ルーキーズマッチ『賢崎藍華vs坂下陸』3
新月テーマパーク『キャッスルエリア』のメインキャッスル前広場で、ルーキーズマッチ『賢崎藍華vs坂下陸』は行われている。
そして、予想していた通りではあるが。
試合は一方的な展開になっていた。
ダガー装備のイケメンと眼鏡装備の素手の美少女という、バイオレンス映画のような構図で始まった試合だが、一分と経たないうちに実力差は歴然になっていく。
なにせ賢崎さんにはEOFがある。
実際に闘ったこの俺……澄空悠斗には分かるが、まともな手段であの未来予知を破るのは不可能である。
よって、『坂下さんがナイフを振り回す』→『賢崎さんがEOFで華麗に避ける』→『坂下さんの攻撃がひと段落したところで賢崎さんの拳の一撃』→『坂下さん我慢してナイフを振り回す』→『以下同様に』という展開が続いている。
最短試合時間記録更新の心配は要らないようだが、これでは半分いたぶっているようにも見えてしまう。
ワッという観客席の歓声。
アッパーで顎をとらえられた坂下さんが大きくのけ反る。
……しかし、賢崎さんは追撃しない。
「なんで、賢崎さんは一気に決めないんだ?」
「別にいたぶっている訳じゃないよ、悠斗君」
俺の疑問に、隣にいた麗華さんが答える。
……いや、隣というか……。
「……なんで腕を組んでくるの、麗華さん?」
「忘れたの、悠斗君? 私は、今日は危険だから試合見に行かない方がいい、と言ったはず。でも、『三村も峰もエリカも来れないんだから、俺達が行かないとさすがに賢崎さんが寂しいだろう?』と強行したのは悠斗君のはず」
「いや、もちろんそれは覚えてるけど」
だから、一番安全な麗華さんの傍に居るわけだが。
あと、麗華さんに強行できる人間なんて、この世界に存在しないと思うけど。
「迷宮のことを忘れてはいけない。アレが居る限り、私達にとってはどんな場所も危険地帯。対抗できるのは、現状ではフラガラックだけ」
「そ……それはそうだけど」
そう、迷宮がその気になったら、次の瞬間、この会場にいる全員が舌を噛み切って自殺しても不思議ではないのである。
それをしない以上、敵側にもそれなりの事情があるのだということなのだろうが……。
「でも、麗華さん。今、フラガラック出してないよね?」
「ずっと出していると疲れるし目立つから。迷宮の発動の気配を感じたら即召喚できるよう備えてる」
「すげぇ……」
素直に感心する俺。
「ただ、私一人が支配から逃れても意味がないから、悠斗君も一緒に防御できるよう調整していたの」
「そ……そうなの?」
「それがだんだん面倒になって来たから、腕を組んだという状態」
「???」
い……意味が分からん。
たぶん、『直接接触していた方がお互いの波長を合わせやすい』とかなんとかいう理由なんだと思うんだけど、もう少し説明を親切にしてくれないと俺には理解できないこともあるんだが。
まぁいい。
「それで、『いたぶっている訳じゃない』というのは?」
「坂下さんのBMP能力知ってる?」
「? 確か、連携攻撃だったっけ? 坂下さんの連続攻撃中は、敵が反撃できなくなるとか……」
原理は謎、だったと思う。
「そう。ナックルウエポンはそのBMP能力を警戒してる」
「? ちゃんと連続攻撃が終わった後に反撃してるじゃないか?」
その後で、逆に連続攻撃を仕掛けて勝負を決めればいい、と言っているのである。
「たぶん、その技の解釈自体が正確じゃないんだと思う」
?
「反撃を封じるだけじゃないってこと?」
「うん。私が思うに……」
☆☆☆☆☆☆☆
「っ!」
一通りの連続攻撃を回避された後の反撃の右ストレートが、坂下陸の顔面の中央に命中する。
鼻の骨を砕くほどの衝撃だが、ダメージ無効化結界のおかげで傷は残らない。
が、精神的な屈辱についてはそうはいかない。
「……くそっ」
鼻から口に鉄の味が広がるような錯覚を、ダガーを持っていない方の手で鼻を拭って振り払う。
視線の先のオープンフィンガーグローブ装備の女性格闘家は、圧倒的優勢でも全く表情を崩さない。
(さすがに強い……)
どうせ動きは全てアイズオブフォアサイトで読まれている。
とにかく攻めるしかない。
距離を詰めて、大きく踏み込む。
そして、ダガーで突く。
フェイントが完全に読まれるのは痛いほど学習したので、とにかくスピードを上げて突きまくる。
連携攻撃の効果で反撃を受ける心配はないので、攻撃に全精力を傾ける。
「……っ」
五発目を撃った直後の隙に、背後の地面まで貫くような右ストレートで吹っ飛ばされる。
(これなら……!)
と、痛みをこらえながら、わざとらしくない程度に少し隙を大きくしてみるが。
賢崎藍華は追撃して来ない。
「……やっぱり、未来が読めるというのは、強すぎるな……」
「それもあるんですが……。あなたのBMP能力、何となく察しがついているんです」
諦めたような坂下に、徹底して誘いに乗らなかった賢崎が口を開く。
「……参考までに、何かな?」
「『足の踏込み』……ではないでしょうか?」
オープンフィンガーグローブをいじりながら語る賢崎。
「踏込みによる発する振動のようなもので、相手の動きに干渉して反撃を封じる。自分から仕掛けられる連続攻撃時が一番やりやすいでしょうが、防御時に使えないことはないはず。能力の制御に集中すれば、反撃を封じるだけじゃなくて、動きを封じることも可能なのでは?」
「……君なら僕のBMP能力の解析結果くらい目を通したことがあるはず。物理的な現象は一切発生しないのが確認されている」
「『振動のような』と言ったはずです。本質は概念能力に近い。ただ、感覚的にそう捉えれば制御しやすくなると、貴方も気が付いたのでは?」
「…………僕がそれに気が付いたのは、10年近くかかって、ついこの間だ。どうやったら、他人の君がそんなことに簡単に気が付けるんだ?」
「拳を交えれば、だいたいは」
眼鏡をくいっと上げながら発したそのセリフに、坂下の中である種の諦めがついた気がした。
(やっぱり、無理か……)
相手はラプラスの魔女。
まともな手段で勝ち目がないことは分かっていた。
そう。まともな手段なら。
「坂下さん?」
「それに気が付いていたのなら……」
と、右足に力を込める。
同時に、坂下と賢崎を繋ぐ地面が、波紋のように揺れる。
そして次の瞬間。
「どうして、『これ』ができるのに気が付かないかな?」
賢崎藍華の身体は動かなくなっていた。