ルーキーズマッチ『峰達哉vs茜嶋光』2
「それで……なんだけどな」
峰がコホンと咳をする。
「ん?」
「その……単刀直入な言い方で申し訳ないんだが……」
「ああ」
「澄空。小学校の時の記憶を思い出したいとは思わないか?」
「……? そりゃ、思い出せた方がいいとは思うけど……?」
いきなりのセリフに、疑問符を浮かべる俺。
「もし……もし、仮にだぞ? もし、君の過去を知っている人がいたとしたらどうする?」
「? そりゃ、普通に会いたいけど……?」
「そ……それはそうだよな……」
と、峰の様子が妙である。
「峰?」
「いや、でもな、澄空」
「?」
「もし、その記憶が……。とても、その……」
「?」
「……」
「…………」
何を言っているんだ、一体?
「く……す、すまん、澄空!!」
と、なぜか突然峰が頭を下げる。
「峰?」
「すまん……。やはり、俺がどうかしていた。朴念仁の分際で、こんなことに首を突っ込むんじゃなかった……」
「?」
「このことは忘れてくれ。もちろん俺も忘れる。少しハイになった結果の戯言とでも流してくれ! 本当に余計なことをした……!」
「よ……良く分からないけど、峰が謝ることじゃないし……。き、気にするな」
本当に良く分からないが、俺が宥めているにも関わらず、峰の顔は晴れない。
どう見ても俺の過去に係る何らかの情報を握っているのは確かだが……。
正直、それほど積極的に尋問する気にもならないんだよな……。
ここでこれ以上峰の集中を乱しても仕方がないし……。
仕方ないな。
「まぁ、なんだ。何か良く分からないけど、気にするな、峰」
「いや、しかし。澄空……」
「いやいや。ひょっとしたら誤解させてたのかもしれないけど、記憶自体は大した問題じゃないんだ」
「……え?」
峰が驚いた顔をする。
少し嫌な予感がしたが、まぁこのまま行こう。
「いやほら、『失われた俺の記憶が心を締め付ける』みたいなセンチな状況じゃないってことだ。今現在何も困ってないし、取り戻す必然性も特に感じないしな」
『今』に不満が全くないからだ。
麗華さんの傍にいられる今と比べれば……。
「どうせ、どうでもいい記憶だ」
「す……!!」
「?」
ゴトン、と。
峰が一瞬見せた何らかの表情は、控室の外から聞こえて来た何かを落としたような音で、消えた。
しかも、次の瞬間、焦りの表情に変わる。
「峰?」
「く……! 最悪だ!! どうして俺のおせっかいはここまで間が悪いんだ!!」
峰が立ち上がり、控室のドアを開ける。
状況が全く掴めないながらも、俺もドアから外を見る。
「女性……?」
というか女の子か?
女子高生くらいのスクール水着を着た女の子が、全速力で逃げていく。
「今のを聞かれたのか……?」
俺は呟く。
確かに、あんまり聞かれたくない話ではあるが。
……なんで逃げる?
「待て澄空! お前は追うな!!」
反射的に追いかけようとした俺を、峰が制する。
「俺が追う!!」
「いや、峰、今から試合だろ?」
「いいから、俺に追わせてくれ!!」
と、鬼気迫る峰の表情で気付く。
「知り合いなのか?」
「ああ。今回のことは完全に俺のミスだ。俺が自分で始末をつける。だから、君は追うな」
「わ……分かった」
峰が追うのはともかく、どうして俺が追ってはいけないのか分からなかったが、とりあえず俺は頷いた。
そして、俺を説得した峰は、このあと試合が控えていることを忘れたかのようなスピードで女の子のあとを追う。
「本当に大丈夫なんだろうな。……ん?」
何かを蹴とばした感触に足元を見ると、スポーツドリンクが転がっていた。
「なるほど。峰に差し入れに来ていたのか」
スポーツドリンクを控室の目立つ場所に置きながら考える。
峰は確かに三村とは方向性の違うイケメンだが、状況と峰の反応から考えて、ただのファンではあるまい。
おそらく……というか十中八九。
「真行寺さんだよなぁ……」
学校でもほとんど見たことがないうえに、スクール水着の後ろ姿なんてレアコスチュームだから断定はできないが。
しかし、なぜ逃げる?
☆☆☆☆☆☆☆
「くそ……!!」
人にぶつからないように『アクアグラディエーター』内を全力疾走しながら、珍しく峰が悪態を付く。
薄々気が付いてはいたことだが……。
「真行寺、滅茶苦茶足が速い……!!」
ということだ。
砲撃手には機動力が重要。さすがは『魔弾の後継』。
とかいうことを言っている場合ではなく。
「だから待て! 真行寺!!」
コンパスの差か、それとも『魔弾の後継』が冷静さを欠いていたからか。
峰は何とか真行寺真理の腕を掴むことに成功する。
「放してよ、ケンちゃん!!」
「え」
「あ……!」
真行寺に『しまった』という表情が浮かぶ。
そして……。
「うぅ……。もう、いやぁ……」
「ま……まままま、待ってくれ、真行寺!!」
腕を掴まれたまま泣きが入る真行寺に、峰は本気で焦る。
この状況では、三村でなくても男性が圧倒的に不利である。
というか、三村ならすでに通報されていてもおかしくないレベルである。
「放してよ、峰君」
「真行寺が逃げないというならな」
「私が『この人、痴漢です!!』って叫んだらどうするの?」
「周りの人に迷惑を掛けるな」
「す……すみませんです」
いきなり敬語になる真行寺。
「だ……だいたい峰君、これから試合でしょ? なんで追ってきちゃってるのよ?」
「そう思うなら、逃げるな」
「に……逃げないわよ、別に」
と、真行寺が峰の手を払う。
「薄々分かってたことだし……。というか、『今の彼女が激カワイイから幼馴染とかウゼェ』とかじゃなくて、逆にホッとしてるし!」
「……」
「だ……だいたい、別に確かめるのが怖かったとかじゃなくて、本当にどうでも良かったからだし!! バイトが忙しかったし、師匠は厳しいし、ゆうとっちなんかに構っている暇は結構なかったし!!」
「…………」
「余計な手間が省けたってものよ。わざわざ余計な罪悪感持っちゃって、峰君ご苦労様って感じで!!」
「……」
「いや、ほんとに……」
黙り込む真行寺。
「本当に余計な事をした……。許してくれ、真行寺」
「だから、手間が省けただけだって言ってるじゃないの」
ニコッと笑みを浮かべて峰を見上げてくる真行寺。
「大変なことがあったのは私だけじゃないんだろうし、今のゆうとっちが幸せなら、特に文句はないし」
「……」
「けど」
「し……!」
「私とケンちゃんは……。ゆうとっちにとって、どうでもいい思い出なのかなぁ」
抑えられず溢れる涙を見て。
峰は思わず真行寺を抱き締めていた。
「違う、真行寺。俺が断言する」
「……う」
「俺の聞き方とタイミングが悪かったんだ。あいつはそんな男じゃない」
「……ぅ」
「断言する。今回のことは俺一人が完全に悪い」
「……」
「だから、まだ諦めないでくれ……!」
「ふえぇ……」