ルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』5
ジェットコースターがゆっくりと登り始める。
これからのスリルを予感させる静寂の時間帯であり、最大の位置エネルギーを溜めるための準備期間。
慣性もGも働かない、三村宗一が唯一同等の条件で闘える時間帯なのだが……。
『三村君、動きませんね、雛鳥さん?』
『はい……。加速が始まったら、ますます不利になると思うんですけど……』
アナウンスを努めるBMP管理局員達も心配している。
「怖気づいとる……。という訳でもないんやろ、三村君?」
「いやぁ。案外、そうかもしれないっすよー」
軽口で返す三村。
<いいですか、三村さん>
脳裏に響くのは、予め賢崎藍華から教わっていた作戦。
<最初の上り坂では絶対に仕掛けないでください。実力差は歴然なんですから、対等な条件で闘えたところで、全く有利にはなりません>
一言一句違えず脳内再生できるくらい、脳みそに刻み込んでいる。
「ウチから仕掛けるのは、がっついとると思われるし……。スピードが出る前に勝負が付くのは寒すぎるなぁ……」
開幕と同時に三村が仕掛けてくると思っていた犬神彰は、困ったように腕組みをして唸っている。
<犬神さんは他のメンバーと違って、ある意味一番普通の女性です。おそらく空気を読みます>
(こんだけ人集めたイベントで秒殺なんてイベンター涙目だからな……)
<とはいえ、実力差が歴然な以上、引き伸ばすのも不自然だし見苦しいものです>
(俺が力場展開できるかどうか分からない状態なら、なおさら)
<ファーストアタックは、落下が始まってスピードに乗った瞬間。遊びなしで来ます>
(このジェットコースターの加速の癖とタイミングは完全に把握している)
<うまくいけば、これで決まります>
☆☆☆☆☆☆☆
「三村、ひょっとしてカウンターを狙ってるのか……?」
と、俺が何気なく呟いた一言に、賢崎さんが目を丸くした。
「どうして、そう思うんです?」
「いや、それ以外に上り坂の途中で仕掛けない理由が分からないし……」
という俺の答えに、賢崎さんがますます疑問符を浮かべる。
「怖気づいている、とは考えないんですか?」
「それはないよ」
俺は断言した。
「男同士、というやつですか……。少し妬けますね」
「三村の場合、怖気づいたら、まず突進する。というか、その前にジェットコースターに乗ってない」
「すみません。前言撤回です。全然妬けません」
賢崎さんが何故か落胆している!?
「まぁ、とにかく正解です。本来なら、簡単に見抜かれてしまう作戦なんですけど」
「?」
「犬神さんは今、三村さんのことを見ていません。お客さんの反応とか、イベントの成功とか、そういうことをメインに考えています」
「意外に常識人なのか……」
「非常識ですよ」
「え?」
断定的な賢崎さんの言葉に、少し驚く。
「いくら格下相手でも、いくらエキシビジョンでも、これはれっきとした闘いです。対戦相手のことを第一に考えないなんて、ありえません」
「それは確かに……」
「元々のムラッ気と……。ライバルが居ない期間が長すぎましたね。今回のルーキーズマッチで、私の次に難易度の低い対戦かもしれません」
「そりゃ、賢崎さんは超楽勝だろうけど……」
「体当たりするだけの簡単なお仕事です。確率は20パーセント程度ですが」
と、賢崎さんは自分の眼鏡をいじる。
「三村さんに運があるなら……これで決まりますよ」
☆☆☆☆☆☆☆
ライドが頂点に達し、位置エネルギーが最大になる。
先頭側に立つ犬神彰と後尾側に立つ三村宗一の高さが等しくなる。
一瞬の静止の後。
落ちる。
「…………電速!」
瞬間的に達した最高速に逆らうように、犬神彰の身体がライドを駆け上がってくる。
電光を纏って高速で接近する物体は『紫電の脅威』の異名の通り、恐怖以外の何物でもない。
だが。
「超加速……」
三村は、ライドの速度を借りるように……。
犬神彰に向かって『落ちる』!
「なっ……」
「迎撃式猪突猛進!」
最高速に達しないと使えない猪突猛進の改良型。
相手の速度を利用して放つ迎撃攻撃。
「っ……!」
「ぎっ!」
青い光に包まれた三村の右拳と、打ち込まれた犬神の腹部の間で、激しい火花が散る。
カウンターを取ったのに力負けした三村が、ライドの表面に叩き付けられる。
が。
「……!!」
犬神彰の身体は宙に浮いた。
もともと三村はダメージを与えようなどとは考えていない。
狙いは最初からリングアウト。
『あ……』
『まさか……』
実況を努める志藤と雛鳥も完全に不意を突かれる。
もちろん、観客も。
急降下するライドから犬神は投げ出され。
空中で一瞬静止したように見え。
落下が始まる直前。
犬神の脚とライドの間が、電撃で結ばれる。
「!?」
次の瞬間。
磁力によって引き寄せられるかのように、犬神彰の身体がライドの上に戻ってくる。
「な……!」
「あっぶなー……」
☆☆☆☆☆☆☆
『な……なんでしょうか今のは! なんでしょうか今のは!! 三村君も凄かったけど、その後の犬神さんの何あれ結城ちゃん!!』
『力場の展開です!! 下方向に力場を展開して……三村君も同じ方法でライドから落ちずにこらえてるんですけど。犬神さんのは、全然レベルが違います!!』
実況と解説のお二人が興奮している。
無理もない。
犬神さんの身体は、完全にライドの外に出ていたのに……。
「三村さんには少し驚きましたが……」
「やっぱ、彰ねえさん凄ぇ……」
ハカセとガッツが口をぽかんと開けて見入っている。
「リングアウトは無理か……」
「そんなことないですよ」
と、俺の感想に賢崎さんが反論してくる。
「あと50センチ遠くに飛ばしていれば、力場の展開が間に合わなかったはずです」
「そ……そうなの?」
「最高のタイミングだったのに……。20パーセントの確率を掴めないとは、報われない人です……」
賢崎さんが若干お怒りである。
しかし、20パーセントということは、5回に4回は失敗するということで。
「まぁ、いいでしょう。せっかく色々仕込んだんですから、披露させてくれる機会が増えただけのことです」
くふふ、と笑いながら言う魔女さんは、味方になると頼もしいことこの上ない。
……若干、死亡フラグのような気もするが。