ルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』3
「ゆ、ユウト……!」
「明日香、来い!」
明日香を少し乱暴に抱き寄せる。
大丈夫、間に合う!
「劣化複写・超加速!」
《あ、アホ!!》
あ……。
超加速が発動しない……。
俺は今、BMP能力が使えない!!
倒れてくるオブジェは、もうすぐそこに……!!
「離れろ、明日香!!」
「あ……!」
反射的に明日香を突き飛ばす。
俺は……間に合わないか?
《悠斗!》
まさか、こんな形で。
俺……。
「まったく……。無茶をする男だ」
「へ?」
艶っぽい吐息とともに、覚えのある匂いに包まれる。
しなやかな腕が後ろから胴に回され。
跳躍。
「え、え?」
「はれ!?」
少し間の抜けた声を出す明日香が、空中でもう一つの腕に包まれる。
俺と明日香は、それぞれ何者かの左腕と右腕で抱かれたまま、宙を舞う。
本当に空を飛んでいるかのような錯覚を生じる程に滞空時間の長い跳躍。
何者かは俺たち二人を抱えたまま飛んで、着地。
直後にオブジェが地面に衝突した轟音。
「……っ」
俺達は宙に浮かんだまま、耳を塞ぐ。
耳を塞げなかっただろう背後の何者かは、轟音を特に気にした風もなく、俺達を地面に下ろす。
そして……。
「災難だったな、澄空君」
「て……天竜院先輩」
爆風で揺れるポニーテールが竜の尾に見える程に凛々しく。
なのに、重力で破壊的なまでに胸が揺れる。
我が新月学園の誇る風紀委員長、天竜院透子先輩だった。
「とっさに彼女だけを助けようとしたのは立派だが、ギリギリ二人とも助かるタイミングだったぞ。当然のように自己犠牲を選ぶな」
「そ、そんなつもりはないんですが……」
「つもりがないならなおさらだ。少しは『危うい』と言った意味が分かったか?」
「…………」
分かったような気もしないでもないですが……。
「ちょ、ちょっと……」
姉御が袖を引っ張ってくる。
「だ……誰? このイケメン……? いや、美人……? と、とにかく凛々しいこの人は!?」
「うちの風紀委員長の天竜院透子先輩だよ」
頬を染めて聞いて来る姉御に、天竜院先輩を紹介する。
「て……『天竜』……」
「ほぅ。私のことを知っているのか?」
「し……知らない訳ないじゃないですか! 天竜院流開祖以来と言われた神童で、もう一人のブレードウエポン……。城守蓮の再来って言われてる超有名人じゃないですか!! 貴方を知らないなんて、モグリどころかただの世間知らずです!!」
「…………」
興奮して訴える姉御の横で、天竜院先輩のことをあまり良く知らないモグリで世間知らずな俺は黙ることにした。
「まぁ、私のことはいいが……。それより、二人とも怪我はないか?」
「は、はい! 全然ありません!」
「俺も全く……」
姉御に続いて、俺も答える。
怪我がないどころか、着地の瞬間に衝撃すら感じなかった(※別に胸がクッションになったとか、そういうオチではない)。
BMP能力を使った気配もないし、このナイスバディのどこにこんな力があるんだ……?
「ん……? ふ。まぁ、鍛えているからな」
俺の視線に気づいたのか、天竜院先輩が二の腕を見せる。
引き締まってはいるが、決して太くはない。
麗華さんと同じく、この腕のどこからあんなパワーが出てくるのかさっぱり分からない。
というか、天竜院先輩の二の腕、色っぽい。
イケメンなのか美人なのかはっきりしてくれないと、反応に非常に困る。
「ん? ひょっとして、私を雇いたくなったか?」
俺の視線を勘違いしたのか(※正確に理解されても困るが)、天竜院先輩が聞いて来る。
「いや、それは……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
姉御が口を挟む。
「『天竜』を雇うだなんて……。大企業の社長や、政治家でもなかなか雇えないはずなのに……。それに、天竜院さんは、在学中は基本的に護衛業務をしない、って言っていたと聞いています」
「ほんとに良く知っているな……。君は……?」
「は、はい! 鏡明日香と言います!」
背筋をピンと伸ばして姉御が返事をする。
どうしようもないとは思うが、ここまで俺との反応に差があると、若干悲しくなるのはどうしようもない。
「明日香君。彼は、大事な人物なんだ」
「だ、大事……?」
「そして危うくもある。『天竜』として、たまたま近くにいる私が守ろうと思うのは、自然だろう?」
「????」
……まずい。姉御がかなり混乱している。
天竜院先輩には悪いけど、ここは一旦お別れした方がいい。
……と思っていると。
「おっとすまない。そういえば、風紀委員の皆と待ち合わせをしているんだった。遅れると悪いから、これで失礼する」
天竜院先輩の方から、そう切り出してきた。
「あ、あの!!」
が、姉御が引き留める。
「ん?」
「そ、その……。命の危険を冒してまで、私まで助けてくれて……。あ、ありがとうございます!!」
深々と頭を下げる。
と。
「え?」
天竜院先輩が、明日香の頭をぽんぽんと叩く。
「気にするな。鉄柱如きで天竜は潰れんよ」
「……っ!」
「この程度なら、通常業務にも入らん。それでも、恩義を感じてくれるというのなら、彼を見ていてやってくれ。見た目に反して、危なっかしい男だ」
爽やかに言い残し天竜院先輩は去っていく。
男前すぎて、頭がくらっとする。でも、胸は大きい。
「うううぅぅう……」
姉御が奇妙な唸り声を発し始める。
「姉御?」
「素敵過ぎぃ……」
トロンとした目で、天竜院先輩の去った方向を見つめている。
「賢崎さんや剣さんも素敵だったけど、天竜院さん最高ぉ……。なんで、こんなボンクラに、あんな素敵な人が構うのかしら……」
「ボンクラはないだろ……」
まぁ、否定はしないが。
でも文句は言う。
「格好いいし、美人だし、強いし、優しいし……。私も、あんな女性になりたかったなぁ」
「過去形はおかしいだろ?」
姉御にはまだまだ時間がある。
なれないと決めつける必要はどこにもない。
とりあえず外見だけは超級に可愛いわけだし。
……って、この手のセリフはまずいな。姉御の毒舌スイッチを入れてしまう。
と、思っていると。
なぜか。
「うん。ま、ね」
姉御は、少し悲しそうにそう言った。