おじい様へのご挨拶
剣源蔵。
剛腕で知られる政治家で、現在、この国の首相を務めている。
元々は、この国最大の企業グループ『剣財閥』を率いるバリバリの財界人だったのだが、あることをきっかけに政界に転身。
以後、とんとん拍子で首相にまで上り詰めたという、庶民をなめきった経歴の持ち主である。
財界と政界でトップを極めた人間だからして、国民の評価はすこぶる高い。
この国が幻影獣に滅ぼされていないのは、この人のおかげだという声も多い。
が、気性の激しさは折り紙つきで、国会中継を見て子供が泣き出したとか、SPが胃潰瘍で入院したとかいう話は上げるとキリがないほどある。
それでも、物を投げつけたり、むやみやたらとどなり散らしたりという子供っぽい怒り方をしないところが、また人気の理由ではあるのだが。
断言しよう。
子供っぽかろうと、子供っぽくなかろうと、怖いものは怖い。
◇◆◇◆◇◆◇
「いつも孫娘が世話になっているね」
この国のトップらしく、威厳に満ちた口調で言う剣首相。
麗華さんから見ればただの祖父かもしれないが、俺から見れば、遥か彼方の天上人である。
剣首相も表面上はそれらしく振舞ってくれてはいるが。
その実は。
『こいつが、可愛い麗華にたかるコバエか……。機会があれば、搾りあげてやろうか』とばかりに、低レベルの怒気に満ち溢れている。
やたらと豪華な応接室に麗華さんと一緒に座らされ(俺は嫌だと言ったのに)、その正面にこの国の首相が座っているという異常な構図もあいまって、俺は逃げ出したくなっていた。
「い、いえ……。お、僕のほうこそ、麗華さんにはいつも世話になりっぱなしで……」
「隠さなくてもいいよ。麗華と一緒に暮らすのは大変だろう」
「そんなことはない。最近では、家事もきちんと分担しているし、お風呂上りにバスタオル一枚で怒られることもなくなった」
麗華さん、空気読んで!
でないと、俺が身体的・社会的に抹殺されます。
「ま、まあ……。仲良くやっているのなら、なによりだ。節度さえ守ってくれれば、何も言わん。節度さえ、な」
ま、守ってます、守ってます。
「ところで麗華よ。ちと、澄空君と二人で話がしたいので、席を外してもらってもかまわんか?」
なんですと!
「別にいい」
なんですと!!
「じゃあ、しばらく散歩してくる」
と言い残し、麗華さんは出て行ってしまった。
久しぶりの家族の会話じゃなかったんですか!?
なんで、俺が首相と二人っきりにならなければ……!
「すまんな、澄空君。二人の貴重な時間を、年寄りの我がままで浪費させてしまって」
年齢的には初老だが、精神的にも肉体的にも若々しい首相が言う。
「いえ、気にしないでください」
だから、社会的に抹殺だけは勘弁してください。
麗華さんとは、ほんとに、ただれた関係にはなってませんから。
「………」
「…………」
「………」
「………えーと」
黙ったまま俺を見つめてくる首相に、どう反応していいものか迷ってしまう。
「君は……」
と、ようやく口を開いてくれる。
「はい」
「普通だな」
「はい?」
思わず語尾が上がる。
なんのこっちゃ。
「そ、そうですね。あまり面白味がある人間ではないかもしれませんねー。外見も普通だし、運動神経も普通だし、頭は悪いし」
しかし、とりあえず合わせる、事なかれ主義の俺。
「ああ、いや。すまない。そういう意味ではないんだ」
と、さきほどまでの子供っぽい怒気を完全に消した首相。
「君には、釈迦に説法かもしれないが、高BMP能力者は精神を病む」
どきり、とした。
「周囲の無理解や嫌悪はもちろん、BMP能力自体が、直接的に精神を蝕む代物だからな。BMP能力が極端に高い人間の場合、人格破綻せずに成長するためには、完全に外界と隔離した状態で、専門的な訓練と治療が必要になることもある」
「……」
「だが、その代償は大きい。麗華を見ていれば、分かるだろう」
「麗華さんは……?」
「ああ。小学校を出るころまでBMP研究施設で育った。君も知っているかな。上条博士という世界的にも有名なBMP研究の権威だ」
「知ってます」
とても、そうは思えないハッスルじいさんでしたが。
「あの施設は、もともと麗華のためだけに建てたものなんだがね。最新の設備と最高の頭脳。おかげでなんとか麗華の人格は崩壊することなく成長できた」
あの人を最高の頭脳というのは俺にはなかなか難しいが、とにかく、剣首相の言っている意味は分かった。
「だが、その麗華のBMP172を上回る187ものBMPを持つ君が……」
俺を見る。
「普通であることに、脅威を通り越して、感動さえ覚える」
「た、ただの特異体質では……?」
「長年、麗華を見てきた私には、あれが体質ごときでどうにかなるような衝動でないことぐらいは分かる。彼女も同意見だ」
「彼女?」
と、俺が聞き返した時。
上品なノックの音がした。
◇◆◇◆◇◆◇
『最強BMPチーム・クリスタルランス1人目:緋色瞳(能力名:アイズオブクリムゾン)』の場合
「失礼します」
上品な美声とともに、目を疑うような美女が入室してくる。
俺は、今までの人生で麗華さんより綺麗な人は見た事がなかったが。
年の差はあれ、この人は同じくらい美人だった。
だが、何より驚いたのは、その燃えるような瞳の色だ。
「お茶をお持ちしました」
「は、はい……」
圧倒的な存在感に気圧されながらも、なんとか返事ができた。
「どうぞ」
と湯呑みを差し出す、赤い目の美女。
が、差し出した後も、すぐには去ろうとしなかった。
その燃えるような瞳で、俺の瞳をじっと覗きこむ。
あれ? この仕草、誰かに似てる気が。
「綺麗な瞳ですね」
「は……はい……」
炎を宿す瞳にそう言われても、俺にはまともな返事はできない。
「緋色君。もういいかね?」
「ええ、すみませんでした、剣首相」
首相に言われて、優雅に距離を取る美女。
「さて、澄空君。一応紹介しておこうか。彼女が、最強BMPチーム『クリスタルランス』のリーダー。『アイズオブクリムゾン』こと、緋色瞳くんだ」
「あ、アイズオブクリムゾン!?」
いくら世相に疎い俺でも、その名前くらいは知っている。
クリスタルランスのリーダーにして、最強の支配系能力を操るBMP能力者。
確か、BMPは、麗華さんに次ぐ168で、賢崎藍華と並んで、歴代3位(ちなみに、恐ろしいことに、1位は俺である)。
「はじめましてですね。澄空悠斗君。それとも、『BMPヴァンガード』とお呼びした方がいいかしら?」
「い、いえ。澄空で結構です……」
恐縮する俺。
ちなみに『BMPヴァンガード』というのは、前回の戦闘でクラスメートの新聞部員兼委員長がつけてくれた称号だ。自分でも、割と気に入っている。
「で、どうかね。久しぶりに見る澄空君は?」
「変わってないですよ。溢れるほどの力と、強い意志。……いえ、むしろ、以前より強い」
久しぶり……。何を言ってるんだ?
いくら俺でも、こんな美女と会ったことがあるなら、忘れたりはしないぞ。
「きっと。凄く素敵な生き方をされてきたのでしょうね。私も、我が事のように、誇らしいです」