ルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』6
藍華様……ではなく、賢崎藍華に言われた言葉を思い出す。
<いいですか、三村さん。貴方の……というより高速移動系のBMP能力は全て、前進、が基本です>
(前進、だよな……)
<力場の展開でも同じ。展開したい方向に対して、前に進む、んですよ>
(前に、前に……)
足元にあるライドに向かって、『前に進む』。
座席のないジェットコースターに乗ったことのある人間など数えるほどしかいないだろうが、見た目以上にこれはきつい(※見た目もきついが)。
普段、超加速に使用している突進力を、細心の注意を払ってライドがある方向への力場に変換する。
四つん這いになり、身体をライド表面にこすりつけるような体勢ですら、吹き飛ばされないようにするのがやっとだった。
(最高速、185キロだったか……)
腕組みしながら平然と突っ立っている犬神彰が信じられない。
「そのトシで力場展開できるようになったんは凄いけど……。さすがに、その格好のイケメンを蹴り飛ばすのは、ウチの良心が咎めるなぁ……」
「そ……、その御心配はありませんよ……」
ひきつったような笑みを浮かべながら、身体を起こし始める三村。
(大丈夫だ……。藍華様の特訓を思い出せ。私用遊園地にあるジェットコースターを借り切って特訓したじゃないか!)
私用遊園地などという得体のしれない設備に対する疑問も湧かないほど、特訓が始まってからの三村は必死だった。
ここのジェットコースターの方が30キロほど速いらしいが。
ぎこちなくも、何とか三村は……。
『た……立ったー!! 三村君、180キロ以上のジェットコースターの上で立ちましたー!!』
『仕掛けるのは難しそうですが……。さっきのカウンターなら、可能性はありますよ!!』
「そうもいかんのやなぁ……」
アナウンスに答えるように、犬神彰の体表面に電流が流れ始める。
<カウンターがバレたのなら、当然の帰結として、側面から来ます>
(前面は捨てると……)
<統計によると80パーセントの確率で右から来ます。右手で殴りたいからでしょうね。右利きですから>
(嗜好まで読むのはさすが藍華様だぜ……)
<可能性は低いですが、攻撃されるポイントがずれたら諦めてください。どうしようもありません>
(そこは、祈ると)
<技術的には最大の難所です。難しいですよ>
ライドがスクリューゾーンに突入する。
「轟け迅雷……」
ライドの上に火花を散らしながら、犬神彰が動く。
「っ!!」
旋回を始めるライドの慣性を完全に無視した動きで、孤を描くように迫ってくる。
『右』から。
「貫け閃拳っと!」
電撃ダメージとともに、右拳が三村の身体に深く撃ち込まれる。
「ぐっ!!」
だが、三村は一瞬早く後方に飛んで威力を逃がす。
『へ……?』
『な……!』
「って、ちょっと待ちぃ!!」
犬神が叫ぶ。
後方に飛んで威力を逃がすのはいい。
だが、今はジェットコースターの上だ。
『自爆でリングアウト……?』
という志藤のアナウンスと同じことを、ほとんどの人間が思った。
だが。
「あれ……」
妙にふんわりと宙を舞う三村の身体を、旋回するライドが追い越す。
犬神が三村を飛ばした時は斜め下に。
だが、今は三村が斜め上から落ちてくる。
「ムチャクチャするな、自分!?」
とっさに犬神は両手でガードを固める。
対応するように、空中の三村が拳を固める。
自分の最高速でも、敵の高速でもなく。
ジェットコースターの速度を借りての突進攻撃。
「飛翔式猪突猛進!!」
☆☆☆☆☆☆☆
宙を舞う三村の青い拳と、電流を放つ犬神さんのクロスガードが激突する。
観客にも見える程に強い輝きが、一瞬だけ煌めく。
「あら、成功した?」
疑問符になる賢崎さんに突っ込むべきか、三村に声援を送るべきか悩む。
「「凄い凄い凄いデス!! 三村さん!!」」
エリカとエールが抱き合いながら、ぴょんぴょん跳ねている。
「おい、エール!! 彰ねえさんの敵を応援してどうするんだよ!!」
ガッツが叫ぶ。
「放っときなさい。その子、イケメンには弱いのよ」
「というか、何故君まで『エール』なんですか……?」
明日香とハカセが続く。
しかし……。
「あれ、三村だよな……」
呆然と呟く俺。
「格好良すぎる。詐欺だ……」
「何言ってるんですか、ユウト!! 三村さんは元々どう見たってイケメンじゃないですか!?」
「い、いや、違うんだエール。イケメンを覆い隠して無効化するくらいに残念なのが三村なんだ……」
「イケメンはイケメンです。イケメンで残念なんて、どこの星の生物ですか!? せっかく美形のお友達が居るのに、嫉妬するなんてユウトこそ残念です!!」
「す……すみません」
真理めいたことを散りばめた小学生の論理に完全論破される俺。
やはり、顔面格差の壁だけはどうにもならん。
まぁ、普段を知らないエールに、あんな三村を見せたらこうなるのも無理はないが……。
「でも、こんな短時間で良くここまで……」
「あら、基本はできてましたよ」
と、割り込んでくるのは賢崎さん。
「驚くほど奇抜なスキルやテクニックはありませんでしたが、基本は全てできてました。与えられた課題には、びっくりするほど真面目に取り組む方なんですよね」
「…………」
そういや、確かに。
「あいつが宿題忘れたり、課題をさぼってるところをほとんどみたことがないような……」
「ハイ。凄く真面目ナ人なんデス。ダカラ、応援したクなるんデス!」
……あ、エリカの好感度が上がった。
「ですよねですよね! やっぱり、エリカさんは三村さんといい感じなんですか!?」
「アラ。私は、麗華さん一筋デスよ」
との、エールとエリカのやり取りを聞いている限り、芽があるかどうかは微妙だが。
今はそれより。
「三村、凄い痛そうなんだけど」
「防御の時も電撃ダメージを与えられるみたいですね……。これは貴重なデータが取れました」
眼鏡をくいくいしながら言う賢崎さん。
「賢崎さん……」
「ええ。まさしく『痺れる女』という訳ですね」
「いや、うまいこと言ってくれという意味じゃなく……」
賢崎さんが知らなかったということは、犬神さんは今までほとんど防御する必要すらなかったということだ。
アイズオブフォアサイトは、知らないことは計算に組み込むことができない。
正直、三村のアドバンテージは、賢崎さんの予知くらいなんだが……。
「三村、大丈夫なのか……?」
「多少のイレギュラーは折込済みで作戦立ててますから」
眼鏡をきらりと輝かせながら言う賢崎さんは、やっぱり頼もしい。
「ただ……。後半、アレに抱きついて動きを封じないといけないんですけど、大丈夫ですかね?」
「…………」
大丈夫な訳あるかい。
☆☆☆☆☆☆☆
「大丈夫かいな……?」
「す……凄ぇ痛いっす……」
対戦中にも関わらず心配してくれる犬神彰に、馬鹿正直に答える三村宗一。
実際に右手の感覚がなかった。
出力差があるのは分かっていたが、まさか攻撃した方がダメージを喰らうほどだとは思ってなかった。
この状態で逆に攻撃されたら……。
「ん?」
くいくい、と後ろを指し示す犬神に、三村が疑問符を浮かべる。
指し示す先にあるのは、360度ループ。
「あそこで決着つけよか?」
「……!!」
三村の脳裏に、賢崎藍華の言葉が蘇る。
<360度ループは鬼門です>
(見た目からしてですね……)
<できれば、気の利いたセリフなどで彼女の気を逸らせてください>
(俺、実はナンパ成功率ゼロなんすよ……)
<あそこで戦闘になれば、予知するまでもなく一択で回避不可の攻撃が来ます>
(あれ……っすよね……)
<でも、耐えたらきっとエリカさんも惚れてくれますよ♪>
(藍華様の♪、不吉な予感しかしないっす……)
「なんで落ち込んどるん?」
「いえ、一身上の都合です……」
<防御法は教えた通り。耐えられる確率は5割程度といったところですか……>
(十分です、藍華様!)
右拳と左の掌を打ち合わせて気合を入れる三村。
「いつでもいいですよ!!」
「ふふん。うちが360度ループを利用したトリッキーな攻撃をすると思ったら、大間違いやで」
「それは楽しみです(知ってますよ、アレなんですよね……)」
不敵な顔の裏で、人知れず(※賢崎藍華除く)覚悟を決める三村宗一。
「来た来た来た……」
ループに入る。
先頭側に立つ犬神の身体が、90度に傾いて来る。
「これだけでもキツイってのに……!!」
後尾側の三村も90度に。
そして、180度逆さまに。
ライドに張り付いているだけで精いっぱいである。
そして、ライドがループの頂上に近づく。
「お先っ!」
180度……地面に対して逆さまの状態になった犬神が、ライドから離れる。
『い、犬神さんが飛び降りたー!?』
『まさか!! 今日の結界士は二宮さんじゃないんですよ!!』
実況が絶叫する。
ふんわりと落下する犬神を、360度ループするライドが追い越す。
「射殺せ雷神……」
犬神の右拳が電光を纏い始める。
「超加速!」
犬神の落下予想地点から、三村が離脱する。
「甘いで三村君! 逃げれたと思たか!?」
「来い(思ってませんよ)!!」
三村のセリフに応え。
「弾けろ閃光!」
犬神の電光が一際強い光を放つ。
三村が逃げていることなど一切気にせず、ライド中央部分に右拳を叩き付ける。
一拍遅れて。
冗談のように強力な電撃が、ライド全体を覆い尽くした。