ルーキーズマッチ『峰達哉vs茜嶋光』3
「そうですか。いえ、何もなかったならいいんです。はい、失礼します」
と、俺は携帯電話を切った。
ルーキーズマッチ『峰達哉vs茜嶋光』開戦10分前、試合会場のメインプール観客席である。
電話の相手は、城守BMP管理局長。
電話の内容は、峰が予定通り入場口でスタンバイしているという確認である。
「さすが、峰。きっちり決めるな……」
俺は感心する。
逃げ出す真行寺さんの後ろ姿を見る限り、簡単に収まりそうもない状況に見えたが、ちゃんと試合に間に合う峰は素敵である。
それはともかく……。
「真行寺真理か……」
『魔弾の後継』。
十六夜朱鷺子さんの弟子で、何故かKTI四天王の一人。
お金が大量に要るとかで、ハンター稼業に精を出し過ぎて学校にあまり来ない、真行寺さん。
「…………」
俺も馬鹿ではない。
いや、成績は悪いがたぶん馬鹿ではない。
おそらく、彼女は記憶がない頃の俺を知っている。
俺の記憶がないのは小学校卒業まで。
首都橋の一件の前か後かは気になるところだが、どちらにしても小学校時代の友達ということは……。
「幼馴染ってことか……」
今さら……とはもちろん言わないが、違和感はある。
なぜ俺に言ってくれない?
なぜ逃げる?
峰に聞けば教えてくれるんだろうが……。
と。
「ねえねえユウト」
後ろの席に居る小学生が話しかけて来る。
「なんだ、エール?」
「エリカさん、来ないの?」
「三村が寂しがるといけないから、病室から応援するらしい」
残念な事実を返答する俺。
三村が幸せなのは親友として喜ばしいが、エリカの水着姿が見られないのは残念以外の何物でもない。
「あの人、実はひょっとして滅茶苦茶可愛い人?」
「当たり前だ」
このガッツは何を言っておるのだ?
「いや、美人で性格が可愛いとか、マンガみたいな人だなと思ったんだよ」
微妙に、というか露骨に姉御を意識したセリフを吐くガッツ。
気持ちは分かるが、俺の左隣に座っているラプラスの魔女さんの耳がぴくぴくしているので、ガッツの口を塞いで黙らせる俺(※別に賢崎さんの性格が悪いと言っている訳ではない)。
「ゆ、ゆうひょはひゃっひゃりへんふいはのは?」
距離が近づいた俺の耳元でガッツが謎の呪文を唱える。
おそらく、『ユウトはやっぱり面食いなのか?』だと思うが。
右隣に麗華さんが居るんで、できたら微妙な質問はやめてもらいたい。
まぁ、美人なら、それに越したことはないとは思うが……ん?
ふと。
真行寺さんの顔が思い浮かんだ気がした。
それから、もう一人……。
「ゆうふょ?」
「……俺、こんな話をむか……」
『レディースアンドジェントルメーン!!!!』
俺のセリフの途中で、観客席の雑音を消し飛ばすアナウンスが響く。
『皆様、お待たせしました!! ルーキーズマッチ峰達也vs茜嶋光。いよいよ入場開始です!!』
志藤さんの元気一杯の明るい声は、プールに良く似合う。もともと声を出すのは本業だし。
雛鳥さんはいい顔をしてなかったが、これは意外にハマリ役かもしれない。
『では、まず青……じゃなかった、東側出入り口より、魔人の砲手・峰達哉選手の入場でーす!!』
……軽く滑る小ネタ程度ならいいが、勝手に新しい渾名に他人を巻き込まないでもらいたい……。
と。
「わっ……」
峰が入場するとともに湧き上る黄色い歓声に、俺は少し驚く。
「三村とはタイプが違うとはいえ、峰もイケメンではあるけど……」
「違いますよ、ユウト」
「ん、どういうことだ、ハカセ?」
後ろの席から耳打ちしてくるハカセに問う。
「峰さん。イケメンなだけじゃなくて、いい身体してるからですよ」
「いい身体?」
と、もう一度プールの東側に立つ峰を見る。
確かに競泳水着を身に着けた峰は、鍛え上げた筋肉を持っているように見えるけど……。
「イケメン度では三村さんだと思うんですけど。大人の女性になったら、ああいうほうが良くなるんでしょうか?」
「いや、そんなこと俺に聞かれても……」
ハカセと同じく俺に耳打ちしてくるエールに、返答する術を持たない俺。
と。
「……ふーむ。思った通り、しっかり下半身も鍛えてますね。あの年で鍛錬している自分に酔うのではなく、しっかりトレーニング自体をマネージメントできているのはなかなかです」
「発射台がしっかりしていることに越したことはない。……逆に、あの細い体で天閃を連発するアローウエポンが少し異常なのかもしれない」
「あ、僕は悠斗君以外の裸には興味ないから」
『大人の女性』の意見を聞く限り、女性の好みはそう単純でもなさそうだ(※もちろん、最後の人物の発言は除く)。
『では、次に西側出入り口より!! クリスタルランスの撃墜王にして最強の遠距離攻撃能力者!! 天閃の茜嶋光選手の入場でーす!!』
峰には悪いが茜嶋さん美人だから、きっと峰よりも大きな歓声が……。
「ひっ!!」
来ると思っていた俺が引くほどの大歓声がメインプールを包み込む。
さきほどの黄色い歓声とは真逆の、男らしい……、というより下心満載の感性が。
というのも……。
『な、なななな、なんとぉー!! 茜嶋選手、黄色のビキニで登場だー!! ルール分かってるんでしょうか、あの人!?』
『ど、どうなんでしょうか?』
ハイテンションな志藤さんのアナウンスに、雛鳥さんが困惑気味に答えている。
「け……藍華!?」
「はい。ルール上、水着が破れたら負けです。テレビ放送されてますからね」
俺の訴えに、大真面目な顔で眼鏡をくいっとやりながら答えてくる賢崎さん。
「なら、あれは!?」
「天然なのか、侮っているのか、どっちにしても舐めてますね。いやまぁ、この競技自体舐めてますけど。いまさらですけど」
「?」
「私が生まれる前から賢崎は、このイベントを後援していますが、ここまで愉快な競技をされたのは初めてです。時代が変わった、とかで納得できないのは私がババアだからですかね?」
「け……賢崎さん?」
「『賢崎の後継者が認めた勇者のためのルーキーズマッチなんですから』って何ですか? なら、この正月特番のような競技の元凶は私だとでも言うんですか?」
「…………」
あ、あかん……。
この競技が決定する裏で何があったのかは知らないが、とりあえず賢崎さんは怖い。
しかし、峰大丈夫かな?
ただでさえ緊張する試合だろうに、茜嶋さんがあんな格好ででできたんじゃ、集中できないんじゃないか?