お嬢様は素直になれない?
『雪風君を執事として雇いませんか?』という勧誘を保留した直後、俺は麗華さんに新月学園内自販機コーナーに連れ込まれていた。
一応説明しておくと、中心に休憩用のテーブルがあり壁に沿って六台の自販機が設置されているという、ただそれだけの空間である。
が。
「ど……どくどく緑クン……!?」
一台の自販機に、一際異彩を放つ怪しげなドリンクを発見する。
俺は、あからさまなネタ飲料には手を出さない主義だが、このドリンクにはそうも言いきれない不思議な魅力があった。
「……麗華さんも一緒に飲まない?」
「いいけど」
あんまり興味はなさそうだったが、とりあえずお付き合いいただける優しい麗華さん。
俺達二人は『どくどく緑クン』を携えて、中央のテーブルに向かい合って座った。
「やっぱり、さっきの話?」
「うん」
『どくどく緑クン』を開けながら問いかけた俺に、麗華さんが返答してくる。
「麗華さん。さっきも言ったけど、あの部屋は麗華さんの部屋なんだから、別に無理に雇う必要はないぞ。俺も麗華さんの美貌を守るため、もう少し家事を覚えるし」
「別に、私の美貌はどうでもいいんだけど……」
いいわけあるかい、という言葉を噛み殺して、次の麗華さんの言葉を待つ俺。
「別に雪風君が嫌いという訳じゃないの」
「分かってる。雪風君はいい子だと俺も思うよ」
「家事を手伝ってくれる人を雇うということに反対している訳でもない」
「……え、そうなの?」
ひょっとしたら、『これ以上他人を部屋に入れたくない』的な理由かなと思ってたんだけど。
「ただ、とーこ姉をどうするつもりなのかな、と思って……」
「……え?」
「? 雇うかどうか検討しているんだよね? とーこ姉を。護衛で」
「…………」
「同時に雇うのはどうかと思うんだけど……?」
「……………………」
やばい。
ナチュラルに忘れてた。
いやしかし。
「麗華さん、天竜院先輩と仲悪いみたいだし、あんまり……」
「悪くなんてない。微妙な関係なだけ。勘違いしないで」
「そ……そうなんですか」
そういえば、天竜院先輩も同じこと言ってたような……。
だったら。
もしかして。
「こ、これを機会に仲直りできるとか?」
「それは時期尚早。まだダメ。心の準備ができてない」
「…………」
……どないせっちゅうねん。
「あ……呆れないで悠斗君。論理的でないのは自分でも分かってる」
「あ、いや、いやいやいやいや」
落ち込む麗華さんを見ると、俺がその2倍ぐらい慌てる仕様である。
なので、大げさな身振りを加えて……。
「ふ……、馬鹿だなぁ麗華さん。俺が麗華さんのことを呆れるわけないじゃないか?」
「ありがとう。悠斗君のそういうところ好き」
「!!」
わざとらしいセリフに真顔で返されて、俺の顔が(※たぶん)赤く染まる。
く……これだから天然美少女は扱いが難しい……!!
「悠斗君。そういう訳だから、もう少し二人で暮らす訳にはいかないかな? できたら、私は、とーこ姉を雇ってもらいたい」
「麗華さんがそう言うなら、俺にはもちろん異論はないけど……」
と返答したところで。
重要なことに気が付いた。
「でも、俺、そのうちあの部屋出ていくんだし……。俺が天竜院先輩を雇っても麗華さんと一緒に暮らせる訳ではないんじゃ……」
「?」
麗華さんが、きょとんとした顔をする。
「出ていくの? どうして?」
「? いや、俺の覚醒時衝動対策で一緒に暮らしてくれてるんだろ、麗華さん。もうさすがにアレを起こしたりはしないだろうし、一緒に住む訳にはいかないだろ? だから、俺、部屋探し頑張ってるんだけど……?」
「ああ。そんな設定だったかな。まだ諦めてなかったんだ」
「い、いやいやいやいやいや!!」
設定、ってなんだよ!!
そして、諦めてどうする!?
いや、未だに転居先が見つかってない以上、真面目に探す気がないと疑われても仕方ないとは思うよ?
でも、本当に見つからないんだ!
それこそ、国家によって俺の家探しが妨害されているとしか思えないほどに!!
ただ、国家を率いる剣首相が俺の家探しを妨害する理由が、全く思い浮かばないけど!!!
などと、俺が頭の中でどう主張しようか悩みまくっていると……。
「もう、いいんじゃないかな?」
麗華さんがあっさりと言った。
「い、いいって?」
「部屋、探さなくてもいいと思う」
「なんで!?」
なんで!!
「同居にデメリットを感じない」
「……………………え?」
耳を疑うセリフに、しばらく俺の動きが止まる。
「一人暮らしの時と比べると生活のリズムが良くなっているし。食事も以前よりは遥かにまともになってると思うし。家で誰かと会話できるというのは、精神衛生上結構いい」
「そ……そうなんですか?」
「うん」
「い、いやでも、一人になりたい時間とかないっすか……?」
「悠斗君、私が呼ばないと絶対に部屋に入って来ないし。これ以上増えなくても特に大丈夫だよ?」
「う……」
そりゃ、麗華さんの寝室を訪ねるなんて超高等技術、俺には無理ですが……?
「……どうかな? 悠斗君の方にはデメリットが多い?」
「う……」
そんな上目づかいで言われたら……。
「悠斗君?」
「よ……」
「? よ?」
「…………」
すみません、剣首相。
あなたの孫娘様が可愛過ぎるのが悪いんです。
「よろしくお願いします」
◇◆
「何が! 『よろしくお願いします』! だ!!」
どんっ、どんっ、どん!
と。
重厚な机に、破壊するほどの勢いで拳を叩き付ける威厳ある男性。
……剣首相である。
「そこまで激怒なされずとも……」
と宥めるのは尾藤秘書。
剣首相を激怒させた動画が収められたタブレットPCを持ち込んだ張本人である。
もちろん動画を撮影したのは剣首相が個人的に雇った探偵であり、タブレットPCを首相執務室まで運搬して電源を入れただけの彼女に一切非はない。
「き……君には、じじいの気持ちは分からん!!」
「……」
そりゃ分からんだろう。
「とりあえず、周辺不動産会社への例の依頼はキャンセルしますか?」
「そうだな……、もう必要ないだろう。すまんが、連絡を頼む。……しかし、無駄な借りを作ったものだ……」
「了解しました」
『そんなに無駄じゃなかったと思いますけどね』という感想はおくびにも出さない、優秀な尾藤秘書。
「しかし、まさか麗華の方から言いだすとは……。何故あんなにモテるんだ、悠斗君は?」
「あれだけ一緒に居れば、ある意味必然では?」
「そんなはずがあるか。一年くらい交際した後でも、『寝言は寝てから言ってください。もしくは寝てください』と言ったぞ、あの女は!!」
「……おばあ様と比べられても仕方ないと思うんですが……」
優秀だが言わずにはいられなかった尾藤秘書。
「澄空さん。良い男性じゃないですか」
「良いとか悪いとかではないのだ。孫娘に男、というだけでじじいは拒否反応を示すものだ。それでも麗華のために、澄空君の引っ越しを妨害した儂の気持ちが君に分かるか!?」
「申し訳ありません。分かりません」
実に素直な尾藤秘書。
『澄空さんに直接言えば良かった話なのに』とか『澄空さんこそ、無駄な不動産屋巡りさせられて可哀そう』とか言わないのはさすがである。
と。
「しかし、よりによって透子とはな……」
「?」
突然、別人の名前を口にする剣首相に、尾藤秘書が首を傾げる。
「…………万が一あの娘をどうにかできる男だったなら、さすがの儂も認めざるを得んのだがな…………」