片翼の災い
当たり前の話ではあるが、ルーキーズマッチには全試合、ダメージ無効化結界が用意される。
どれだけ豪快な負け方をしても、負傷する心配はない。
なので、担架が出動する事態は異例だった。
「……アレとダメージ無効化結界なしで闘ったとか、2か月前の俺は狂気の沙汰だったよな……」
意識を失ったまま、担架で運ばれる坂下さんを見ながら、心の底からそう思う。
「あんなことまでできるとは、麗華さん並みに無敵な人だ……」
「んー、そこまで便利なものでもないんですけどね」
「へ?」
俺の独り言に返事を入れたのは、春香さん。
「ちょっとはしゃぎ過ぎですね、お嬢様」
と、無表情で俺の腕を放し、試合を終えて所在無げに立っている賢崎さんに近寄っていく。
春香さんが傍まで近寄って、賢崎さんに何か囁いたと同時。
「!」
賢崎さんが、春香さんの胸……いや、腕の中に倒れ込む。
「賢崎さ……!」
「だめ」
「れ……麗華さん?」
賢崎さんに駆け寄ろうとしたところを、麗華さんに腕を引っ張られて止められる。
「さっきの技は、恐らくとても消耗する。ナックルウエポンは疲れて寝てるだけ」
「そ……そうなの?」
それなら安心だが。
……なぜ、駆け寄ったらダメなんだ?
と。
「ゆ……ユウトぉ……」
背後からとても情けない声が聞こえてきた。
「エール?」
と振り返った俺の眼に映るのは、顔を青くした小学生三人組。
「ど、どした?」
「ユウトぉ……。坂下さん、死んじゃうのかなぁ……」
「い、いや、そんなことはないはずだけど」
死んでもおかしくないくらいインパクトのあるKOシーンではあったが!
「大丈夫ですよ、エール。賢崎さんは、ダメージを精密に計算して、心に後遺症が残らないギリギリのダメージを与えたんだと思います……」
「まぁ、坂下にいさんの評判が下がることはないよ……。あの人の相手は、たぶん人間には無理だ」
青い顔をして発言するハカセとガッツ。
どうも、静かだと思ったら、三人仲良く震えていたらしい。
……無理もないが。
まぁ、こういう時は、姉御に一発毒舌で締めてもら……。
「明日香……?」
「な……何よ、ユウト」
何よ、って……。
「おまえ……顔、真っ青だぞ……?」
三人組の比じゃない。
「もしかして、また何か感じるのか?」
「ぅ……」
露骨に図星な顔をする明日香。
「……明日香」
「わ……分からないの。でも、何か良くないことが起きそうな感じだけが強くて……」
普段の強気な微笑からは想像できない必死な顔で訴えてくる明日香。
「お願い、剣さんから離れないで」
「……分かった」
言われなくても。
☆☆☆☆☆☆☆
「やっぱり、賢崎さんは凄いねぇ……。相手が悠斗君でなくてよかった。いや、ほんとに」
非合法に占拠した城の一室で、さきほどまで試合を覗いていた小野が呟く。
「しかし、『まぁ、実際に私がやられたのは同級生の男の子ですけどね』とか、ナチュラルにデレてくるなぁ。まあ、悠斗君に聞こえるはずもなかったから良しとするか」
「『良しとするか』じゃ、ないでしょうがー!!」
やる気の抜け切っている小野に対し、背後からチョークスリーパーを仕掛けるミーシャ。
「ぐ……。み、みーひゃ……!?」
「なに呑気にしているのよ! 試合終わっちゃったじゃない!!」
「ひょ……ひょんなこといっへも……!!」
幻影獣に酸欠の概念があるかどうかは不明だが、命からがらチョークスリーパーから抜け出す小野。
「だいたい……なんで迷宮を仕掛けないの? もう、アレも呼んでるんだよね?」
「…………隙がないのよ、麗華さんに」
「へ?」
「確かにフラガラックなら迷宮を無効化できる……。けど、悠斗君たちがこのテーマパークに入って来てから、もう二時間は経ってるのよ!? その間、一瞬たりとも隙がないって何!? あの子、ほんとに人間!?」
「幻影獣の僕らがそれを言ってもねぇ……」
両腕をぶんぶん振りながら怒るミーシャを宥める小野。
その小野の表情が、ぎゅっと引き締まる。
「仕方ない。僕が剣さんの気を引くよ」
「え?」
驚くミーシャ。
「気を引くって……。まさか、戦闘を仕掛ける気?」
「どの道、そろそろ最終局面だからね。少しくらい正体バレるのが早くても構わないかな、ってね」
「た……確かにそうかもしれないけど……」
小野とは対照的に迷いを見せるミーシャ。
「ほんとにいいのソータ? 確かに、最終的には同じことかもしれないけど。でも、あんたにとっては……」
「心配してくれるの? 嬉しいな」
「だ……誰が……!?」
「というか、最近のミーシャの仕草って、本当に人間みたいに見えるよね。もう、わざとらしさなんて全然感じないよ」
「っ! こ、このアホソータ! 落ちてしまえ!!」
「ぐえっ! み、ミーヒャ!! 落ちふ! ほんろにおちへひはふ!!」
と、またチョークスリーパーの攻防を再開する二体の幻影獣。
そんな様子を見かねた(※という訳でもないかもしれないが)片翼の幻影獣が椅子から立ち上がる。
「宜しければ、私がやりましょうか?」
機械音声すれすれの透明な声音。
ミーシャが小野の首から腕を離す。
「貴方、フラガラックを封じれるの?」
「可能です」
推測ではなく事実として。
片翼の神獣は断言する。
「ただ、この姿では目立ってしまうので、幻術を使っていただきたいのですが」
右の肩甲骨のあたりから生える純白の羽を見ながら呟く。
「それはいいけど……。さっきも言ったように、迷宮は、麗華さんにだけは通じないわよ?」
「問題ありません」
これもまた事実として。
「知らない仲でもありませんから」
☆☆☆☆☆☆☆
「ごめん、麗華さん。情けないけど、そばに居させ……って、麗華さん!?」
麗華さんは、俺と組んでいない方の手で干渉剣フラガラックを召喚していた。
「仕掛けて来た。私から離れないで。ここら辺一帯が効果範囲になってるから、悠斗君への幻術も無効化してる」
「そ……それは助かるけど!」
明日香達は!?
「だ……大丈夫みたいです」
迷宮の影響を受けているはずだが、とりあえずハカセ達が殺し合いを始めたりと言ったことはなさそうだった。
「べ……別に変なものは見えないみたいだけど……」
「あの幻影獣は、露骨にそれと分かるような幻術は使わない。支配されていることにすら気づけないから。油断しないで」
不安そうなガッツをさらに不安にさせるセリフを言う麗華さん。
しかし、一体どんな幻術なんだ?
ハカセ達だけじゃなくて、他のお客さん達にも変化はないみたいなんだけど……。
と。
「あ……れ?」
唐突に異変……というか、この幻術の目的に気が付く。
俺が見つけたのは、石畳を歩いて来る一人の女性。
いや、美しい女性をベースにした幻影獣。
なぜ幻影獣と分かるかというと、右の肩甲骨のあたりから、羽毛のような純白の翼が生えている。
左側は、腕ごとないが。
コスプレなどでは断じてない。
だが、周囲の観客は全く動じていない。
「アレを……人間に見せている……?」
「だろうね」
同時に気づいた麗華さんの言葉に相槌を打つ。
襲ってくるかどうかまでは分からないが、敵なのは間違いない。
本当に情けないが、BMP能力が使えない以上(※使えても根本的には同じだが)麗華さんに頼るしかない。
が。
すぐに異変に気が付く。
「れ……麗華さん!?」
が震えている。
武者震いとかじゃない。
怯えたような震えが、組んでいる腕から伝わってくる。
率直に言って衝撃だった。
レオとの闘いですら、全く怯えた様子がなかったのに(※俺はビビりまくっていたけど)。
「れ……麗華さん。そんなにヤバいの、アレ……?」
そりゃ、どう見ても雑魚には見えないけど……。
「ち……違うの、悠斗君……」
が、麗華さんは否定する。
「強いとかそういうのじゃなくて……。アレはとても不吉なの。……そんな気がする」
イマイチ良く分からない。
物質を論理レベルで破壊する幻影獣より不吉な幻影獣なんて居るのか?
「悠斗君に……とても酷いことをするような気がする……」
「??」
ますます分からない。
抽象的なうえに局所的過ぎる。
ただ、麗華さんがこんな顔をしている以上……。
「それは、濡れ衣ではないでしょうか?」
「「!?」」
その幻影獣の声を初めて聞いた。
まるで機械音声のように、透明だが無機質な声音。
しかし、その発言で、麗華さんが心臓を貫かれたように身体を震わせたのは分かった。
コツコツ、と石畳を歩いて近づいて来る幻影獣。
敵意のようなものは感じないが……。
麗華さんは、憎悪とも恐怖ともつかない複雑な表情で、その幻影獣を睨みつけていた。
どうしたらいいのか分からない俺の前で。
その幻影獣が口を開く。
「澄空悠斗にとても酷いことをしたのは……」
麗華さんが『止めて』と言ったような気がした。空耳かもしれない。
「貴方ではないですか、剣麗華?」
そして。
麗華さんが悲鳴を上げたような気がした。