ルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』7
「み、三村……」
俺は思わず呻いた。
目が眩むような電撃に包み込まれたライドは、一言で言えばショッキングな映像である。
勝負云々以前に……。
「み、三村……死んでないよな?」
「い、いや……俺にもなんとも……」
俺と峰が顔を青くして見合わせる。
「け、賢崎さん……?」
「機動力を犠牲にして最大化した、電撃エネルギーによる攻撃……。無茶をしますね。ルーキーズマッチだってこと分かってるんでしょうかね?」
三村の生死を聞いたつもりの俺に、緊張感の全く異なるプンプン怒りで答えてくれる賢崎さん。
「ミ……三村さん……」
「エリカさん、しっかり!!」
顔を青くするエリカをエールが支える。
「大丈夫」
と、そのエリカの肩を麗華さんが叩く。
「レ……麗華さん……」
「見た目は派手だけど、致命傷になるほどの威力は出してない。それに、ガードが間に合った」
「え?」
エリカに語りかける麗華さんのセリフに、俺が反応する。
ガード?
「うん。致命傷にはならない。しばらくは三村の奇行が激しくなるかもしれないけど」
「麗華さん。実は、三村のこと嫌いだろ?」
お嬢様の割に意外と人当たりがマイルドな美少女なのだが、なぜか三村には容赦がないんだよな……。
と。
「全く、ずれた心配をしてますね。皆さん」
賢崎さんが、眼鏡をいじりながら言う。
「誰が鍛えたと思ってるんですか?」
「そこは疑ってないけど……」
胸を張る賢崎さんに答える俺。
そう。そこは全く疑ってない。
「なら、しっかり観ていることです。あれでも一応、騎士なんですよ」
☆☆☆☆☆☆☆
360度ループを抜け、ライドはさらに不可思議な軌道を描きながら走り続ける。
いつもなら、乗客の歓声と悲鳴が鳴りやまないところなのだろうが、今は誰も声を発しない。
乗っていない乗客はもちろん、ライド上のバトルを観戦している観客も。
理由はもちろん。
「……や、やり過ぎたかもしれへん……」
ということである。
逃げられないようにライド全体を覆う電撃を使ったのはいいのだが、威力が強くなり過ぎた。
一応、手加減はしたつもりだが、観客から見たら大人げないことこの上ないだろう。
いや、観客はともかく。
「み……三村君? 大丈夫か?」
「…………」
話しかけてみるも、蹲ったまま反応がない。
ダメージ無効化結界を貫通するほどではなかったので、痛みで気絶しているだけだと思うのだが。
いや……?
「……気絶?」
こんなアクロバティックな軌道を描くライドの上に直乗りで?
落ちないはずが……!!
「超加速!!」
「なっ!!」
蹲った姿勢をクラウチングスタートのように利用して、三村が犬神との距離を詰める。
「くっ!」
「右手っ!!」
ガードしようとした犬神の右手を、三村が左手でキャッチ。
そのまま犬神の右手を彼女の背後に回し、反対側から回した右手で二重に握りしめる。
モロに犬神の胸の谷間に顔を埋める体勢になるのだが、デレている暇は無論ない。
「拘束式猪突猛進!!」
犬神の身体を三村の力場が包み込む。
全方位から『犬神彰に向かって前進する』加速の力場。
出力に差があっても、ゼロ距離で抑え込み、出力できなくすれば関係ない!!
が。
「っ!!」
「ぐっ!!」
力場拘束が完了する直前、激しい火花が散る。
三村の眼が眩んだ一瞬で、犬神が距離を離す。
☆☆☆☆☆☆☆
「は、外した……!?」
怒涛の展開に戸惑いながらも、観客適正の高い俺は叫ぶ。
「なんて反応速度だ……」
バトルマニアの峰が続き。
「頑張れ、三村さーん!!」
すっかり三村ファンになったエールが、エリカと繋いだ手をジェットコースターに向かって大きく振っている。
しかし、エールとエリカ、妙に気が合ってる。
エールは将来、エリカ系の美少女になるのかもしれない。
なんて素敵な未来予想図だ。
とか、考えていると、賢崎さんに頬を抓られた。
「ユウト? 危機を脱したからと言ってすぐ気を抜くのは、応援者のマナーとしてどうかと思いますよ?」
「ご、ごめん。賢ざ……藍華」
「貴方がぼーっとしたら、誰が私の解説を聞くんですか?」
「俺でなくてもいいと思うんだけど……」
峰とかハカセとか、実況適性の高いキャラが他に居るのに……。
「今のは驚くべきことなんですよ」
「……というと?」
俺の指摘を意に介さず解説を始める賢崎さんに、黙って従う俺。
「全開電撃攻撃を使われたのは不運でしたが……。その後の硬直時間を狙えば、8割の確率で決着が付くはずだったんです」
「……2割の確率で外すのなら、そういうこともあるんじゃないか?」
「もちろん、その通りなんですが……」
賢崎さんが言葉を切る。
EOFの恐ろしさは俺自身が身に染みて分かっているが、それでも確率は確率。
10回に2回が最初に来ただけの話である。
別に三村が残念担当だから8割の確率でも拾えない訳ではなく、本来確率とはそういうもののはず。
「【絶対を覆す魔人】の割に、ずいぶんリアリスティックなんですね?」
「これ以上、変な異名を広めないでくれ……」
【魔人】だけでも大概なのに……。
「私は確率しか信じない魔女ですが……。意思が確率を凌駕することも時にはあると思ってるんですよ」
「三村も頑張ってると思うんだけど……」
「だからですよ」
「え?」
遠まわしに三村を批判しているのかと思ったが、どうも違うらしい。
「犬神さんのこと、少し勘違いしていたのかもしれません」
☆☆☆☆☆☆☆
「どないなっとんねん……」
冷や汗を拭いながら、犬神が文句を言う。
三村が行った防御方法は、大した技術のものではない。
攻撃に対して力場をぶつけて、一部を相殺しただけだ。しかも荒い。
おそらく、半分以上のダメージは貫通しているはず。
その証拠に……。
「い……痛ぇ……」
半分涙目になりながら、三村が膝をつく。
どう見ても、効いている。
ただ、どう考えてもガードが間に合うはずがないのだ。
攻撃が読まれているのでもなければ……。
「…………そか」
ふと気づく。
今までの闘いを冷静に思い返すと分かる。
読まれているのだ。それも完璧に。
「魔女さんがついとるんやったな」
「その通りです」
今さら隠しても仕方がないのか、三村が答える。
「魔女は、予知を他人に教えんって聞いてたから、予想外やったわ……」
「? そうなんですか?」
意外そうなところを見ると、三村は知らなかったらしい。
「少なくとも以前はそうやったって聞いとるけどな」
「…………」
「おたくの色男のせいか?」
「どうでしょうね……」
半分笑っている膝に喝を入れて、三村が立ち上がる。
そして、構える。
「ちぃ……」
と、犬神が舌打ちするほどの露骨な迎撃態勢。
攻撃が完全に読めてでもいなければ取らないような……。
そして……。
「ええやろ……」
犬神彰がようやく……。
「やったろやないか!!」
『戦闘』を始める。




