魔法使いの時間
超加速の力場があるので足を踏み外す心配はないが、特に急がず降りていく。
「景色。凄いね……」
「ん……ああ」
遥か下には、さっきまで俺達が居たテーマパークが箱庭のように見える。
確かにこの高さを空中歩行することは、日常生活ではまずない。
というより、空中歩行自体がまずない。
「ユウト、魔法使いみたい……」
「…………」
魔法使い……か。
「時間制限があるけどな」
「え?」
「もうすぐ使えなくなるんだ」
何故か。
ごく自然に俺は明日香にそのことを話していた。
「確かにBMP能力は魔法みたいな力かもしれないけど……」
俺は違う。
生まれついてのBMP能力者でない俺は、偽物だから……。
「魔法使いにはなれない、かな」
「……そうかな」
「ん?」
「……なんでもない」
?
まあいいか。
でも。
まぁ。
少なくとも。
「今だけは……ちょっとだけ格好いいだろ?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……ううん」
「なんと!?」
格好良くないと申されるか!?
「今……だけじゃなくて……」
「え?」
「ずっと……格好いいとは……思ってたりして……」
「へ?」
へ?
「凄い人達と知り合いなのに、小学生にも真剣に向き合ってくれる謙虚なところも……。ぶつぶつ言いながら結局お願い聞いてくれる、お人よしなところも……。いざと言う時、ビックリするくらい無敵なところも……。全部。格好いいかなっ……て」
「……」
「そもそも、三枚目って言うと喜ぶみたいだから調子を合わせてたけど……。普通にイケメンだと思うし……。ぶっちゃけると、若干タイプだし……」
「…………」
「……ユウト?」
「……ふ……」
「ふ?」
「ふざけんなぁーー!!」
「きゃっ!」
姉御を抱いたまま、俺の怒りが爆発した。
「イケメンだと思ってたのなら、素直に褒めろよ! 姉御の罵詈雑言のおかげで、どれだけ精神的ダメージを受けたと思ってる!?」
「そ……そんなに酷いことは言ってない……んじゃないかなぁ……?」
「いーや言った! 絶対に言った! 凄く言った! だいたい、『三枚目って言うと喜ぶ』ってなんだよ!? そんな男子高校生が居てたまるか!!」
「……そ、そうかな?」
「こんな面倒くさいツンデレは三村もビックリだよ!」
間違いない!
「何よ……。ユウトが最初から『澄空悠斗』だって言ってくれたら、私だってこんな面倒くさいことにならなくて済んだのに……」
「言ったじゃないか」
「『BMPハンターの』を付けないと意味がないでしょうが!?」
確かにそれはそうだが。
「俺が『澄空悠斗』だろうがなかろうが、イケメン度はそんな急激に変わらないと思うぞ」
「……それでも」
「え?」
「それでも、女の子がデレるのには理由が必要なのよ……」
「…………そうなの?」
「そんなことも分からないから、いつまで経っても剣さんを落とせないんじゃない……」
「す……すみません」
それを言われると、とても弱い。
「仕方がないわね……。じゃあ、今日から私がユウトの妹になるということで、許してあげる」
「いや、ちょっと待て」
いつの間にか俺が許してもらう立場になっていることについての違和感はおいておいて、ちょっと待て。
「一体、何を言っているんだ?」
「まぁ、聞きなさい、ユウト」
抗議する俺に、俺の肩に乗せていた頭を起こしながら言う明日香。
「残念な話だけど、私達の家族はもう見つからない可能性が高いわ」
「それは……」
「私は超級の美少女だから、どうにでもやっていけるけど。あの3バカはどうなると思う?」
「苦労は……するだろうな」
「生活していくだけで大変なのに、『これ以上幻影獣の被害を増やさないために、幻影獣に係る仕事に就く』なんて言ってるのよ。ただでさえ狂戦士疑惑のかけられる、副首都区出身者だっていうのに」
「そ……そうなのか……」
それは確かに大変だけど……。
「でも。あら不思議。明日香には、お金持ちの上にお人よしなお兄ちゃんが……!」
「いや、ちょっと待て!」
要するに、たかる気か!?
「いいじゃない。ユウトにとってみればわずかな生活費を負担するだけで、不足していたロリ枠が埋まるんだし」
「いや、そもそも不足させた覚えがない」
「…………ダメ、かな……?」
「ぐ……」
上目づかいに移行する、あからさまな姉御の『本気モード』にたじろぐ俺。
「家族に……なりたいな(超特大はあと)」
「ぐ…………」
駄目だ。
このまま拒否を続けたら、俺は強制的にロリコンにされる。
麗華さんに言い訳不能だ……。
「れ……」
「ん?」
「麗華さんに……相談させてくれないか?」
「ふむ……。ま、いいでしょ」
納得するとは思えなかったが、姉御はあっさりと引き下がった。
そのまま、俺の肩に頭を乗せた姉御を抱いて、豪華絢爛の階段を下りていく。
と。
「ねぇ、ユウト」
「今度はなんだよ、姉御」
「……なんで妹に『姉御』なのよ?」
……確かに。
「なんだよ、明日香」
「……呼び方が適当」
「……は?」
いきなりふて腐れた姉……明日香に困惑する俺。
「愛しの妹に、そんな事務的な呼び方する兄がどこにいるのよ。……そもそも、何、この抱き方? 荷物を運んでるんじゃないんだから」
「……そ、そんなこと言われても……」
何故俺は、命がけで助けた女の子に駄目出しをされているのだ?
でも逆らえないので、とりあえず抱き方をお姫様抱っこ的に変えてみる。
「……まぁ、抱き方はこれでいいわ。じゃ、あと、呼び方」
「あ……明日香」
「全然違う」
即、駄目出しされた。
「もう少し愛情を前面に押し出して。こわれ物を扱うように優しく。親友にするようにフレンドリーに。恋人にするように甘く色気を出して。天使のように慈悲深く。小悪魔のように扇情的に。プレイボーイのように挑発的に」
「ちょっと待て待て待て」
注文が多過ぎる!
「……麗華さんにしてるみたいに……」
「?」
麗華さん?
「…………明日香」
「っ!!」
と、突然、明日香に頭をバシバシ叩かれる。
「ど、どうした、明日香?」
「…………。ぐっ、と来た」
「そ、そうか……」
ぐっ、と来たらしい。
「意外とやるわねユウト」
「ど……どうも」
とりあえず満足したらしいので、階段下りを再開する。
が。
「ユウト」
「なんだ?」
「もう一回呼んで」
「……」
「……」
「……明日香」
「~~!!」
「い、痛い痛い。叩くな明日香!」
ボカボカ叩かれながら、階段を下っていく。
「何が三枚目よ。意外とプレイボーイじゃない……」
「何を言ってるんだ、おまえは」
三枚目と主張した覚えもないが、断じてプレイボーイではない。
「ねえ、ユウト」
「なんだよ」
「もう一回……」
「……明日香」
「……」
「……」
「…………もう一回……」
「明日香」
「…………ユウト、お兄ちゃん……」
と。
明日香が言った瞬間。
俺の足が大地に着いた。
そして。
俺の意識が散漫になっていたことも認めざるを得ない。
俺達が地面に着いた時、周囲を、麗華さん・賢崎さん・春香さん・雪風君・小学生ズ、に囲まれていた。
心配して駆けつけてくれたのだろう。
だが、今のセリフとそこに至る流れをどう弁解したものか、俺の頭では考え付かない。
「姉御がデレた……」
「で……デレてないわよ!」
ガッツの呟きに、俺に抱かれたまま噛み付く姉御。
「姉御がデレちゃった……」
「デレてない、っつってんでしょうが!!」
エールに食ってかかるが、俺が抱えているせいで動けない姉御。
「『死に至るツンデレまいなすデレ』と言われた姉御が……」
それはただの殺し屋だ。
「ハカセ、いい加減に……! って、ユウト!」
「ん?」
「いつまで抱えてるのよ! いい加減に放しなさい!」
「あ、ああ……」
そういえば、そうだった。
ところで、俺は失敗を繰り返さない男である。
さきほど『女の子を荷物のように扱うな』と怒られたばかりだし、今回は少し過剰なくらいに優しく姉御を地面に下ろす。
そう、まるでお姫様にするように。
が。
「こっ……。こ……。この……」
「ん?」
「そんなに優しく下ろすな、アホー!」
と、ビンタを喰らう俺。
「あ、明日香?」
見ると、明日香が顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。
そして、麗華さんと賢崎さんが白い目で俺を見ている。
どうやら、失敗したらしい。
「で……」
「ん?」
「デレてなんか、ないんだからねーー!!」
叫んで逃げていく明日香。
「ま、待ってよ、姉御」
「いきなり走ったら危ないって!」
エールとガッツが慌てて後を追いかける。
「ユウト、ありがとうございましたー!!」
遅れてハカセも追いかける。
俺は……まぁ、いいだろう。
さすがにもう危険は去っただろうし。
「とりあえず、今は……」
犯罪者予備軍を見る眼で俺を見ている麗華さんに、弁解をしなければならない。