使ってみようディテクトアイテム
上条総合病院。
頭二文字は非常に不吉な響きを持っているが、BMP能力がらみの疾患に特化した、とても頼りになる病院である。
新月学園から近いこともあり、三村は、ここに入院している。
三村は、しばらくは安静にしてなければならないが、特に後遺症の心配はないらしい。
それはいいのだが……。
「なんで、四人部屋なのに、三村一人しか入院してなかったんだろう?」
病室から出て、しばらく歩いたところでふと呟いてみる。
「一人部屋に泊まるほどのお金がなくて、四人部屋に入ったところ、他に誰も入院していない部屋だった、だけだと思うけど」
「入院費用ハ賢崎さんが出シテくれるッテ言っテたんデスけど、三村さん断っタみたいデス。さすがニこれ以上、迷惑ハかけられないト」
「特訓で使わせた費用を考えると誤差みたいなものだと思うけどね……。気持ちは分かるよ」
一緒に来ていた麗華さんとエリカと小野が答えてくれる。
ちなみに峰と賢崎さんは先に帰った。
「いや、そういう意味じゃなくてな……」
「?」
「?」
「?」
「いや、何でもない」
三人が揃って可愛らしく首を傾げたので、俺は続きを言うのを止めた。
まぁ、『まるで、これから俺と峰と坂下さんが入院するために空いているように見えた』なんて、自分で自分の未来に呪いをかけることもあるまい。
「ん……」
と、唐突に麗華さんが足を止めた。
「麗華さん?」
「悠斗君。スーパー・トミタケの特売が始まる」
「?」
はい?
「それがどうかした?」
「忘れたの、悠斗君? 今朝の広告に入っていた『新月学園学食名物ささみチーズフライ完全再現版』を食べたいと言っていたことを。特売になるとなくなってしまうと思う、とも言った」
「いや、確かに言ったけど、まさか今から買いに行くつもりなのか?」
「まだ諦めるのは早い時間帯」
「いや、諦めるとか諦めないとかじゃなくて、今朝のセリフは単なる世間話の一環で、そんなに食いたいって訳じゃないぞ……?」
「本当に?」
ぐぐいっと、麗華さんが顔を近づけてくる。
「ほ……本当ですけど……」
「悠斗君。幻影耐性の前では、ウソを言うことはできない」
「い……いや、そんな格好いいセリフを言う局面じゃないよね、今?」
と言いながらも、俺の頬が赤くなっていくのが分かる。
くそ、やっぱこの子、美人や……。
「本当に欲しくないの?」
「いや、実はちょっとだけ欲しい」
と答えると、横でエリカと小野が若干ずるっとコケた。
「けど、このあと上条博士のところにも顔出すし、今回は諦めるよ」
「いや、諦める必要はない。私が行く」
と、麗華さんが身を翻す。
……だから、そんなに格好良く動いたらいけない場面だと思うんだが……。
「マ、待ってくだサイ。私モ行きマス!」
何故か、凄い勢いでエリカが付いて行く。
「じゃ、僕は残るよ」
小野は残る。
……そして、俺と小野は取り残された。
「ところで悠斗君、聞いてもいいかな?」
「どうぞぉ……」
「『新月学園学食名物ささみチーズフライ完全再現版』って何?」
「新月学園学食名物のささみチーズフライの味を完全再現したささみチーズフライ弁当が、今日限定でスーパー・トミタケで売り出される」
「悠斗君、いつもあれ食べてるけど、あれ、そんなに美味しいの?」
「美味い。世間一般ではどうか分からないけど、少なくとも俺はムチャクチャ嵌った。『まるで私に食べられるために生まれてきたような……いえ、私が食べるために生まれてきた。そんな気さえします』って城守さんが言ってたけど、俺も同感」
「恐ろしい食べ物だね……」
小野が戦慄している。
「僕も食べてみようかな……」
「まだ、食べたことがないのか? 合う合わないはともかく、みんな一度くらいは食ってるぞ。いや、これはほんとに」
「悠斗君が食べさせてくれるかい?」
「自分で食え」
「ぷっ」
と、最後、可愛らしい声がした。
俺や小野の声ではない。女性の声だ。
左前方の柱の陰から……。
「く……やられたな。これがお笑いというやつか……。侮れんな……」
とかなんとか言いながら、くっくっと笑いながら柱の裏から出てきたのは……。
「て……天竜院先輩?」
「すまんすまん、悠斗君。悪気はなかったんだ」
「いつから居たんですか?」
「君達がここを通りかかった時からだな。麗華様には気付かれたようだが……」
というセリフで天竜院先輩の顔が少し曇ったことで、俺はピンときた。
ひょっとして。
『
・天竜院先輩、麗華さんに気が付いて隠れる。
・麗華さん、天竜院先輩に気が付いて早く帰ろうとする。
・麗華さん、エリカ帰る。小野残る。
・俺と小野の掛け合いで天竜院先輩吹き出してバレる←イマココ
』
というやつではないだろうか?
「少し気を抜き過ぎていたようだな。麗華様とあれだけ接近するまで気が付かないとは……」
「仲良くしたらいいのに……」
「べ、別に、仲が悪いという訳ではないぞ。微妙な関係なんだ」
むくれる天竜院先輩。
年上で色っぽいくせに妙に可愛い。困った人だ……。
「小野君は気付いて無視してくれていたようだな……。さすがはアックスウエポンといったところか。私が無駄にしてしまったが」
「全くですよ。せっかく悠斗君と二人きりになれるチャンスだったのに……」
「済まなかった」
と頭を下げる天竜院先輩。
「いやそこ、謝らなくていいですから……って、天竜院先輩、小野と知り合いなんですか?」
「ああ」
「ま、ね」
俺の質問に二人が返答する。
峰とも知り合いだったし、どうも小野の交友関係は謎が多いな……。
「ところで、天竜院先輩は何故ここに?」
「ああ。これの調整にな……」
と掲げたのは、いつも腰に下げている刀。
「ディテクトアイテム・護刀正宗だ。基本的にメンテナンスフリーの優秀なアイテムなんだが、念のため、時々診てもらっている」
「診てもらって……?」
ここは、人間相手の病院だと思っていたが……?
「そこのエレベーター。特定のタイミングで『1・8・7』と三回押すと地下3階に行けるようになっていてな。そこにディテクトアイテムに関する秘密の研究所があるんだ」
「……………………はい?」
「そこの鮫島博士という方と懇意にしていてな。仕事抜きで、時々顔を出すように言われている。正宗は、霧島研究所最後の二振りの片割れだからな」
「……………………………」
「……よって、調整に来ているのだが」
「えーと、少しだけ待ってください」
TPO完全無視で新情報を大量に渡されて、どう反応していいか分からないくらいなんだが……。
とりあえず。
「そんな情報、一般人に言ってどうするんですか!?」
「? 悠斗君は一般人ではないだろう?」
「情報公開を受けるまでは一般人と同じだと思うんですが……」
「まぁ、それはそうだが……」
と、天竜院先輩が腕時計のようなものを取り出す。
「君用のディテクトアイテムの試作型だそうだ。鮫島博士から渡すように頼まれた。研究室の存在も教えて良いとのことだ」
「……俺用のディテクトアイテム? なんで、突然?」
というか鮫島博士って誰?
などと、色々と当然の如く疑問に思うが……。
そもそも『ディテクトアイテム』が何なのか説明した覚えがないから、この機会に説明しておこう。
~(※緋色先生授業によると)ディテクトアイテムとは~
『
①幻影獣は通常兵器による攻撃は(※どんなに強力な兵器によるものでも)通じない。
②しかし、ディテクトアイテムを使った攻撃は有効である。
③だが、ティテクトアイテムの発動にはBMP能力が必要であり、しかもその攻撃力変換効率は高いとは言えない。
④じゃあ、普通にBMP能力で闘った方がいいのでは?
⑤ぶっちゃけ、その通りである。
⑥よって、(※少なくとも今のところは)ディテクトアイテムの用途は、戦闘系の能力を持たないBMP能力者用か、戦術の幅を広げるための予備武装、に限られている
』
よって……。
「今の君にぴったりだと思うが?」
「確かに」
素直に頷く。
今の俺はBMP能力が使えないが、BMP能力値自体は187のまま(※だと思う)。
使えない可能性ももちろんあるが、使えるのであれば、これほどディテクトアイテムが役立つ局面は、そうそうないだろう。
「凄く助かります」
「うん。素直なのは良いことだぞ。私が装備させてやろう」
天竜院先輩が俺の右手を取る。
「て……天竜院先輩?」
「こうやって……、いや、済まない。逆か……」
と、腕時計のように見えるディテクトアイテムを俺の右手に合わせようとカチャカチャやってくれるのだが……。
天竜院先輩、やっぱりいい匂いがする。
しかも、ツンと自己主張している胸がもう少しで俺の手に触れそうで……。
「よし、これで……!」
「いてててて!!」
「? 装備、できたが……?」
装備が完了すると同時に悲鳴を上げた俺に対して、天竜院先輩が疑問符を浮かべる。
「どうして小野君が澄空君の頬を抓っているのだ?」
「理由は悠斗君が一番良く分かっているはず」
と、天竜院先輩の疑問に小野が答える。
……た、確かに鼻の下を伸ばしてしまったのは事実だが……。
「見境のない発情行為は、たとえ剣さんが許しても僕が許さない」
「…………」
……なんで小野が許さないんだよ……?