ミッション:ベルゼブブを倒せ
「最近、新型Bランク幻影獣……通称『ベルゼブブ』による被害が増加しています」
新月学園下校時ホームルームで、緋色先生がそう言った。
……というか、ベルゼブブって、確かクリスタルランスが仕留めそこなった、って言ってたアレだよな?
「その通りです、悠斗君。あのクリスタルランスですら仕留めそこなった新型幻影獣。あれが今、非常に問題になってるのよ」
俺は何も言っていないのだが、何故か俺が発言したような状態でホームルームを進行する、緋色・S・先生。
アイズオブエメラルドで俺の心を読んだのか、ただのハッタリなのかは不明だが、まぁこれくらいのことではもう我がクラスは誰も驚かない。
「先生。ベルゼブブは攻撃力はそれほどでもない、と聞いているのですが」
起立して発言するのは、真ん中あたりの席に座る頭の良さそうな(※というか実際良い)男子生徒、田中君。
「そうね。特殊攻撃も範囲攻撃も飛び道具もないし、直接攻撃も幻影獣にしては特に強烈という訳でないんだけど……」
と、緋色先生はポリポリと右眼眼帯をいじりながら続ける。
「とにかくしぶといのよ、アイツは」
「しぶとい……ですか?」
「分裂能力……なんてものじゃないわねアレは。一体でも残ればあっという間に数十体に増えるし、なんど分裂を繰り返しても、消耗するどころか毎回全快するし。幻影獣の名前の通り、無限に湧く幻を相手にしているようなものよ……。一定範囲以上に群体が広がらないのがまだ救いね」
緋色先生がため息を吐く。
茜嶋さん達から聞いていた話とだいたい同じだが、やはり難敵なようだ。
「でも、何より今一番問題なのは、移動しない、ってことなのよ」
? 移動しない?
「幻影獣は基本的に一つの場所に留まらない。けれどベルゼブブは、何度もこの首都周辺で小規模な襲撃を繰り返しているわ」
この周辺で……?
「大規模襲撃に比べれば被害自体はまだまだ少ない方だけど、断続的な襲撃は被害者の心を疲弊させる。そういうことですか?」
俺の右側の席の眼鏡をかけた頭の良さそうな女生徒(※というか賢崎さん)が、緋色先生に問う。
「そう。クリスタルランスをはじめ一線級のハンターが何度も挑んだけど、どうしても仕留めきれない。ルーキーズマッチの失態もあって、BMP管理局のメンツも丸つぶれよ。蓮にい……じゃなかった、城守さんも胃が痛いみたい」
「それは……問題ですね」
眼鏡をいじりながら、賢崎さんも難しそうな顔をする。
「という訳で、麗華さんと小野君に特別ミッションが出たわ」
?
特別ミッション?
「『ベルゼブブを倒せ』よ。小野君の引斥自在で一か所にまとめて、麗華さんのレーヴァテインで焼き払う。現状では、他の攻略法は見当たらないらしいわ」
悔しそうに言う緋色先生。
アイズオブエメラルドでも他の攻略法が見えないということなんだろう。
「他の皆がやることは分かってるわね。ベルゼブブが現れたら、まず二人を呼ぶ。それから可能な限りの避難誘導。このクラスでは、二人の他は賢崎さんと……。……賢崎さん以外の人は戦闘行為は行わないこと」
教室を見回しながら先生が言う。
男性陣が情けないが、俺がBMP能力使用不可、三村・峰が入院中だから仕方ない(※エリカはクラスが違う)(※そして、やっぱり峰は入院しました)。
何故か麗華さんではなく俺をキラキラした目で見つめている小野に、頑張ってもらうことにしよう。
◇◆
「澄空さん。少しよろしいでしょうか?」
「? 賢崎さん?」
ホームルームが終わった直後、賢崎さんが話しかけてきた。
「ベルゼブブの話か?」
「いえ、それはひとまず置いておきまして……」
おくんかい。
「澄空さん。執事は要りませんか?」
「?」
「……」
「??」
「…………」
「羊?」
「執事です」
と、さすがは未来を見通す魔女。
定番の俺のボケにも、ノータイムでツッコミを入れられた。
いやしかし。
執事も羊と変わらないくらい唐突だと思うが……。
「昨日、明日香さん達を部屋に招いたと思いますが」
「あ、ああ。そうだけど……?」
「彼女らの感想です。……『とりあえず、ユウトが淹れたお茶は、まずかった』と」
「ぐはっ」
い……痛いところつかれた……。
「他にも、色々とお二人のだらしない生活態度についてのご意見をいただきました。……澄空さん、年頃の女の子と共同生活しているという自覚はありますか?」
「あ……あるつもりなんですが」
「では、ソードウエポンの下着の取り扱いについての現況をお聞かせ願いたいのですが」
「すみません許してください俺が悪かったです」
机に頭をこすり付けて謝る俺。
「ソードウエポンが全く不満を見せないから、こう見えて家事ができる男性だと思ってたんですが……。まさか見た目通りとは……。私はそんな意外性、全然求めてませんでしたよ」
「申し訳ないです……」
まったくの正論ではあるのだが、何故ベルゼブブの脅威が迫っている現在、こんなことでボロクソに言われないとならないのだろうか。
「ソードウエポンの顔にシミでもできたら、剣首相に何て言うつもりですか?」
すみません。やっぱり至急の課題でした。なんとかしてください。
「そういう訳で、家事を任せられる人材を紹介しようと思ったわけです」
「……凄く助かります」
もう、そう言うしかなかった。
しかし、執事と言われても庶民の俺には全くイメージできないのだが、一体どんな人が……。
「いいですよ。入ってきてください、雪風」
と。
その人物が入口から姿を見せた途端、教室中の女子生徒から黄色い歓声が上がる。
「ゆ……雪風君……?」
「……(こくこくりと)」
忘れるはずもない。
俺の故郷で出会い、レオと闘う前に大変にお世話になった式雪風君である。
彼がいなければ、俺はレオとの決戦の場にたどり着くことすらできなかった(※主に移動手段的な意味で)。
「雪風君は執事だったのか……」
思わず呟く。
執事服のような服(※というか執事服だろうたぶん)を着ているから執事なんだろうが、執事って子どもでもなれるのだろうか?
「侮ってはいけませんよ。雪風は家事万能です。少なくとも、澄空さんよりは、うまくお茶を淹れられます」
「俺と比べてもアカンと思うんですが……」
「前回は少ししかお見せする機会がありませんでしたが、戦闘力もかなりのものですよ」
「……そうなのか?」
と、思わず、執事服の背中に括り付けられている短い槍に目が行く。
「どうですか、澄空さん」
「いや、どうですかと言われても」
「お勧めはしませんが、夜の相手も大丈夫のようですよ」
「子どもに何させる気ですか?」
品行方正を旨とするBMPハンターらしからぬ発言に突っ込みをいれる俺だが、周囲の反応(※主に女生徒)はまた違った。
「お……奥様、お聞きになりました?」
「ええ……悠斗様が、ついにショタ執事を召喚なさいましたね!」
「もはや、欠けている属性を探す方が困難でございますね!!」
「後は、年上メイドを求む!!!」
興奮のあまり口調が変になっているクラスメイトのざわめきを、うんざりした気分で聞く俺。
あと、最後のセリフはもちろん三村……は入院中だったな。誰だ?
「あら、皆さんも雪風に興味がありますか?」
唐突に賢崎さんが、クラスメイト(女子)達に話しかける。
「い、いやいや。澄空君クラスでないと雇えないんでしょ、その子」
「そんなことはありませんよ。安くはありませんが、雪風は選り好みはしません」
という賢崎さんのセリフを『またまたぁー』と流す女生徒達だが、その目の色が変わったのを(※気づきたくもないのに)俺は気が付いた。
「ただ……、強力なBMP能力者に仕えた方が雪風の力が映えるのも事実です」
「え?」
「どうです、澄空さん?」
再度勧めてくる賢崎さん。
何か事情はありそうだが……。
確かに、麗華さんのお肌を守るために家事スキルの高い人材は必須の気はする。
と。
「あ」
肝心なことに気が付いた。
そもそも、あの部屋、麗華さんの部屋だ。
「麗華さん」
「ん?」
「どうかな、雪風君を雇うのは。麗華さんの美貌を守って、俺がおじい様に殺されないためにも必要かと思うんだけど」
「う……ん……」
ん?
麗華さんの反応がイマイチだ。
「その……私の美貌のために悠斗君に迷惑をかけるのは本意ではないけど……」
「?」
「少し考えさせてもらえないかな……?」
何故か気まずそうに言う麗華さん。
もちろん、麗華さんが悩みたいというなら、俺はいつまででも待つ。
「ごめん、賢崎さん。そういう訳で、即答はできないんだけど……」
「あ、いえいえ。私も、今すぐに雇ってもらうつもりではないんですよ」
意外な賢崎さんの回答に少し驚く。
「最近の出来事は、色々と少し気になってまして……。雪風は、しばらく私の元で働いてもらうために呼びました。春香と一緒に」
「そ……そうだったんですか」
「……澄空さん。お気持ちは非常に良く分かりますが、もう少し表情筋をコントロールしてください」
「……すみません」
春香さんの名前に反射的な拒否反応を示した俺が、怒られてしまいました。
「まぁ、そういう訳です。私の心配事が片付き次第いつでも引き渡せますので、それまでに考えておいてください」