ルーキーズマッチ『峰達哉vs茜嶋光』
峰vs茜島さんの決戦当日は、良く晴れていた。
室内プールだから天気はあまり関係ないが、やっぱりいい天気だとトラブルが起きなさそうで少し気分がいい。
……まぁ、波乱が起きないと、峰に勝ち目が全くないが。
「三村、やっぱり退院間に合わなかったね」
「だね。あの過剰負荷って、確かに凄い技だけど、リスクが大き過ぎて実は使い物にならないな……」
『アクアグラディエーター』の通路を歩きながら、話しかけて来る麗華さんに答える。
ちなみに麗華さんは、デパートで買った白のビキニの上に白いパーカーを着こんでいる。
『更衣室がぱんぱんになるから、なるべく水着を着こんで来てください』という公式HPの要請に素直に従った訳だが……。
「ユウト……。少し表情筋をコントロールしてください」
「ひぇっ!」
麗華さんに見惚れているところを背後からいきなり注意されて、飛び上がる俺。
慌てて振り向いて。
「いっ!!」
再度悲鳴を上げてしまう。
前回と同じく姉御達を引き連れて登場した賢崎さんは、麗華さんの色違いだった。
具体的に言うと、黒のビキニの上に黒のパーカーを着込んでいた(※眼鏡は装備している)。
「知ってますか? 実は、私の方がソードウエポンより1センチほど大きいんですよ?」
「し……身長がですか?」
「なんでこの格好で、身長を競わないといけないんですか?」
「なんでいきなりパーカーを脱ぎだすのか、の方が、よっぽど分からないけどね!!」
大慌てで賢崎さんを諌める俺。
というか、賢崎さんのビキニ、色以外は麗華さんのものと形が全く同じだ。絶対わざとだな。
「白と黒……。女神と魔女を象徴しているのね。さすが大人の女は違うわ……」
「自分の女達にこんなことさせるユウトも相当ですよね?」
「賢ざ……藍華! 一般名詞は正しく使おう!!」
可愛らしく大人ぶる明日香に、印象操作を仕掛けてくる賢崎さんに、精一杯反論する俺。
しかし……そうか。
賢崎さんの方が1センチ大きいのか。
と。
「って、いててててて!!!」
いきなり、かなり強く頬を抓られて飛び上がる俺。
「おはよう、悠斗君」
抓ったのは、どこから現れたのが分からないが、アックスウエポンの小野君。
「お……おろ! いひゃい!!」
「たかが胸部のサイズ差であんな露骨な顔をする悠斗君が悪いんだよ」
と言いながら、小野が抓った指を放す。
「というか、なんで最近、こんなに頻繁に頬を抓るんだ!?」
「やだなぁ、悠斗君。好感度が上がっている証拠じゃないか」
「下げる方法はないのか……」
「ある訳ないだろう。そんなもの」
真顔で返されてしまった。
「という訳で、今日は僕がずっと傍に付いてるよ」
「?」
いきなり謎宣言をする小野に、俺は疑問符を浮かべる。
「何の話だ?」
「忘れたのかい? 君は前回、宗一君のルーキーズマッチで、不審な事故に巻き込まれたことを」
「あ、あぁ」
うわ……半分忘れてた……。
危険に対し鈍感になっているんだろうか?
「あれが、幻影獣や君を快く思わない人間達の仕業でないとは限らない。僕が近くに居れば、君をあんな危険な目には合わせないよ」
「小野……。それはひょっとして私のことを言っているの?」
白ビキニとパーカーを着た麗華さんが、ゆらりと小野を睨み付けた。
「前回、見事に守れなかったじゃないか」
「……あれは油断だった。今度は失敗しない」
「無理無理。戦闘と護衛は違う。今日は天竜院さん来てないんだよ?」
「小野なら、確実に守り切れるというの?」
「ふふん。少なくとも、僕なら男子トイレの中まで付いて行ける」
ギャグで言ったのか真面目に言ったのか分からない小野のセリフに、麗華さんの表情が固まる。
……いや、いくら何でも、聡明な麗華さんがこんなネタのような挑発に乗るとは思えないが。
「私も……。今日くらい、男子トイレの中に入っていける」
「「いや!! 入っちゃダメ!!」」
俺とガッツとエールが声を揃えて叫ぶ。
「でも、悠斗君。万が一、男子トイレの中で襲われたら……!!」
「まず、いったん男子トイレから離れよう、麗華さん」
こんな美少女が『男子トイレ』を連呼することに耐えられない俺が諌める。
「でも……。今日はとーこ姉、ご実家の用事でいないし。本当に悠斗君を狙ったかどうかはともかく、三村の時の事件も解決されてないし……。危険かもしれないとは確かなんだよ、悠斗君」
「別に油断するつもりもないよ。今日はなるべく一人にならないようにするから」
「ならば、男子トイレは僕に任せて」
「小野も、そろそろ男子トイレから離れよう」
麗華さんを宥めつつ、小野に突っ込みを入れる忙しい俺。
というか。
「俺のことはほどほどでいいから! 今日は峰のルーキーズマッチなんだから、峰の応援をちゃんとする!!」
ことが大事なのではないだろうか。
◇◆
試合会場であるメインプールの観客席を確保した後、俺は麗華さんと峰の控室に陣中見舞いに来ていた。
コンコンコンとノックし。
「どうぞ」
という峰の声に呼ばれて、ドアを開ける。
普段更衣室として使われている部屋を使用した控室だった。
「調子はどうだ、峰?」
「最高だ」
「そ、そうか……」
それほどおかしくもないが意外なセリフに、少し驚く俺。
「虚勢やハッタリじゃないんだ。今の俺は、間違いなく今までの人生で一番強い」
「そ、そうか」
元々峰は、ハッタリを使うタイプではない。
『勝つ自信』ではなく、『今までで一番強い自分である自信』というのも峰らしい。
…………まぁ、実際、勝つのはほぼ不可能ではあるのだが……。
「やっぱり、十六夜さんの修行が良かったのか?」
「もちろんそうだ。っとそう言えば、お礼がまだだったな」
と、峰が立ち上がる。
そして、深々と頭を下げ。
「ありがとう、澄空。君には初めて会った時から恩を受けっぱなしだが、今回は今までで一番世話になった。感謝している」
「ちょ、ちょっと待て、峰」
俺は何もしていない。
謙遜とか控えめとかでなく、冗談抜きで本当に何もしていない。
「君と出会えたことが、俺の人生で最高の幸運だったのかもしれないな」
「いや、もう少しとっておこうぜ、その幸運……」
と峰に突っ込みながらも、何となく想像してみる。
たぶん、俺と知り合いだったから十六夜さんが稽古を付けてくれた、ということなんだろうけど……。
いくら何でも、『澄空悠斗』の名前にそこまでの価値があるのか……?
我がことながら、だんだん怖くなって来たぞ。
「十六夜さんに稽古を付けてもらえたことだけじゃないんだ、澄空」
「え?」
意外な一言。
「稽古内容も、お前のおかげで決まった。……というより、お前のアレを見てなければ、特訓自体が成立してなかった」
「俺のアレ……」
なんじゃらほい。
「たぶん、発展継承の時のことだと思う」
「え? ……あ!!」
麗華さんに言われて、俺も気付く。
そうだ。
三村が俺の絶対加速を見て、過剰負荷なんて恐ろしい奥義で実現したのと同様に。
……同様に……。
「み、峰。止めておいた方がいいんじゃ……」
「心配するな、澄空」
顔を青くして忠告する俺に、朗らかに答える峰。
「俺の爆撃領域は、絶対加速ほどとんでもない技じゃない。通常の処理能力の範囲内で使用できる」
「そうなのか?」
「十六夜さんも『壁の破り方が分からなかっただけで、あなたにはもう十分にその力があった』と言ってくれたしな。……別に三村を批判している訳ではないが」
「そっか」
爆撃領域か。
正直、それでも茜嶋さんに勝つところは想像できないが……。
「いい試合になりそうだな」
「ああ!!」
峰はとても晴れやかな笑顔だった。
これは心配ないな。
「じゃ、麗華さん。観客席に行こうか?」
「うん」
「あ、ちょっと待ってくれ、澄空」
と、控室を出ようとした俺を峰が呼び止める。
「剣、悪いが少し澄空と二人にしてくれないか?」
「え?」
唐突な依頼に、麗華さんが驚く。
「私が居たら駄目なの?」
「ああ。男同士の話だ」
「いかがわしくない方の?」
「……いかがわしい方というのが良く分からんが、真面目な話だ」
今度は峰が当惑する。
……麗華さんに、『俺のいないところで、あんまり三村や委員長と話してはいけません』と言っておいた方がいいかもしれん……。
「耳を塞いでいても駄目?」
「……す、すまん。少しの間でいいから二人きりにして欲しい」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……携帯」
「は?」
と、峰のバックを指差した麗華さんに、疑問符を立てる。
「何かあったら、すぐ私を呼んで。画面に私の番号を表示しておくことを勧める」
「……わ、分かった」
「くれぐれも気を付けて」
念押しして、麗華さんは控室を……。
「くれぐれも気を付けて」
「わ、分かった」
もう一度念押しして、麗華さんは控室を出て行った。
「無理もないとは思うが……。俺は、あまり頼りにされてないんだな……」
「いや、そういう訳でもないけど、今はちょっとタイミングが悪くてだな」
と、落ち込む峰に、さきほどのいきさつを話す。
「そうか。蒼太が迷惑をかけたな」
「いや、実は俺、前回のルーキーズマッチの後に麗華さんに怒られてたんだよ。『自己犠牲が過ぎるのは、全然感心しない』ってな。もともと、俺の責任だ」
「なるほど。剣は意外と心配性なんだな」
麗華さんに心配されるなんて、光栄の至りではあるんだがな……。