合宿を始めよう
合宿をすることになった。
もちろん、ルーキーズマッチファイナルバトル・澄空悠斗vs臥淵剛に向けての特訓である。
賢崎さん曰く「これまでの対戦成績は1勝2敗。いくらルーキーズマッチとはいえ、BMPヴァンガードとその仲間達が負ける訳には行きません。ファイナルバトルを制して、我々の力を見せつけてあげましょう!!」とのことだ。
BMP能力を使い続けると死ぬ体質だからして、早いところ引退しなければならないのだが、とても言い出しづらい状況になっていた。
まだ上条博士にも相談していないが、正直なところ、あと一回や二回で死ぬほど切羽詰まっている訳ではないと思う。ただの体感だが。
だからと言って、ずるずると闘い続けてもいいことはないのだが……。
「見てみてガッツ! 別荘だよ別荘!! 森の中の別荘!!」
「くそったれ!! 本宅もない俺達は現実が身に染みるけど、テンションが上がってしまうぜ!!」
「いい加減にしなさい!! 賢崎さんのご厚意で連れて来てもらってるんだから、迷惑かけない!!」
「全くです……。しかし、姉御と旅行に来れて、密かにテンションを上げている僕がいるのも、また事実です……」
という具合に、森の中にそびえ立つ賢崎さんの別荘を前にして、大変に盛り上がっていらっしゃる小学生ズを前にして、「ごめん、俺、ルーキーズマッチ出ないわ」と言えない状況なのである。
「特訓と直接関係ないとはいえ、あれだけ喜んでくれると嬉しいものですね」
本合宿の主催者である賢崎さんが話しかけて来る。
「直接関係ないなら、なんで連れて来たんだ?」
「……『ユウト』の正体を隠していたでしょう?」
「ん、ああ」
突然何を……?
「やっている最中は楽しかったんですが、冷静になって良く考えてみると、アレ、賢崎の頭首としてはあまり好ましくない詐欺行為なんですよね……」
「は、はぁ……」
「つまり、今私は、若干弱みを握られている状態です。別に脅されている訳ではないですが、先手を取って懐柔しようとしています」
「…………」
すげぇ。
色々な意味でスケールが大きい人だ……。
「まぁ、明日香達はいいとして……」
と、俺はその他のメンバーに視線を巡らせる。
「三村さんと峰さんは退院祝いも兼ねてます。首都の懸案だった新型Bランク幻影獣を澄空さんが倒す間、為す術なく病院のベッドで寝ていたからといって、役立たずなどと言ってはいけませんよ」
「…………」
言っとらんがな……。
「エリカさんと雪風は、可愛いから呼びました」
「直球ですね」
まぁ、別に、呼んだらいけないと言う気はないけど。
「ソードウエポンは本当は呼びたくなかったんですが、大人気ないかなと思って呼びました」
「……そういうこと言わなければ、もっと大人っぽくて素敵だと思うよ」
微妙な間柄である。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……以上です」
「り、了解」
と、言ったところで、後ろから柔らかなものに抱き締められた。
「は……春香さん、ちょっと……」
「さっきからずっとさり気なく至近距離をキープしてたのに……。こんな私に敢えて言及しないなんて、Sですか? Sなんですか?」
「そ……そういう訳ではないんですが……」
ぐいぐいと抱き締められながら、何とか逃げようとする俺。
「春香。澄空さんはSなのではなく、単に貴方に会いたくなかっただけですよ」
「ぎゃふん! お嬢様は、間違いなくSですね!!」
ぎゃふんと言いながら、ますます俺に胸を押し付けてくる無敵の春香さん。
後ろで、『年頃の女性に興奮する分には問題ないか……』と呟く麗華さんが怖かったり怖くなかったりする。
「ここは、式家に管理を任せているんですよ」
と、そんな俺のために解説をしてくれる賢崎頭首。
「なんでまた、式家に?」
普通に管理会社とかでいいと思うのだが。
「この辺は、式の鍛練場なんですよ」
「? 鍛練場?」
やっと俺を解放してくれた春香さんに聞き返す。
「はい。精霊の力が強いとかで、小さい頃から良く訓練に来てました」
「へぇ……」
精霊ね……。
やっぱり属性攻撃を扱うから、そういうのに詳しいのか?
同じBMP能力者でも、俺には良く分からないけど……。
「まぁ、私はそういうファンシーな存在は、全然感知できませんけど」
「…………」
嘘でも『今日は……少し、風がざわついていますね……』とか言えば、美人なのに。
「では、早速ですが、特訓を始めましょうか?」
と言いながら、賢崎さんは俺から荷物を取り上げて三村に渡す。
「え……いきなり……?」
「というか、俺らはどうすれば?」
俺と三村が同時に疑問を口にする。
「時間はあまりないですから。春香達が案内しますので、三村さんは……じゃなかった、三村さん達は適当に遊んでいてください」
「……了解です」
「ちょっと待って」
了解する三村の直後に、麗華さんのちょっと待ったが入る。
「なんですか、ソードウエポン?」
「三村達はゆっくり遊んでいたらいいと思うけど、私は特訓に付き合いたいと思う」
「と言っても、対臥淵さんの特訓をするんですから、ソードウエポンの出番はないですよ? 私に任せていただいていいのでは?」
「……適性に関しては疑ってないけど、ナックルウエポンがやり過ぎないか心配」
ジト目で言う麗華さん。それは確かに俺も心配だ。
が。
「そうやってすぐ特訓を止められたら、私もやりづらいです」
「う……」
「相手はあのハンマーウエポン。中途半端な特訓で恥を掻くのは、澄空さんなんですよ?」
「それは……」
「三村さんの時とは違います。試合前に壊してしまうような真似はしませんよ」
「俺の時、壊れてもいいと思ってたのか!?」
三村の悲鳴が挿入される。
「分かった……。ただ、悠斗君、ある意味で病み上がりだから、注意してあげて」
「分かっています。春香、雪風。みなさんを案内したら、特訓を手伝ってください」
雪風君はともかく、なぜ春香さんを呼ぶのかは分からなかったが、俺もなんだかんだ言って賢崎さんのことは信頼している。
そういう訳で。
ルーキーズマッチラストバトルに向けての最後の特訓が始まった。
◇◆
三村達と別れた俺と賢崎さんは、別荘近くの湖のほとりで向かい合って立っていた。
「私のコーチは一流だと自負していますが、なかでも対臥淵さんに関しては最適のパートナーだと思っています」
と言いながら、賢崎さんはなにやらボクシングのグローブのようなものを両手に装着する。
「さ……最適と言うのは……?」
「もちろん同じ打撃系だからですよ?」
当然のような回答をよこす賢崎さんだが……。
「ちょ、ちょっと待って! 俺、殴り合うのか!? 臥淵さんと!?」
初めて会った時(※正確には二回目だが)の圧倒的な存在感と迫力を思い出す。
ただでさえ体調に不安があるのに、あんな化け物と殴り合えるか!!
「空気読めてないのは承知だけど、遠距離で闘った方がいいんじゃないかな」
提案してみる。
幸い俺には、幻想剣という超威力の遠距離攻撃がある。
近距離で闘った方が観客は盛り上がるだろうけど、正直、そこまでサービスするようなゆとりはない。
「当たり前ですよ。間違っても、近づこうなどと思わないでください」
「へ?」
意外なことを言う賢崎さんに、少し驚く。
「これは、『やむを得ず距離が詰まってしまった時』のための訓練です」
「あ、ああ」
なるほど。
遠距離で仕留められれば良し。
そうでなくても、距離を詰められた時に凌げる特訓をしておけば、勝率はあがる。
「さすが賢崎さん!」
「いえいえ」
と、少し照れながら賢崎さんはグローブでこめかみのあたりを掻いた。
「という訳で、今から可能な限り私の攻撃を避けてくださいね」
「…………え?」
え?
「……あの、防御の型とか教えてくれるんじゃないの?」
「そんな時間はありません。これから相手をしようとしてるのは一撃必殺のハンマーウエポンなんですよ?」
「い、いやでも。基本を怠ったら上達もしないんじゃ……?」
「大丈夫ですよ。最初は私の構えを真似て。しっかり私の姿を見ていてくれれば、後はうまく誘導します。私の攻撃を一分も耐えられるようになれば、綺麗な型が身についていますよ」
自信ありげに断言する賢崎さん。
それ自体はとても頼もしいのだが、俺は途中に挟まれた単語に凄い危機感を持った。
「耐えるって……。寸止めじゃないの?」
グローブの時点で何となく嫌な予感はしていたのだが。
「大丈夫ですよ。このグローブは賢崎技術部が総力を挙げて突貫作業で作成した逸品です」
「…………その『大丈夫』は、つまり、殴るという意味なんですよね?」
「装着者のBMP能力を使って、グローブ周辺に極小のダメージ無効化結界を張るという、特訓仕様のアイテムです。どれだけ殴られても、痛いだけでダメージは残りません」
「でも、痛いんですよね!?」
「澄空さん。痛みを伴わない特訓には効果がありません」
「そらそうかもしれませんけど!?」
最後に名言っぽいことを言って。
地獄の特訓が始まった。