をはだけて……というより、はっきりと見せている。黒のブラジャーを。
というか、俺の方も、上着が捲れて……。
「ななな……、何を……?」
「そんなに慌てなくても。ちょっと上着を捲って、可愛らしい二つの突起物を舐めていただけじゃないですか?」
舌なめずりしながら言う春香さん。
正直、少し油断していた。まさか、ここまで直接的な攻撃をしてくるとは……。
いや、それより何より。
「け……賢崎さん!」
「はい」
しれっと答えてくるのは、俺をKOした張本人。
近くの木にもたれかかりながら、アンニュイな雰囲気を出していたりした。
「な、なんで春香さんを止めてくれないのでしょうか……?」
敬語になってしまう俺。
「澄空さん。これは、耐久力の訓練も兼ねているんですよ?」
「た……耐久力?」
「ええ。私の拳を一撃受けたくらいで気絶していては、到底、ハンマーウエポンとは勝負になりません」
言い放つ賢崎さん。
それは分かるけど……。
「なので、気絶したら、春香に襲わせます」
「そこが分からないんですけど!?」
というか、そのために春香さん連れて来てたんだ!?
……やっぱ、賢崎さん、怖ぇ……。
「ふ……。あまり春香を甘く見ないことです」
「……」
いや、賢崎さんの方が怖い。
と。
「少し攻撃が軽すぎますよ、お嬢様。全然、できなかったじゃないですか?」
「それは失礼しました」
「せめて、三分あれば、受精までいけたのに」
「? そんなに早くできるんですか?」
…………。
……前言撤回。
やっぱり、春香さんの方が怖い。
だいたい、俺のBMP能力が後天的なものだとしたら、俺の遺伝子じゃ、たぶん強い子供は生まれないのに……。
いや、そういう問題ではないか。
うん。そういう問題ではない。
「ゆ……雪風君……」
少し離れて立つ雪風君に助けを求める。
「…………(こくこくと)」
雪風君は、俺を気遣うような目で、何度か頷いてくれたが。
「春香がやり過ぎた場合は、雪風が止めるようになっています」
と、賢崎さんが説明してくれた。
それはとても有難いのだが、どこまでいったら『やり過ぎ』なのかは大きな問題だった。
とても大きな問題だった。
「では、再開しましょうか、澄空さん」
「あ、ああ」
賢崎さんに促されて立ち上がる。
防御に気を抜けない。
気絶なんてもってのほか。
これはまさしく(※ある意味で)実戦形式特訓。
「では、行きますよ?」
「よ、よろしくお願いします!!」
そして、(※あらゆる意味で)地獄の特訓が再開された。
◇◆
ひょっとして、賢崎さんは、分かっていたのではないかと思う。
さすがにP値のことまでは分からないだろうが、俺が臥淵さんとの闘いにあまり乗り気でないことを気付いていたのかもしれない。
だから、あえて、あんな厳しい特訓をしたのではないか、と。
……というか、そうでも考えないと、賢崎さんが、マジSである。
「…………(うるうると)」
「いや大丈夫だよ、雪風君。あと、肩貸してもらって悪い」
「…………(ふるふると)」
心配そうな雪風君に支えてもらって歩きながら、会話をする。
「しかし、正直、ちょっとショックです。まさか、お嬢様のギロチンサマソを受けて気絶しないなんて……。悠斗様、ほんとに私のこと嫌いですか……?」
「いや、そういう訳ではないんですが……」
気絶している間に、父親になりたくないだけの話である。いやマジで。
などと春香さん達と話しながら、別荘に戻り、食堂に向かう。
麗華さん達はすでに食堂に来ていたので、雪風君の肩を借りながら、麗華さんの横の席に腰を下ろす。
時間の感覚はなくなりかけていたが、もうそろそろ夕食の時間らしい。
「悠斗君、大丈夫? 御飯、食べられる?」
「あ、ああ。大丈夫だよ」
心配そうな麗華さんに回答する。
賢崎さんはSの疑いが強いが、ダメージ無効化結界を使用した特訓だったのだ。
内臓が痛めつけられたわけでもないし、口の中に傷すらできてない。
自分で歩けなくなったのは、あまりにも激しい特訓で、一時的に脳が継続ダメージを誤認しているからだそうだ(※それはそれでどうかと思うが)。
それはともかく、雪風君がどっか行った。
「雪風は夕食を作りに行きました。ホストですからね」
と言うのは、正面に座る春香さん。
いやしかし。
「春香さんはいいんですか?」
「悠斗様。私に料理ができると思いますか?」
「…………」
できたらビックリだとは思ったが。
やはり現実は、意外なことはあんまり起こらないようである。
「しかし、勘違いしないでください、悠斗様」
「は、はい……?」
「私は何も、『男女平等』とか『女性は家事をしないといけないのはおかしい』とか言っている訳ではありません。単純に、雪風が家事万能で、私が壊滅的と言うだけの話です。あと、ぶっちゃけ面倒くさいというのもあります」
「…………」
男女平等社会の賛否はともかく、雪風君が大変そうなのだけは分かった。まぁ、前から分かってたけど。
「なるほど、男だとか女だとか関係なく、片方ができないともう片方がやるしかないのね」
突然、向かいに座っている姉御が呟く。
「悠斗はどう見ても不器用だし」
「麗華さんも得意ではないみたいだし」
「妹の出番ですね、姉御」
小学生ズが何やら言っている。
そういや、妹の件も放置したままだった。
まぁ、BMPハンターを辞めたところで、すでに明日香達を養うくらいの蓄えはできているが……。
BMP能力者でない俺に、明日香達は一緒にいたいと思うんだろうか?
などと益体もないことを考えていると、チャイムが鳴った。
「チャイム……?」
ということは来客なんだろうけど。
いくら立派な建物とはいえ、ここはあくまで賢崎所有の別荘。
賢崎の御令嬢が来ている時に、誰が訪ねてくるというのだろうか?
「春香?」
「すみません、お嬢様。私、ちょっと行ってきますね」
賢崎さんの疑問符を受けて、春香さんが玄関に向かう。
きょとんとしながらみんなで待っていると、春香さんが6人の女性を連れて帰って来た。
女性……というか、女子高生だ。
先頭の人物に見覚えがあるから分かる。
「天竜院先輩?」
「奇遇だな、澄空君。それから、藍華様、麗華様、お久しぶりです」
美人にてイケメンの風紀委員長が、挨拶をしてくる。
「えーと、お久しぶりです」
「……お久しぶり」
俺は普通に挨拶を返したが、麗華さんの態度が露骨に硬い。
普段無表情なのに、それでも、硬いと分かるくらい硬い。
「お久しぶりです、天竜院さん。……と、言いたいところなんですが」
と、春香さんを見る賢崎さん。
「ご説明します、お嬢様」
それを受けて、春香さんが答える。
「実は、式家と天竜院家は、昔からそこそこ仲の良い間柄でして」
「それは知っています」
「透子が風紀委員長になった頃から、風紀委員の合宿場に、この別荘を提供していたのです」
「まぁ、普段この別荘をどう使おうが、貴方の勝手ですが」
「今回は、私がスケジュール管理をミスったせいで、お嬢様とバッティングしてしまいました」
「……スケジュール管理はしっかりしてください」
「いえ、雪風は気が付いていたんです。天竜院に連絡しておいてくれと言われていたのを、私がすっかりと忘れていまして」
「それは予想通りですね」
にこやかに説明する春香さんと、白けた様子の賢崎さん。
「あ、あの、藍華様。お邪魔でしたら、我々は出直させていただきたいと思うのですが……」
天竜院先輩のすぐ後ろに居た女性(※たぶん、風紀委員だろう)が、恐縮したように提案する。
賢崎さんが春香さんに小言を言うのは、我々からするといつもの光景なのだが、仮にも賢崎さんは賢崎財閥の御令嬢。
機嫌を損ねてはまずいと思ったのだろう。
「あ、いえいえ」
だが、もちろん、賢崎さんはそんなに狭量ではない。
「部屋も余ってますし、構いませんよ。一緒に鍛練しましょう」