魔弾の後継
峰達也は、澄空悠斗達と三村宗一の見舞いに行った後、一人帰路に就いていた。
澄空達は、まだ三村と話しているが、一人だけ抜けさせてもらったのだ。
なんせ、自分のルーキーズマッチまでほとんど時間がない。
十六夜さんのコーチ就任交渉がうまくいくという保証もないし、時間は無駄にできない。
「とはいえ、何をやったものか……」
峰達也は三村宗一以上に真面目な男である。
普段から真剣に鍛錬している分、少々特訓したところで急激な成長は見込めない。
正直なところ、十六夜朱鷺子がコーチになってくれなければ、いきなり手詰まりの状態だった。
そうやって峰が、真面目に、かつ無駄に悩みながらとぼとぼ歩いていると……。
「ん?」
甲高い金属音に、気が付く。
それも一つではない。
5・6回、立て続けに聞こえる。
「なんだ……?」
音は、前方に見える空き地から聞こえる。
戦闘の音ではないようだが、妙に気になった峰は空き地を覗き込む。
と。
「くずかご?」
が、空き地のど真ん中に置かれていた。
そこから、女子高生と思しき一人の少女が、ごそごそと空き缶を取り出している。
制服を見る限り、新月学園の生徒のようだが……。
「なんなんだ……?」
と、峰が見守る中、女子高生は離れた場所に置かれている廃棄されたベンチの上に、その空き缶を並べていく。
ベンチの上に置かれた空き缶の数は30個ほど。
整然とは置かれていない。
置く位置もバラバラだし、二個三個重ねて置いている場所もある。
全てを置ききった女子高生は、くずかごのそばまで戻ってくる。
そして……。
「?」
タタン、と、女子高生がその場で軽やかなステップを踏む。
「真行寺真理が舞うは、連撃」
続けて、同じくらい軽やかな言葉が、峰の耳に微かに届いたかと思うと同時。
「!」
ベンチの上に並べられた空き缶が、右端からどんどん射抜かれていく。
破壊されて……、ではない。
空き缶の形状をほとんど壊すことなく、中央部を100円玉ほどの大きさの穴が貫通していく。
女子高生の仕草は、パチンコ玉を弾いているようでもあり、ピアノを弾いているようでもあり……。
「こ……光弾か? あれ……」
と、峰が言うように、空き缶を貫通しているのは圧縮された光弾なのは間違いないのだが。
「は……」
速い。
射撃・砲撃系BMP能力は遅いと話にならないのは確かだが、空き地の女子高生の射撃はあまりにも速過ぎた。
銃剣士・飯田健治先輩の銃撃に匹敵するほどに。
しかも正確。
他者の射撃でここまで惹きつけられたのは、天閃の茜嶋光以来だった。
……いや。
速さだけなら、もしかしたら彼女の方が……。
「綺麗だ……」
硬派な峰が普段なら絶対に言わないようなセリフを思わず呟く。
と。
女子高生の光弾が、最後の空き缶を逸れて、ベンチの背もたれに穴を空ける。
「外した……?」
と峰が思っていると。
「あのねぇ……」
背を向けたまま、女子高生が口を開く。
「黙って見てるくらいならともかく、変なこと言われると集中できないんだけど?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「聞いてる?」
「え? あ、俺か!?」
硬派だが鈍い峰が、今頃気が付く。
「す……すまない。あまりにも見事な射撃だったので、思わず見惚れてしまった……。もう二度と邪魔しないので、許してくれ」
「そ……そこまで、平謝りする必要もないけど……」
女子高生は、ぽりぽりと頭を掻く。
「新月学園の生徒って、時々あんたみたいにクソ真面目なのがいるの……」
と、振り返りながら喋っていた女子高生のセリフが、峰の顔を見た途端に止まる。
「ケン……ちゃん……?」
「え!?」
峰の鼓動が(※滅多にないことだが)跳ね上がる。
初対面(※峰からすると確実に初対面)の女子高生に、いきなり覚えのない渾名で呼ばれたのはもちろんだが。
女子高生の様子が尋常ではないのだ。
眼を見開き、口を半開きにし、頬はわずかに上気し、肩が小刻みに震え。
うっすらと涙まで浮かべている。
いくら硬派だが鈍い峰といえども、さすがにこれは気付く。
「いや……違うぞ。俺の名前は峰達哉。どこにも『ケン』なんて音は使われていないし、もちろんそんな渾名で呼ばれたこともない」
「え……あ……でも……」
「もちろん、君と会ったこともない」
「……そ、そうだよねー。ごめん。あたし、何言ってるんだろ……」
楽しい夢から覚めたような寂しそうな表情で、女子高生は目元を拭う。
少しツリ目気味の眼からは、普段であれば強い眼光を宿していることが容易に想像できる。
とんでもない場面に出くわしてしまっていることは明白だった。
少しでいいから、お近づきになりたいのはやまやまだったが……。
「では、俺は失礼するよ。邪魔して済まなかった」
と、背を向ける。
(チャンスではあるんだがな。)
心の中で思う。
初対面だが、峰は彼女のことを知っている。
あまり学校に来ないので会えなかったが、入学時から知っていた。
もし、話す機会があるのなら、色々と教えを乞いたいと思っていたのだ。
……だが、まさかこんな状況になるとは……。
が。
「ま……待って」
「え?」
予想外に呼び止められて、峰が振り向く。
「……ちょ、ちょうど休憩にしようと思ってたから……。時間があったら、少し話せない? ジュースおごるから」
もちろん、峰には、断る理由はなかった。
◇◆
ここで少しBMP管理局の規則について説明を。
BMP能力名は、申請したあと審査会で承認されて登録される。
いくつか謎ルールはあるが、明確に禁止されているのは、『①公序良俗に反するもの』『②すでに登録されているBMP能力名』の二つである。
①は、BMP能力自体が戦闘能力だからして線引きが難しい面もあるが、②は簡単な規則である。
ただし、例外がある。
『実績のあるBMPハンターは、引退時に自分のBMP能力名を引き継がせる相手を指名することができる』
後継、と呼ばれる規則である。
そのもっとも有名な例の一つ。
引退した後でも、遠距離攻撃系二強に数えられる超実力者。
十六夜朱鷺子から指名されたのが、魔弾の後継、真行寺真理である。
あと、覚えている人のために補足しておくと、彼女はKTI四天王でもある。
それはともかく、峰は困っていた。
真行寺真理に誘われるまま、穴の開いたベンチに並んで腰かけたまでは良かったのだが……。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
会話がない。
真行寺が、飲みかけのジュース缶を睨みつけたまま、なかなか話しかけてこないのだ。
誘ったのも彼女だし、峰の眼からも、普段はハキハキ話す女性、というように見えるのだが。
(三村が言う『ツンデレ』というのは、こういう状態のことか……?)
間違いなく違うだろうが、一応、思考には入れてみる。
(しかし、困った……)
こういう時は男から話しかけるものだ、という常識は分かるのだが、ぶっちゃけ無理である。
と。
「峰……達哉って言ったわよね?」
「あ、ああ」
唐突に真行寺が話しかけてくる。
「思い出した……。あんた、ゆうとっ……。澄空悠斗の腰巾着でしょ」
「ああ」
「……否定しないの?」
「現状は、ほぼそれで間違っていない」
というか、峰はそもそも腰巾着であることを恥ずかしいと考えていない。
少なくとも、マイナスにはなっていないという自信があるからだ。
澄空悠斗には、イベントが集まる。
その彼の近くが、現在の自分の力を最大限に生かせる場所であることに、全く疑いを持っていない。
峰は三村とは違う。
彼が澄空悠斗を尊敬するのは、澄空悠斗が多くの人を助けられる程に強いからだ。
それ以外に理由はない。
「もちろん、いつまでも今の境遇に甘んじているつもりはないけどな」
もっともっと強くなる。
どこまででも強くなる。
そういう決意を込めて、握りこぶしとともに言い放つと、真行寺真理がまた眼を見開いていた。
「あの……しつこいと思われるかもしれないんだけど……。本当にケンちゃん……、間健一って男の子のこと知らない……よね? 遠縁の親戚とか、そういうこともない?」
「すまないが……。親戚はもちろん、知り合いにもいない。名前を覚えるのは得意なんだがな……」
「そ……そっかそっか……。あは、あはは……」
とてもわざとらしく笑う真行寺。
明らかに挙動不審である。
「そんなに、その、間氏と俺は似ているのか?」
「に……似てるというか…………。……似てる」
論理的な返答は帰ってこなかったが、恐ろしく似ているらしいことは良くわかった。
「間氏というのは、恋人なのか?」
「いや、ケンちゃん死んだの小学生の頃だから……。恋人とかとはちょっち違うかなぁ……」
「……しかし、大事な人だったのか……」
「うん……」
と、真行寺の目じりに涙が浮かぶ。
「し……しし、真行寺……!?」
峰が慌てる。
「ご……ごご、ごめん! もう。何なんだろ……。頭のなか、ぐしゃぐしゃ……」
ハンカチを取り出して、顔をゴシゴシとこする真行寺。
「あ、あの……。説得力ないかもしれないけど、勘違いしないで。別に、ケンちゃんの代わりに恋人になって欲しいとか、そういうんじゃないから……」
「あ、ああ……。分かってる。……言われても困るしな」
「……彼女が居るの?」
「いや、そういう訳ではないんだが……」
「澄空悠斗の夜ペットという校内新聞は読んだけど」
「それも違う。性的嗜好は、ノーマルだ」
大真面目に答える峰。
と、真行寺がくすくす笑う。
「ごめん、やっぱ、そんなに似てないわ」
「そうなのか?」
「うん。あいつは、もっとチャランポランだったし。似てるのは顔だけみたい」
と言いつつも、真行寺の顔は明るい。
最初に見た時の雰囲気が嘘のようだ。
「そういやあんた、今度ルーキーズマッチで、あの『歩く災害女』とやるんでしょ? こんなところで、油売っていいの?」
自分で誘っておきながらあんまりな言い分だが、峰は特に気にしなかった。
というより、チャンスだ! と思った。
「そのことで、君に頼みがある」
「な……なに……?」
ずずいっと迫ってくる峰に、結構分かりやすく真行寺の頬が染まる。
しかし、峰はもちろん気づいていない。
「十六夜さんに、ルーキーズマッチまで俺のコーチになるよう頼んでくれないか?」
「師匠に?」
「畏れ多いっていうのは、良く分かってる。けど、茜嶋さんと少しでもまともに闘おうと思ったら、それしかないんだ……。俺にできる礼なら、何でもする」
「何でもするって言われても……」
あさっての方向を向いて、頬を掻く真行寺。
「駄目なのか……?」
「あ……あたしは、ゆうとっち……じゃない。澄空悠斗のこと、嫌いなのよ。協力するのは嫌」
「澄空のことが嫌い? 何故だ?」
驚いて聞く峰。
「……澄空悠斗は、私のこと、何か言ってた?」
「いや……。聞いたことはないが」
「だから嫌いなのよ」
「???」
疑問符を浮かべる峰。
「どうしても……駄目か……?」
「い、いや……どうしてもってことはないけど……」
いきなりヘタれる真行寺。
「師匠の修行は、結構キツイよ?」
「承知の上だ。根性には自信がある」
「というか、あの災害女、師匠と同じくらい強いよ?」
「勝てるなんて思っていない。一分一秒でも長く、あの人と闘っていたいんだ。一生に一度のチャンスだからな」
「長く闘えたらどうなるの?」
「一分一秒が、俺の宝物になる」
「そ……それは立派です……」
何故か、いきなり敬語になる。
「頼む、真行寺! この通りだ!!」
「わ、分かった……! 分かったから、そんなに頭下げないで……!」
「ほ……本当か!?」
「た……頼んでみます」
また、何故か、いきなり敬語になる。
何はともあれ。
峰は、師匠をゲットできそうであった。




