ルーキーズマッチ『賢崎藍華vs坂下陸』2
「……うーん」
と、賢崎さんが俺の顔を見つめながら、なにやら唸り出した。
「賢崎さん?」
「ユウト。高いところに行く予定はありますか?」
「??」
はい?
「た……高いところ?」
「そうとしか言いようが……。こんな展開になるとはさすがのユウトでも信じがたいんですが……」
と、春香さんに何やら耳打ちする賢崎さん。
「なるほど。お任せください、お嬢様」
どん、と胸を叩いて春香さんが近寄ってくる。
「では、悠斗様」
「は……はい?」
「ここを覗き込んでください」
「……遠慮いたします」
胸の谷間の中心部を指し示す春香さんの提案を、丁重にお断りする俺。
「……シャイですね」
「いや、公衆の面前じゃ、さすがに三村でも断ると思いますよ(※たぶん)」
「ふ……二人きりならOKと!?」
「三村なら(※間違いなく)」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……えいや」
「わぷっ!」
予備動作なしで、俺の顔が春香さんの豊満な双胸に挟まれる。
「っ……!」
前にもこんなことあった!!
確かに気持ちいいけど、息が苦しい。
「! お、おお、お……!!」
「大人よ! 大人!!」
「というか痴女ではないでしょうか、これは!?」
「ユウト……。なんで、こんなにモテるのかしら?」
小学生達が騒いでいる声が聞こえる。
このままでは、あまりに俺のイメージが心配である。
「……もがもがもが(※春香さん、いい加減に)!」
「落ち着いてください、悠斗様。これはただの痴女行為ではありません」
「もがー(※痴女だってことは認めるんですかー)!」
俺が叫んだ直後。
「胸元から大気」
普段のおちゃらけぶりからは想像もできない、清浄な声音。
合わせて、春香さんの胸元から立ち上る空気に、俺の身体全体が包まれていくような感覚を受ける。
その空気が俺の足もとまで覆った時。
「終わりです、悠斗様」
春香さんは、俺の顔を胸から放した。
慌てて自分の身体を見てみるが、特に変わったところはない。
「あ……あの、今のは?」
「かなり高いところまで行かないと発動しないようにしましたから。発動しなくても、一晩寝れば完全に消えますけどね」
「?」
「しかし、こんな高いところまで何しに行くんでしょうね、悠斗様?」
「??」
賢崎さんに何が見えているのかはさっぱり分からないが。
とりあえず、今日はもう帰った方がいいかもしれない。
☆☆☆☆☆☆☆
『三村宗一vs犬神彰』はアミューズメントエリアで行われたが、『賢崎藍華vs坂下陸』はキャッスルエリアで行なわれる。
キャッスルエリアとは大きな城を中心に中世の街並みを再現したエリアのことで、『賢崎藍華vs坂下陸』はその大きな城の中庭部分で行われる。
よって、利便性の観点から、出場者控室は城の一室に設けられていた。
その控室のドアを、刀と眼鏡を装備した美青年が叩く。
「城守さん! 来てくれたんですか!?」
出迎えるのは、控室の主にして出場者、ダガーウエポンこと坂下陸。
「一応、主催者の一員ですし。可愛い後輩の応援には、もちろん来ますよ」
可愛くない元同僚の控室には顔を出さない管理局長様が答える。
「連中は来てないんですか?」
「はい……。やっぱり、僕が負けるところを見ないよう気を使ってくれてるんでしょうか……?」
「連中がそんな気を遣うとも思えませんが……。あ、これ、差し入れです」
「あ、すみません」
と、バーケーキの受け渡しをしながら椅子に腰かける、新旧クリスタルランスアタッカーズ。
「……一応、謝っておかなければならないと思いまして」
「マッチングの件ですよね」
「……やはり、分かってましたか」
向き合って話し始める二人。
「あの賢崎藍華には、クリスタルランスメンバーでも勝てるかどうか分からない。ならば、負けた時にダメージが少ないよう、一番下っ端の僕をぶつける……。まぁ、これも僕の役割の一つだと思ってますよ。気にしてません」
「そう言ってもらえると、助かります……」
頭を下げる城守蓮。
局長さんも色々大変なのである。
「だから、これは、好奇心で聞くんですが」
「? はい」
「城守さんから見て、クリスタルランスの誰だったら、賢崎の御令嬢に勝てると思いますか?」
「……ふむ」
言われて少し考えるブレードウエポン。
「あくまでスペック的な話にはなりますが」
「はい」
「誰も勝てないでしょうね」
「…………城守さんでも無理ですか?」
半ば予想された回答に、わずかに落胆しながら聞く坂下。
「やはり、彼女の未来予測は脅威です。剛あたりはいい勝負をするでしょうが……。たぶん、怪我を増やすだけですね」
と言いながら、城守蓮は考える。
スペック的に劣っていても、自分は二度と負けるつもりはないと。
あと、澄空悠斗というイレギュラーを知っている以上、スペックで戦闘を予測することにそもそも懐疑的になっていると。
「城守さん」
「ん?」
そんな城守蓮に坂下陸が話しかける。
不思議な自信に満ちた口調で。
「じゃあ、もし僕が賢崎さんに勝ったりしたら、みんな見直してくれますかね?」
◇◆
同じく城の一室。
『来客用の部屋』というコンセプトの一室を(※非合法に)占拠してるのは、三匹の幻影獣。
「あー。ここなら、試合会場の中庭が良く見えるねぇー……」
と、窓から試合会場を見下ろしながら、やる気なさそうに呟くのは小野倉太。
「あんた、悠斗君が絡まないと本当にやる気ないわねぇ」
適当に淹れた紅茶を手に椅子に腰かけるのは、ミーシャ・ラインアウト。
そして。
「…………」
ミーシャの対面に静かに座っているのは、片腕片翼の幻影獣、ザクヤ・アロンダイト。
右側から生えている羽毛のような純白の羽は、椅子を透過して背後に伸びていた。
「……その羽、どうなってんの?」
「実態のない映像効果のようなものです。あまり気になさらないでください」
気にするミーシャに、機械音声すれすれの無機質な声音でザクヤが答える。
「ま、いいけど。本当にちゃんと悠斗君をたぶらかせるんでしょうね? 私も結構危ない橋渡るんだから」
「あの……その件なんだけど、やっぱりもう少しマイルドにできないかなぁ……。万が一の時、悠斗君がとっても危ないし……」
「過保護幻影獣は黙ってなさい」
ザクヤそっちのけで言い合うミーシャと小野。
「ただの悲劇ではだめと言ったはずです。私が提示できるのはあくまで選択肢。澄空悠斗が自分で選ばなければこの物語は成立しません」
そんな二匹に、大真面目に、しかし無機質に告げるザクヤ。
「それについては問題ないよ。悠斗君が主人公なのは、僕が保証する」
「あんたがどうしてそこを保証できるのか疑問でしょうがないけど……」
と、ミーシャは目線を小野からザクヤに移し。
「あんたはどう思ってるの?」
「残念ながら、幻影獣に人の心は分かりません」
『残念』な表情すら作れない幻影獣は、そう言った。




