デパートでお買い物
昼飯時には少し早い時間なのに、レストランは意外なほどに混んでいた。
しかし、幸運にも一席だけ空いていたので、そこに座ることにした。
「ゆ、ユウト……。初めに聞いておきたいんですが」
と、眼鏡をキラめかせながら、ハカセが質問してくる。
「注文は、いくらまでならOKですか?」
「……上限は特になしでいいよ」
「た……対価なし、上限なし……? それを僕らに信じろというんですか!?」
「む……むしろそこまで警戒されると、俺少しヘコむんだが……」
真剣なハカセに、他意がないことを示す俺。
「ほ、本当に何食べてもいいんだな、ユウト!!」
「いいんですね、ユウト!!」
「い、いいっす……。けど、食べきれる範囲にはしとけよ」
「ぐ……胃袋小さくなってないかな、俺……」
「大丈夫! デザートなら別腹!!」
ガッツ&エール連合軍の士気も尻上がりに上がっている。
「悠斗君、私は自分の分は自分で払うけど? 経済力に不安はないし……」
「いや、ここは奢らせてよ麗華さん。こういう時はお金だけの問題じゃないんだ」
「三村言うところの『男のメンツ』というもの?」
「ソースが三村というところに若干の不安を感じるけど、だいたいそんな感じ」
「分かった。悠斗君のメンツのために奢られる」
ということで、麗華さんも奢られてくれることになった。
「ついでだ。小野も奢るよ」
「悠斗君。君は僕を萌え殺すつもりかい?」
「なら萌えんな」
ついでに小野にも奢ることにした。
という訳で、皆が注文した料理を紹介することにしよう。
まず俺、澄空悠斗。
『チキン南蛮定食』。
ささみチーズフライに食感が似ているためだと思われる。自分のことだが。
次、剣麗華さん。
『うどん定食』。
なんでやねん。
次、小野倉太君。
『チキン南蛮定食』。
理由は不明。
次、ガッツ。
『ハンバーグ定食』『鳥のから揚げ』『ミートボールづくし』『焼き鳥盛り合わせ』『アイスクリーム』『ミックスジュース』
脂肪分が多そうである。
次、ハカセ。
『焼き魚定食』『ミルフィーユとんかつ』『シーザーサラダ』『枝豆』『抹茶』『おにぎり三種盛り』
コンセプトが分からん。
次、エール。
『お子様ランチ』『三色アイス』『チョコレートパフェ』『オレンジジュース』
実に可愛らしい。是非、そのままエリカ似の美少女に成長してほしい。
それから……。
「姉御は……食べないのか?」
「迂闊だったわ……」
と、俺の質問に苦々しい声で返す姉御。
「今日は食べられない日なのよ……」
「た、食べられない日……?」
「知らなかったとはいえ、この間の悪さは一級品ね。きっと将来、毒夫になるでしょう。いえ、なるに違いない」
「そ……そんな呪いをかけるような顔で言わなくても……」
俺に落ち度は全く見当たらないが、とりあえず姉御怖ぇ。
「す……すみません、姉御。僕ら……」
「余計な気を使わないでいいから、食べておきなさい。明日から、また病院食なんだから」
申し訳なさそうに言うハカセに、笑顔で返す姉御。
……というか。
「姉御……というか、皆、一体何の病気なんだ?」
今まで気になっていたことを聞いてみる。
入院している以上病気なのだとは思うが、何の病気なのか想像もつかなかったのだ。
「えーと……」
「それはですね……」
「なんつーか……」
と、エール・ハカセ・ガッツが姉御の顔色を見ながら口ごもっている。
俺が頭にハテナを浮かべていると。
「私達は副首都区の出身なのよ」
と、ため息一つ付いて、姉御が口を開いた。
「副首都区……?」
予想外の単語に、俺は驚く。
副首都区は、この国の第二の首都と呼ばれていた大都市圏だ。
『幻影獣の存在基盤に干渉して存在できなくする』……要は、幻影獣のBMP能力を無理やり上昇させて存在できなくする。
そういう作戦が失敗して、人の住めない土地になった都市である。
「い、いや、しかし、副首都区の人達は……」
「確かに暴走した幻影獣にたくさん殺されたけどね。全滅した訳じゃないのよ。私達はこの通りピンピンしてるわ」
ぶらぶらと手を振りながら、姉御が言ってくる。
しかし、それならどうして……。
「悠斗君」
と。
唐突に麗華さんに声を掛けられる。
「薄々は気が付いていた。もっと早くに言っておくべきだったと思う」
「れ……麗華さん?」
普段無表情な麗華さんが、深刻な顔で話しかけてくる。
「副首都区出身者は隔離されるの」
「へ?」
唐突なセリフに疑問符が浮かぶ。
「麗華さん、何を言って……?」
「『コア』は、幻影獣のBMP能力を強制的に上昇させる。そして、急激にBMP能力が上昇した幻影獣は、たいてい凶暴」
「え?」
「人間にそれが起こらないという保証はない」
「…………っ!!」
麗華さんの一言に、頭に血が上ったような気がした。
「そんなことがあるのなら、計画自体認められてないだろ……」
「認可時は否定されていた。けど、事故があってから、この可能性についても、皆また不安になったみたい」
「そりゃ、ただの言いがかりじゃないか……!」
「? 悠斗君、何故怒るの?」
「へ? ……あ」
いかん。
確かに、麗華さんに怒っても仕方がない。
「いいのよ、ユウト」
と、そんな俺を、意外にも姉御が諌めてくる。
「疑わしいのなら、徹底的に隔離でも何でもして調べてくれりゃいいのよ。その方が、余計な面倒に巻き込まれずに済むわ」
「しかし……」
姉御のセリフに微妙に納得がいかない俺。
「ぶっちゃけ、俺ら金ないし。あそこの生活は無料だから、実は助かってたりして」
「な、なるほど」
ガッツのセリフに納得してしまう俺は、実はリアリストなのだろうか?
いや、リアリストとかそういう問題ではなく。
上条総合病院に居なければ生活できない状態ということは……。
「残念ながら、家族は行方不明です。捜索隊も入れませんからね、あそこには……」
達観したようなハカセの言葉が痛い。
と。
「それでも、目の前で死なせてしまうよりはマシかもしれませんけど……!」
「いつまで言ってんのよ、あんたは。いい加減に諦めなさい」
姉御を見ながら言ったハカセのセリフに、姉御が呆れたように返す。
……なんのことだ?
しかし……。
「副首都区も、事故前は首都に負けないくらいの大都市だったのにね」
もぐもぐ言いながら回顧するエールや。
「欲を掻いたのかもなぁ。あの計画が成功したら、首都が移ってたって話だからなぁ……」
同じく料理を楽しみながら言うガッツを見る限り、小学生ズの中ではもう諦めはついているらしい。
魔法の如き力を扱えるBMP能力にも、時を遡る能力は聞いたことがない。
だったら、俺たちにできることは……。
「副首都区の奪還だな……」
「え?」
俺の一言に、姉御達が反応する。
「賢崎さ……藍華が言ってたんだ。澄空悠斗が居る間なら、副首都区を奪還できる可能性があるって」
正確には、『澄空悠斗が居る間でなければたぶん無理』だが。
「でも……」
「澄空悠斗を抜きにしても、クリスタルランスも居るし、城守さんも居るし、正直けん……藍華は澄空悠斗よりはるかに強いし。今はきっと凄いチャンスな時期なんだと思うぞ」
不安げなエールに、力説する俺。
「しかし、ユウト。BMPハンターの人達の力を疑う訳ではありませんが、あそこは本当に普通じゃないんですよ。ノラ犬並みの頻度でBランク幻影獣に出くわすような状態なんですから」
「だ……大丈夫!」
ハカセの言葉に若干ビビるが、たまたま視界に入った人物の姿が俺に自信を与えてくれる。
そう。
賢崎さんよりも城守さんよりもクリスタルランスよりも。
『澄空悠斗』よりも。
さらに強くて頼りになるBMPハンターが存在する。
「大丈夫……。今、俺たちの世代には、剣麗華様がいらっしゃるからな!!」