戦慄の水着売り場
水着売り場は、デパート『新月』の7階にある。
そして俺は知らなかった。
ここは基本的に男が出入りする場ではない。
「悠斗君? どうしたの?」
自然に先頭に居たものの立ち止まった俺に、後ろから麗華さんが聞いて来る。
今からでも順番を代わってもらうことも考えたが、さすがにそれは格好悪い。
代わりに、一番度胸がありそうなガッツを後ろから押してみるが、入ろうとしない。
どうやら、こいつも実はヘタレのようである。
と。
「は……ハカセ」
「意識しすぎですよユウト。僕らは女性がたのエスコート役なんですから、堂々と入ればいいんです」
などと男前のセリフを吐きながら、先頭を切ってハカセが水着売り場に突入していく。
「「か……かっけぇ……」」
俺とガッツは思わず呟く。
本当になかなか格好いいので、さりげなく姉御をガン見しながら水着姿を妄想している(※と思われる)のは気付かないふりをしてやることにしよう。
水着売り場はなかなかに広い。
俺達は、二手に分かれて探すことにした。
姉御達は小学生用の水着を買いに。
そして、俺達は……。
「これでいいか」
「うん。特に問題はないね」
特に問題なくノーマルな男性用水着を選ぶ俺と小野。
「…………」
一瞬で買い物終わってしまった。
この後、どうしよう?
と悩んでいると……。
「じゃあ、この水着は僕が買っておいてあげるよ」
小野が俺の水着を奪う。
「小野……?」
「いいからいいから。麗華さんを一人にしたらダメでしょ? 一緒に選んであげなよ」
と言い残しながら、自分と俺の(※御揃いの)水着を持って、小野はレジに消えていった。
という訳で。
「よろしくお願いします」
「こ……こちらこそ」
無表情で頭を下げる麗華さんに、思わず頭を下げ返す俺。
しかし、どうしよう?
素体は確かに最上級だが、だからといってどんな水着でも良いというものでもあるまい。
むしろ、下手な水着を選んでしまうと、麗華さんの魅力を損ねることになりかねないのでは……?
これは、高貴かつ危険な任務かもしれん。
と、真剣に悩み始めた俺の隣で、麗華さんが突然吊ってある水着を掴む。
「じゃあ、これでいいかな」
「ちょっと待った!!」
「?」
ちょっと待ったコールを入れた俺に、麗華さんがハテナを浮かべる。
「そ、そんな適当に選んでいいのか?」
「? 悠斗君も適当に選んでたけど?」
俺と比べてどうする!?
「ま……まぁ、麗華さんがいいならいいけど……」
「うん?」
「それ……ちょっとダサくないか?」
「ダサいかな?」
水着を掲げながら首を傾げる麗華さん。
水着はフリルのついたワンピースタイプのもの。
可愛らしい感じはするが、麗華さんには少し合わない気がする。
いや、麗華さんが来たら可愛いかもしれないけど。
というか、麗華さんは何着ても美少女だとは思うけど。
「これでいいと思うけど」
「い、いや、せっかくだからもっと粘ろうよ。そんな適当に選んだら、三村も悲しむよ」
全然関係ないけど、三村を引き合いに出して説得にかかる俺。
「あんまり時間はかけたくないんだけど……」
「いやいやかけようよ時間。むしろ、ここでかけなきゃどこでかけるって感じだぞ?」
何故か早めに切り上げようとする麗華さんに対し、説得を続ける俺。
たとえ麗華さん本人が自分の魅力に無自覚でも、男としてここは見過ごせない。
「じゃあ、悠斗君はどんな水着がいいの?」
「ど……どんなのと言われましても……」
ど……どんなのがいいんだろう。
顔はもちろんスタイルも完璧だから、どんな水着でも似合うと思うけど……。
お嬢様だから、清楚に締める?
天才肌だから、アーティスティックに?
スタイルを生かして、露出を多めに?
スタイル……。
「れ……麗華さんって実は……。いや、実はでもなんでもないけど、スタイルムチャクチャいいよな……?」
至近距離で麗華さんの身体を眺め続けたせいか、変なセリフが俺の口から洩れる。
「?」
「て……天竜院先輩ほど胸は大きくないけど、全体のバランスが完璧というか……。美しさの中にエロさを感じるというか……」
「? 悠斗君? 発言の趣旨が分からない」
すみません。俺にも分かりません。
「悠斗君?」
「つ……つまり……。麗華さんのスタイルの魅力をストレートに引き出せる、白のビキニなんかど……どうだろう?」
「じゃあ、あれかな?」
ワンピースを戻して白のビキニを手に取る麗華さん。
「じゃあ、行こう。悠斗君」
「いやいやいやいや。試着しよう麗華さん!」
「? 大きさだいたい合ってると思うけど、悠斗君だって試着してなかった」
だから、男はいいんだよ!!
◇◆
妙に買い物を急ぎたがる麗華さんを何とか試着室に押し込んで、俺は一息ついた。
女性水着のことは良くは分からんが、やっぱり試着ぐらいは必要だろうたぶん。
というか、レストラン出たあたりから、麗華さん妙にソワソワしてる気がするんだよな……。
何か言いたいことでもあるんだろうか?
「って、別に試着室を凝視する必要はないか……」
さすがに麗華さんも、試着途中で試着室を脱出したりはするまい。
試着室のカーテンを睨みつけているのも不毛だし、背を向けてさりげなく待つことにしよう。
「しかし、女性の水着の試着を待つなんて、なんか恋人っぽ……!」
最後まで言えなかった。
しなやかな腕が背後から口元と胸元に回され、引きずり込まれる。
『試着室』の中に。
「ふ……ふぇいかはん?」
「悠斗君、静かに」
混乱する俺の前で、試着室のカーテンが閉められる。
なぜか俺は、麗華さんに背後から羽交い絞めにされている。
「悠斗君、静かに」
という麗華さんの再度の指示に首を縦に振って応えると、口元の手は外してくれた。
「麗華さん、一体何事が……」
「悠斗君、大事な話があるの」
「そ……それは、試着室の中で話さないといけないようなことなんですか……っ!?」
「できるだけ早い方がいいから」
なら、仕方ない。
だが、一つだけ。
「麗華さん、ひょっとして上、着てないことないか……?」
「試着の途中だったから。悠斗君が背後を向いてチャンスだと思った」
「放してくださいぃ……」
マジで泣きが入った。
「悠斗君、冗談を言っている場合じゃない」
「じょ……冗談なんか言ってない」
背中に感じる感触と、耳元で囁くような声。
これはエロいとかエロくないとかいう次元の問題ではない。
万が一にでもおじい様の耳に入れば、合法的な処刑を待たずに処刑される!
「いいから聞いて悠斗君。鏡さん達には聞かれたくないの」
「明日香達に?」
予想外の一言に、わずかに冷静さを取り戻す俺。
「悠斗君、さっき鏡さん達の前で、副首都区の奪還について話をしたよね?」
「あ、ああ」
「私は、副首都区へは行けないの」
「え?」
意外な一言に驚く。
「いや、俺もすぐに奪還に行けるなんて思ってる訳じゃないけど」
「そういうことじゃないの、悠斗君」
麗華さんが首を振る(※ような気配が伝わってくる)。
「現政府……おじい様は、少なくともコアを制御できる技術的な確証が得られないうちは、副首都区への侵入を禁止している」
「え?」
「副首都区奪還に現実味がないのは誰もが分かってる。けれど、この案件は争点化されてる」
「争点化……って」
「野党に攻撃の機会を与えることになる。首相の孫娘である私が副首都区に向かえば、おじい様に迷惑がかかる」
「あ……」
思わず、俺の口から声が漏れる。
「期待に副えなくてごめん、悠斗君。私は副首都区には行けない」
「…………」
レストランからの微妙な表情は、それを伝えたかったのか……。
やっぱり、俺にはイケメン属性が欠片もないらしい。
「ごめん、麗華さん。俺が無神経だった」
「え?」
「もう言わないよ、約束する」
と、言ってみたが、麗華さんの腕にさらに力が込もる。
「……一人では行かないよね?」
「へ?」
今、何て言った?
「私が行けないからって、一人で行ったりしないよね?」
「……」
「……」
「……いや、それはないよ」
うん、普通にない。
それは控えめに言っても、自殺の一類型だ。
「俺一人じゃ何もできないのは、教えられるまでもなく知ってるし。突然無謀な正義感に目覚めたりする属性もないから大丈夫」
「…………」
「……大丈夫ですよ……?」
「……自覚がないのが、一番タチが悪い……」
「え?」
今何て、と聞き返そうとしたところで、後ろからトンと押される。
「何でもない。とにかく約束したから」
と言われてしまっては、これ以上試着室に留まると犯罪行為になる(※すでにだいぶギリギリだが)。
釈然としないものを感じつつも、俺は試着室のカーテンを開けて、外に出た。