狂おしいほどに帰宅困難
「俺達さ……。副首都区に居た頃は、良くRPGゲームとかやってたろ……?」
マンションの玄関に入って、ねっとりかつ強烈に絡みついてくるかのような麗華さんのプレッシャーを感じながら廊下を進むうち、唐突にガッツがそう言った。
「やってましたが、それがどうしましたか?」
見えないものに怯えるような挙動をしながらハカセが答える。
「いや、エールが良く言ってたろ? 『この勇者さん達、たった五人で魔王の城に乗り込むとか凄い』って」
「う、うん。言ってたね……」
俺のズボンを千切れるほどに握りしめながら、エールがガッツに返事をする。
「あれはゲームだから、と、僕が毎回言ってたじゃないですか……」
「ガッツは、『こいつらきっと戦闘ジャンキーかマゾなんだぜ、きっと』って良く言ってたね」
「……だったよな。でも、違うんだって今日分かったよ」
と、ガッツがエールとは反対側の俺のズボンを握りしめながら続ける(※ついでに、ハカセも空いてる俺のズボンを掴んでいる)。
「「「彼らには、それでも立ち向かわなければならない事情があったんだ」」」
(※俺のズボンを掴んだまま)力強く頷き合う小学生三人組。
「…………」
怖いのは分かるが、勝手に人の同居人を魔王扱いしないでほしい。
と。
「? 姉御?」
俺のズボンを掴むどころか、先頭に立って廊下を進んでいた姉御が、足を止める。
「姉御、どうした?」
「いや……なんか、進みにくいんだけど……。勘違い?」
青い顔をして振り返ってくる姉御。
……もう少しでダイニングなんだが……。
「確かに進みにくい……」
俺もそう感じる。
濃すぎるプレッシャーは、物理干渉力があるかのように人に錯覚させるというが……。
これは……、実際に、本当に、物理干渉してないか?
上条博士に報告すれば、学会で取り上げてくれるかもしれん。
「し……仕方ないわね」
と、姉御が俺の後ろに回る。
「頑張りなさい、ユウト」
そして、俺のズボンを掴みながら言う。
毒舌系美少女とはいえ、ここが小学生の限界らしい。
仕方ない。
「行くか……」
小学生達の盾になりながら、麗華さんのプレッシャーを掻き分けて、台所の扉に向かって進む俺。
ああ……、なんか、俺も勇者さん達の気持ち、少し分かった気がするなぁ……ちくしょう。
◇◆
そして。
扉を開けると。
ダイニングで、麗華さんは、腕を組んで座って待っていた。
「た……! たらいま!! 麗華ひゃん!!」
「おかえりなさい。悠斗君」
緊張のあまり、わざとらしいくらい噛んだ俺のセリフに、あっさりと普通に返事をする麗華さん。
「…………」
麗華さんは、基本的に『無表情だが、雰囲気でビビらせる』タイプである。
だが、しかし、今日は、表情からしてお怒りになっていらっしゃる!!
いや、ちょっと目線がいつもよりキツイ程度だけど……。
……正直、レオより怖い……。
「ご……ゴメンな、麗華さん! あんな形で突然逃げ出して!! あのあ」
「悠斗君。聞きたいことがあるの」
「っ!!」
れ、麗華さんがセリフを途中で遮った!?
育ちがいいから、人の話はだいたい最後まで聞いてくれるのに!!
……これは、ちょっと俺の想像を超えた怒り方かもしれない。
ますます力強く俺のズボンを握りしめてくる小学生ズを連れてきたのは、明らかに失敗だった……。
「悠斗君? 聞きたいことがあるんだけど」
「は、はい!? 何でしょうか、麗華さん!!」
「……前回のルーキーズマッチの後、私が言ったこと覚えている?」
ズボンを掴まれたまま直立不動で返事をする俺に、さらに麗華さんが聞いて来る。
もちろん、『私も……。今日くらい、男子トイレの中に入っていける、……だったよね?』とかいう軽口を叩ける雰囲気ではない。
「『自己犠牲が過ぎるのは、全然感心しない』だったと思います」
「それを覚えているのなら……」
と、麗華さんのプレッシャーが一段と凄みを増す。
物理的に吹っ飛ばされるような感覚に襲われる。
「今日の、あの行動の意味が、私には分からない」
「……っ」
いっそ吹っ飛ばされた方が楽になるかもしれない……。
「悠斗君。私には分からないから教えて。……どうして、あんな行動をしたの?」
「……い……いや。ちょ、ちょっとだけ……虫の知らせというか、気になったんだ、何かが……。それで、プールサイドまで行ったら、本当に事件が起きて……。BMP能力が使えないのを忘れてたわけじゃないんだけど、他の人の助けを待ってたら、間に合わないと思って……」
「その前」
「え?」
「気になることがあったのなら、プールサイドに行く前に、どうして私に声を掛けてくれなかったの?」
「い、いや、ほんとに何か起こるとか思ってなかったし……。麗華さん、試合に集中してたから邪魔になると思って……」
と。
すっと、麗華さんが立ち上がり。
「私が、悠斗君の心配事を、邪魔にすると思ったの?」
「っ!?」
心臓を鷲掴みにされるような重い言葉。
あと、ついでに言うと、さっきの立ち上がる仕草、剣首相が野党の党首に尻もちつかせた国会答弁と同じ仕草だ……。
「……」
ぐらっと、ズボンを握る力に変化があったような気がした。
「悠斗君は、本当は凄く細かなことに気が回るくせに、自分のことになると途端に適当になる……」
「え……えと……?」
「そんなのは、いいことじゃない。全然感心しない。凄く……。嫌い」
「…………」
分からない。
謙遜でなく、本当に自分のことは臆病な部類だと思ってるんだけど……。
「だから、今日は、悠斗君のことを怒ろうと思う」
「まだ怒ってなかったんですか!!??」
あまりの衝撃的な事実に、ついにハカセが叫び声をあげる。
まったくもって俺も同感だが、実は今はそれどころではなくなった。
「麗華さん。怒るのは今度にしてもらえないかな?」
「? どうして? 悠斗君は、やった時にすぐに怒らないと分からない」
俺は犬か?
いや、そうじゃなくて……。
「その……エールがな……」
「エール?」
「気絶した」
くてっと脱力したエールを掲げて見せる。
「え、エール!? おい!」
「だ……大丈夫ですか?」
「……あ、あれ? ガッツにハカセ……? 鏡さんも……? いつから居たの?」
「き、気付いてなかったんですか!!!???」
珍しい(※というより初めて聞く)姉御の悲鳴だが、全くもって俺も同感である。全くもって。
「え、えとえと……。恥ずかしいところを……いや違う。……お茶、お茶を出さないと。……いや違う」
「れ……麗華さん?」
あっという間にプレッシャーを雲散霧消させ、麗華さんが慌て始める。
「悠斗君。エールを私のベッドに寝かせて。私のプレッシャーは、基本的に害はないはず。あと、私は、……お茶をいれる」
「あ……麗華さん」
どう考えても逆だと思うが、麗華さんはエールを俺に託して台所に消えていった。
……まぁ、さすがに恥ずかしかったんだろう。
しかしまぁ、なんというか、何はともあれ……。
「「助かったぁ……」」
◇◆
麗華さんがお茶を入れている間に、俺達は麗華さんの部屋のベッドにエールを寝かせることにした。
「なんというか……イメージと違いますね……」
と、一緒に入ってきたハカセが感想を言う。
麗華さんの部屋は、薄いピンクを基調にした、どちらかというと可愛らしい部屋だった。
麗華さんが可愛らしくないという意味では全くないが、確かに少し、イメージと違うと感じるかもしれない。
「剣首相のセレクションだ」
「剣首相……。そっか、剣さんのおじいさんか……」
あっさりとタネ明かしをする俺に、ガッツが頷く。
そう。
あれだけ孫娘を溺愛している剣首相が、麗華さんが住む部屋に口を出さないはずがない。
「なるほど……。これが剣首相から見た剣さんのイメージなのね……」
巨大で可愛らしいクマのぬいぐるみを見ながら、複雑な顔で姉御が言う。
麗華さんが可愛らしくないという訳では全然ないが、セレクション的には正直微妙だと俺も思う。
「でも、一国の首相が孫娘のためにこれを選んだんだと思うと、少し心が温まらないか?」
そんなところに気を回す暇があったらまず食生活を何とかしてあげてれば良かったのに……、とは思うが、おじい様が孫ラブなのはとりあえず間違いない。
「なぁ、ユウト……。これ、触ってもいいかな?」
「そりゃ、もちろんいいだろうけど、どうするんだ?」
麗華さんの替わりに俺がOKを出すと、ガッツが巨大で可愛らしいクマのぬいぐるみを、ベッドで寝ているエールの傍に置く。
すると、眠ったままのエールがクマのぬいぐるみに抱きつく。
「ああ……なるほど」
俺をはじめ、ハカセと姉御も納得する。
その手のCMに使われそうなくらい、とても納得できる光景だった。やるなガッツ。
「こいつ、ぬいぐるみ好きなんだよなぁ……」
呟くガッツは、俺より遥かに精神的に大人に見えた(※というかたぶん実際そうなんだろうけど)。
「姉御は、ぬいぐるみとか好きじゃないのか?」
ふと、そんなことが気になった俺は聞いてみる。
「んー。別に、嫌いじゃないけど、好きと言うほどでもないかな」
ノータイムで返す姉御。まぁイメージ通りではある。
「私はどっちかっていうと、ヒーローマニアだから」
「……は?」
唐突なセリフに、俺が疑問符を浮かべる。
「副首都区でね。助けられた時からヒーローに憧れてるのよ」
「あ……姉御……!!」
何故かハカセが慌てて止めようとするが、明日香は首を振って、話を続ける。
「あの事故の後、大掛かりな救出作戦があってね。その時に私達を助けてくれたのがクリスタルランス……臥淵さんなのよ」
「……そうだったのか……」
納得する俺。
『討伐数ダントツの茜嶋さんとか、見栄えのする犬神さんとか、美人の緋色さんとか、歴代最強の城守さんとか居るのに、臥淵さんのファンなのは意外』と、以前俺が言ったセリフを思い出す。
姉御の眼には、さぞかし俺が間抜けに映ったことだろう。
「本当のヒーロー、って訳だな」
「…………」
「?」
「…………ううん」
「え?」
首を振る姉御に、少し驚く。
「助けられなかった人間も居るのよ」
「あ……」
そっか。
家族が……。
「本気で神様に感謝した直後だったのにね……。そりゃ未練も残るわよね?」
「姉御……」
遠くを見るような姉御に、ハカセがつらそうな視線を向ける。
ガッツも下を向いている。
「本当のヒーローだったら……。例えば、『澄空悠斗』だったら、全員助けられるのかしらね?」
「それは……」
……無理とは言いたくないけど。
「ハードルは、高いかも、しれないな……」
「そうよね。ヒーローは神様じゃないんだから」
俺の情けない返答にも、特に気にした様子はない明日香。
それが諦めているからだとしたら……。
「ゴメンね、ユウト。ヒーローの作法、私も良く分からないんだ」