ルーキーズマッチ『賢崎藍華vs坂下陸』
ここは新月テーマパーク。
総合テーマは何か知らないが、いくつかの区画に分かれたテーマパークである。
そして、前回、三村が病院送りになったルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』が行われた場所でもある。
そのマッチの前に別件で死にかけたこともあり、俺の中での印象はすこぶる悪いテーマパークである。
しかし、今回のルーキーズマッチ『賢崎藍華vs坂下陸』は、この場所で行われる。
「結構、人、来てるよな。ユウト?」
と、俺に聞いて来るのはガッツ。
あと、ハカセにエールに、もちろん姉御も連れて来ている。
賢崎さんが試合をする以上、賢崎さんに引率を頼むわけにはいかず、もともと特に関係もないのに今まで姉御達を引率してくれた賢崎さんには感謝するしかないが、そもそも小学生ズは俺の管轄でも何でもないから、俺が引率しないといけない状況にはやはり違和感を感じざるを得ない。
「ハカセはあんまり観客来ない、って言ってたよね、姉御?」
「インテリぶってても、だいたい半分の確率で外すからハカセなのよ。それでも、なんちゃってバカのユウトよりは、1.5倍くらいマシだと覚えておくといいわ」
俺の内面の葛藤などどこ吹く風のエールと姉御。
もちろん、姉御の毒舌も通常運転である(※というか、今、無理やり俺を絡めなかったか?)。
あと黙ってるけど、麗華さんも、もちろん一緒に来てる。
三村・峰は入院中。エリカは付き添い。
「ユウト……」
と、深刻な顔で話しかけて来るハカセ。
「ん……どした、ハカセ?」
「ネットで『実力差歴然で見る価値なし』という書き込みが多かったので観客数は少ないと予想したんですが、僕が浅はかだったんでしょうか……?」
「…………」
気にしてたのか……。
「実力差は歴然でも、賢崎さん美人だしな……。坂下さんもイケメンだし」
「く……そういうことですか。これだから大人はややこしい……!」
御立腹のハカセ。
まぁ、俺からしたら君達も十分ややこしいんだが……。
「あとまぁ、一方的な展開になるならなるで、それを見たい人も居る」
「……じゃあ何? 坂下さんはヤラレ役ってこと?」
「そこまでは言わないけどな……」
喰ってかかってくる姉御に言葉を濁す俺。
しかし、実際、坂下さんが今回のルーキーズマッチで一番不幸なのは間違いない。
坂下さんは『最強BMPチーム・クリスタルランスの一員』。一方、賢崎さんはあくまで『ルーキー』。
肩書き的には勝って当然なのである。
負けて当然の三村や峰と同じかそれ以上の実力差があるのに、これはあんまりである。
「というか、賢崎さんがルーキーっていうのが、そもそも詐欺だよな、麗華さん」
「ん? ど、どうかな……?」
俺としては至極当然の意見を言ったつもりだが、麗華さんの反応は鈍い。
「ブランクはあるし、一度もルーキーズマッチ出たことないから、一応出場資格はある。仕方ない……。誰だって、ルーキーだった時はあるんだし……」
「いや、それはそうだけど……」
そういう正論のやり取りがしたかった訳ではなく。
「いや、例えば、麗華さんがルーキー側で出たりしたら……。ん?」
「…………」
ちょっと待てよ。
たしか、緋色先生が……。
「そういえば、麗華さんもルーキー側で出たことあるんだっけ……?」
しかも、『最短勝利時間記録保持者』だったような……。
「そう……。あの頃は私も幼稚だった。『接待プレイ』とか『空気読む』とかができなかった。今なら、あんな簡単に瞬殺したりはしない」
「…………」
……次は『それはそれで失礼なんだよ。真剣勝負には全力で応えないと』と教えなければなるまい。
「それでね、悠斗君」
「ん?」
顔を寄せてくる麗華さんに、耳を寄せる。
「その時の相手が、ダガーウエポン……坂下さんなの」
「……」
「……」
「……マジ?」
「うん」
「…………」
ルーキーだった麗華さんに最短記録作られて、今度はルーキーの賢崎さんと試合?
なに、その罰ゲーム?
「今度は大丈夫だと思う。ナックルウエポンは私と違って人に気を使える人だから。最短記録を更新したりはしない」
「いや、麗華さん。それはそれで失礼というか……。いや、今はいいや」
部屋に帰ってからじっくり説明しよう。
「ちょっと待ちなさいよ、ユウト」
姉御が突っかかってくる。
「始める前から坂下さんが負けるに決まっているような言い方は、どうかと思うわ」
「もちろん、それはそうなんだが……」
実際にあの人と闘った身としては、勝敗以前に、あれは闘うべき対象ではないと強く主張したい。
「あの……私、ユウトの言いたいこと分かるよ」
「エール?」
突然口を挟んできたエールに、ガッツが疑問の声を上げる。
「昔、賢崎さんの闘うところを写した動画を見たことがあるの。私達と同じくらいの年の頃だったのに、家くらいの大きさの幻影獣と闘ってて。ものすごい数の光線みたいな攻撃の中を平然と近づいて、素手でボコボコに……」
「ぼ……ボコボコなの……?」
「坂下さん、死んじゃったらどうしよう……」
俯いてしまうエール。
どれだけ衝撃的な動画だったのかは知らないが……。
「大丈夫だ、エール。いくら賢崎さんでも人間相手にそんな酷いことは……」
言っているうちに、ギロチンサマソで額を削られた時の痛みが蘇ってくる。
「?」
「酷いことは…………」
「……?」
「……機嫌が悪くない限りしない」
「悪かったらするの!?」
衝撃を受けるエール。
フォロー失敗である。
と、その時。
「いい加減にしてください」
ご本人が登場された。
「賢崎さん……」
「……そんな顔しないでください。まるで私に殺されかけたことがあるみたいじゃないですか、ユウト」
「…………」
この人、記憶力ないんじゃないだろうな?
「二宮さんのダメージ無効化結界もあるし、大丈夫ですよ。というか、私も一応一介の女子高生なんですから、失礼な心配をしないでください」
「そ……そうっすね」
国内最高のダメージ無効化結界能力者が出てくる時点で大げさな心配でも何でもないが、もう俺は黙ることにした。
と。
「おりょーはまー。おりょ、ゆうひょはまほ?」
謎の言語を話しながら、男の子を連れた巨乳美女が現れた。
「春香。どうして、両手が空いているのに、アイスを頬張ったまま喋るんですか?」
「ひょのほうらえろいかりゃとほもいはして。ろうれふ、ゆうひょはま?」
「……」
知らんがな。
と、反射的に後ずさる俺。
意味不明の言動もそうだが、それを抜きにしても、この人の得体のしれない違和感には未だに慣れないのである。
……に比べて。
「ん……何よ、雪風」
「……(くいくいと)」
「え? やっぱりお行儀が悪いから止めた方がいい? 小学生にまで呆れられてる? 分かってるわよ。ちょっとした出会いがしらのジョークよ」
雪風君に諭されて、ぶつぶつ言いながらアイスを口から抜く春香さん。
性別さえ考慮しなければ、雪風君の方を嫁にしたいのは間違いない。
「ゆ……ユウト。この人、何? な、なんか、凄く変な感じがするんだけど……」
「いや、式春香さんって言って、賢崎さんの部下みたいな人だよ。悪い人じゃない。あと、こっちは雪風君」
警戒感丸出しの姉御の感性には全力で賛成したいが、大人としてここは社交辞令を使わなければならない。
「どうしてかしら。会うたびに悠斗様の好感度が下がっているような気がするんだけど……。雪風、どう思う」
「……(ふるふると)」
「そのくらいにしてください、春香」
賢崎さんが止める。
「えっと。二人は賢崎さんの応援に?」
「違いますよ、ユウト。もう忘れたんですか?」
「え?」
「この二人は保険ですよ」
「あ……」
言われて気付く。
賢崎さんは、今日のルーキーズマッチで不測の事態が起きる可能性を考えている。
「魔女でなくてもキナ臭いのは分かりますよ。BMP管理局は強行したみたいですが」
「そうだよな」
この場所では不審な事故。
プールでは幻影獣の襲撃。
今回だけ何も起きない保証はどこにもない。
「まぁ、私は少々のことが起きても大丈夫ですが。ユウトは気を付けてください」
「分かってる」
『BMP能力が使えないんですから』が省略されていたが、賢崎さんの言いたいことは良く分かる。
「大丈夫。今度こそ、私が目を離さない」
麗華さんも気合が入っている。
正直、麗華さんの傍以上に安全な場所は、この地上に存在しないだろう。
……前回、自分からそれを放棄して怒られたが。