ルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』8
<過剰負荷は、BMP能力の応用です>
ルーキーズマッチ初戦・三村宗一vs犬神彰の最終局面。
素人目にもヤバイ気を発し始めた犬神彰の前に立つ三村宗一の脳内で、ラプラスの魔女の声が再生される。
<BMP能力が『どこか分からない場所との境界を越える能力』なら、過剰負荷は『どこかにある可能性を引っ張ってくる技術』といったところでしょうか>
(どこにあるかは分からない可能性……。ただし……)
<どんな可能性があるか分かっていれば格段に探しやすくなります。……そんなものが分かるくらいなら占い師もカウンセラーも要りませんけど>
(ただし、今回だけは例外)
<私の力が介在しているとはいえ、発展継承はあくまで劣化複写の延長……。唐突に新しい仕様が生まれるわけではありません>
絶対加速。
(俺のBMP能力を元にした能力というなら……)
<あれは、いつか三村さんが使えるBMP能力ということです>
「でしたよね、藍華様……」
一言一句違えず再生できる、賢崎藍華の言葉をもう一度噛みしめる三村。
事象探索式選択憑依型自己強化……通称・過剰負荷。
『自己の未来の可能性』の一つを借りるという、ヴィジュアル系格闘ゲームの設定もびっくりのとんでも奥義である。
奥義伝授の過程で、墓場まで持っていかなければ墓場に送られそうな賢崎一族の秘密に触れたり、精神にちょっとした異常(※藍華様と呼んだり)をきたしたりしたが、とりあえず何とか使えるレベルには仕上がった。
「後は……」
と、視線を向けた先で、犬神彰が構えを取っている。
一流の剣豪のような、静かな中に必殺の凄みを感じさせる構え。
間違いない。
電光石火だ。
<実は……というか見れば分かると思いますが、あの電撃は脅威です>
(ですよねぇ……)
<高速移動系最強とか言いながら、クラスは突撃者で露骨なアタッカータイプですからね。タイトル詐欺というやつです>
(剣もそうだけど、藍華様もお嬢様の割に妙に庶民的なとこあるんだよなぁ)
<ほとんどの技で帯電しているうえに、足より電気が出る方が速いような女性です。スピードタイプの三村さんでは、本来全く勝ち目はありません>
(タイプ云々以前に、レベルが100くらい違いますけどね)
<ただ……。硬直する瞬間が予測できるパターンの動作があれば、速さに勝る……条件付きですが……貴方に勝ち目がある>
(それが……)
<電光石火。本当に稲妻の速度のような技ですが、発動の直前に、ほんの一瞬の……しかし確実な硬直時間があります>
(そこを……本物の最速攻撃で叩く!)
犬神彰を睨みつけたまま。
心の奥で目を閉じる。
電光石火の動きとタイミングは、自分の顔よりも完全に覚えている。
そのタイミングより一瞬でも早く動けば避けられる。
そのタイミングより一瞬でも遅ければ焼き豚にされる。
唯一、三村宗一が勝てるタイミング。
それを図りながら、『最強の三村宗一』を検索する。
何年先で、どんな選択肢の先にある道かは知らないが、確かにその可能性のある場所は知っている。
賢崎所有の怪しげな施設の怪しげだったが美少女に怪しげな儀式(※でもエロくはない)で、教えてもらった。
「事象探索式選択憑依型自己強化……」
魔人も認める最速の攻撃。
「電光石火!!」
「絶対加速!!」
☆☆☆☆☆☆☆
観客席が凍りついた。
素人目にもヤバそうな犬神さんの最終奥義が発動する瞬間。
三村が犬神さんの背後に居た。
速過ぎて見えない、とは根本的に次元が違う。
元居た場所から居なくなるのと、犬神さんを背後から羽交い絞めにするのが全く同時だった……。
『瞬間……移動……?』
『うそ……』
実況も解説もできない。
誰もが認める高速移動系の最速奥義。
緋色先生の授業を信じるなら、単独であの技を使える人間は、この世に存在しないはずなんだが……。
「ごく簡単な推論です」
「へ?」
静まり返った観客席の中で、何故か賢崎さんが俺に話しかけてくる。
「発展継承は、劣化複写を進化させた技ですから。どの技もオリジナルの延長線上にあるものなんです」
「そりゃまぁ、そうかもしれないけど……」
「絶対加速は、超加速の延長線上にある」
「まぁ、確かに……」
「澄空悠斗が使える以上、いつか三村宗一が使える技。『自己の未来の可能性』の中から、力を借りてくるのが、過剰負荷です。無理して覚えていただいた甲斐がありました」
「…………な、なるほど」
……。
…………。
……………………いや。
ちょっと待て。
「延長線上にあるからといって、三村がいつか使えるとは限らないんじゃないかな?」
「え?」
「超加速を進化させればあのBMP能力になるとはいえ、三村がそこにたどり着ける可能性があるかどうかは、また別の話のような気が……」
「…………」
何故か、しまった、みたいな顔をする賢崎さん。
「過剰負荷は、『自己の未来の可能性』に存在している力を借りるんだよな。……なかったら、どうなるの?」
「…………」
「まさか、過剰負荷を覚えさせたところで、碌なBMP能力がなかった可能性もあったんじゃ……」
「……ユウトが、なんちゃってバカだというのを忘れてました」
「な……なんちゃってバカ?」
なにその斬新なあだ名?
「いいじゃないですか、それで実際に三村さんが使えたんですから。ここは空気読んでください」
「必ず使えるようになるはず。って、三村を騙した……?」
「モチベーションがないとどうにもなりませんから。嘘も方便というやつです」
「…………」
さすがはラプラスの魔女。
「じゃ、あれは?」
「はい。どうやら、三村さん自身が本当に到達できるらしいですね、あの領域まで」
「凄ぇ……」
ようやく歓声を上げ始めた観客とともに、賢崎さんと一緒に三村を見上げる。
背後を取った三村に対し、犬神さんは電撃を使わない。
「拘束式猪突猛進、今度は成功みたいですね」
「ひょっとして、マジで勝てる?」
番狂わせどころじゃない。
犬神さんには悪いけど、これは燃える!!
「……私の計算では、そのはずです」
☆☆☆☆☆☆☆
「…………」
三村宗一は、犬神彰を羽交い絞めにしている。
「………ぐ」
拘束式猪突猛進で力場に捉えられた彼女は、電撃を出すこともできない。
「………く」
戦闘不能にする必要はない。ルール上、このままライドから突き落せば勝利は決まる。
「………や、や……ば……」
だが、三村宗一はもう限界だった。
実は、過剰負荷は、これがぶっつけ本番である。
別に、実戦の緊張感がなければ成功しない、とかそういう理由ではない。
この技は消耗が激しすぎて、この試合までの期間を考えれば、訓練でやってしまうと、実戦で使えなくなる可能性が濃厚だったのだ。
「ちょ……ちょっと三村君。その雰囲気、なんか普通やないで!!」
「い……いやぁ。自分、エセイケメンなもんで、女性に密着するの初めてなんすよ……」
「冗談言うとる場合やないで!!」
こんな時にもキャラを忘れない三村に、犬神が叫ぶ。
ごく限られた条件の中とはいえ、過剰負荷は、因果を捻じ曲げる禁断の技。
賢崎一族の秘中の秘。
三村に習得できてしまったこと自体が不可思議な、絶技なのだ。
「あの魔女さんに、なにされたんや!?」
「自分が……どこまでできるのか……、教えてもらった……だけですよ」
三村が右手を犬神の胴に回して抱え上げる。
「…………」
右腕が自由になった犬神だが、なぜか抵抗しない。