ルーキーズマッチ『三村宗一vs犬神彰』2
新月テーマパーク『アミューズメントエリア』ジェットコースター前。
澄空悠斗達が視認できる場所。
「ミーシャ。あれ、どうやるの?」
「やめときなさい。後で麗華さんに返した時に、死ぬほど怒られるわよ」
「別に悠斗君にやるなんて言ってないでしょ」
澄空悠斗達のやりとりを見ながら会話をしているのは、二体の幻影獣。
「だいたい……。ゲームが終盤なのは分かるけど、こんな時にまで悪だくみする必要があるのかな? 普通に悠斗君と宗一君の応援したかったんだけど……」
「悪だくみが終わったら、好きなだけ応援してきなさいな」
と、ミーシャ・ラインアウトが一振りの剣を出現させる。
「幻影剣。私の切り札よ」
「た……確かに、見てるだけでゾクゾクするよ」
「安心して。ちゃんをあんたを斬ることもできるわ」
「ど、どこに安心する要素があるのかな……?」
小野倉太が怯える。
ミーシャの迷宮は小野の眼から見ても恐ろしいBMP能力だが、この幻影剣は、さらに一段質が違う。
幻影の癖に存在感があるのだ。
まるで、現実に存在する剣であるかのように。
「『質量ある幻』ってやつ?」
「『質量があるように感じられる幻』ね。ほら」
と、近くに建つ円柱型のオブジェに幻影剣で斬り付ける。
が、まさに幻のように、剣は柱をすり抜ける。
「物は斬れないわ。精神のみを攻撃するのは、通常の迷宮と同じ。ただ、これで精神を斬ると肉体の方も同じくらい破壊されるけどね」
「剣さんのフラガラックの強化版みたいな感じ?」
「超強化版ね。この剣は相手の剣をすり抜けるけど、相手の剣はこちらの剣をすり抜けられないのよ」
慣れた手つきで幻影剣を振り回しながら、語るミーシャ。
ちなみに、一応捕捉しておくと、迷宮で周りの観客に『こちらを向けない』ようにしているので、銃刀法で訴えられる心配はない。
「? どんな理由で?」
「使い手の『精神』が『止められた』と感じて、勝手に止める。『質量があると感じられる』ということは、精神を持つ者にとっては、これは本物と同じなのよ。『物』に触れることはできないけどね」
鏡明日香たちの方を見ながら言うミーシャ。
「という訳で、これはあんたがやりなさい」
20メートルはあろうかという縦長のオブジェをコンコンと叩く。
「やる、って?」
「方向はあの辺。タイミングは私が指示するわ」
「……悠斗君が無駄に傷つくのは御免なんだけど。今、BMP能力が使えないんだよ?」
「もしもの時は、あんたが助ければいいじゃない?」
というミーシャの一言に、小野がポンと手を打つ。
「それは……かなり好感度上がるんじゃないか!?」
「上がるんじゃないかしら?」
「ありがとう、ミーシャ!! 僕は今まで君のことを無駄に色気があるだけの陰湿根暗女だと思ってたけど、取り消すよ!!」
「……後で殺してあげるから、とりあえず準備しなさいな……」
☆☆☆☆☆☆☆
「ねぇ、ユウト。飲み物があったほうがいいんじゃないかしら」
と、姉御が突然言い出した。
「まぁ、喉は乾くかな……」
のどが渇くくらいまで、三村の戦闘がもってくれればいいんだけど……。
「私が買いに行くわ」
「あ……姉御が?」
「何よ。意外だとでも言うの」
「いや……」
滅茶苦茶意外だ。
「BMPハンターの皆さんにパシらせる訳にいかないでしょうが。私とあんたで行くのよ。犬神さんの闘いなんか見たって、あんたは実戦での参考になんかできないでしょ」
「ちょっと待って」
「え?」
そりゃまぁ、と言おうとしたところに、麗華さんの声が被る。
心なしか表情が険しい。
「あ、あの……。何か気に障ることしましたでしょうか……?」
姉御も若干怯えている。
って、これはやばいかも……!
『れ……麗華さん……!!』
と、視線で合図を飛ばしてみる。
『……』
が、麗華さんの表情は変わらない。
『今はまずいんだ。いや、まずくないかもしれないけど、まずいかもしれない』
『……』
『賢崎さんのせいで、今とても微妙な情勢なんだ。できたら、この場で俺が本物だってばらしたくない』
『……』
『俺のことなら気にしなくていいから、ちょっと軽んじられたくらいで怒るほど沸点低くない』
『……』
『えと、麗華さん……?』
『……』
麗華さんの表情は変わらない。
そして思う。
三村とは気持ち悪いほどアイコンタクトできるのに、麗華さんに通じないのはなんでやねん、と。
……が。
「……何でもない。私はアイスコーヒーでいい」
言って、ぷいっと向こうを向く麗華さん。
……通じたのかな?
☆☆☆☆☆☆☆
「そっちじゃないわよ、こっち」
ぐいっと小野の頭を握って向きを変えるミーシャ。
「い、いやでも。何かあの二人、最近急接近しすぎじゃないかな?」
「好き合ってるのは明らかだし、時間の問題でしょ? どう見ても」
「ちぃ……。悠斗君が幸せになるのが嬉しいやら悔しいやら……」
「いいからゲームに集中しなさい。方向はこっち」
ぐぐいと小野を向けさせるミーシャ。
「余計な人間を巻き込んだら意味がなくなる……。タイミングはシビアよ」
「まぁ、その辺はまかせてくれたらいいけど……。ミーシャが人間達を離れさせてくれたらいいんじゃないの?」
「あまり派手にやると、魔女さんの眼が怖いのよ」
「……なるほど」
小野の顔から笑みが消える。
月を模ったオブジェに手を添える。
二体の見つめる集団から、二人が離れる。
向かう先は、売店。
狙うポイントは、二つの地点の中間付近。
人間達の密度が薄い場所。
これだけの人間の動きは、たとえAランク幻影獣でも予測できない。
ただ、一体。迷宮の使い手を除いては……。
「やりなさい、ソータ」
「避けてよ、悠斗君」
超重量の一撃が、オブジェの根元を撃つ。
☆☆☆☆☆☆☆
「ねぇ、ユウト」
と、麗華さん達から離れてしばらく歩いた頃、姉御が声を掛けてきた。
「剣さんとはどういう関係なの?」
「え?」
「さっきの様子はちょっと普通じゃなかった。久しぶりに恐怖を感じたわよ」
「いやいや、あのくらい怒った内に入らないよ」
事実を持って返答とする。
命の危険を感じ出してからが本番である。
「剣さんだけじゃないわよ。賢崎さんもエリカさんも三村さん達も……」
「……」
「別にBMP能力者じゃないといけないなんて言うつもりはないけど……」
「…………」
「どうして、BMP能力も使えないのに、特別扱いされてるの?」
「…………そうだな」
ほんとに使えなくなれば。
そんなことはないことが証明されるかもな。
「……ユウト?」
「澄空悠斗と同姓同名だから気が合ったんだよ」
「え?」
チクリとした胸の痛みを感じたような気がしたが。
俺は続ける。
「トップランカーと言っても、麗華さんも、け……藍華も、もちろん三村達も。あんまり一般人と変わらないさ。気が合えば仲良くする。BMP能力がなきゃだめなんてことはない」
……そうだといいなと思う。
「じゃあ……」
「ん?」
「私でも……BMP能力者の人達と仲良くなれるかな?」
「? もうなってるじゃないか?」
変わったこと言う子だな……?
「あ……」
「ん?」
「そ、か」
と。
ほんの一瞬だけど。
姉御が笑ったような気がした。
それは、いつもの芝居がかった笑顔とは少し違っていて。
俺は……。
「ユウト。こんなところで性犯罪に及ぶつもりなら、全力で叫ぶわよ。あと噛む」
……一瞬で、凹まされる。
「俺はロリコンじゃない。……もちろん性犯罪者でもない」
「ロリコンはみんなそう言うのよ」
「言わないと思うぞ……」
……まぁいい。
この手の問答は続けるほど泥沼にはまるのは、昨夜の麗華さんとの一件で証明済みだ。
最善の手は、話を逸らすこと。
「しかし、9本はつらいなぁ。俺、みんなの注文覚えてられるかな?」
「私が覚えてるから安心なさいな。あと、9本じゃなくて8本よ」
「え?」
あれ?
三村はいらないとして、俺・麗華さん・峰・エリカ・賢崎さん・姉御・ハカセ・ガッツ・エール、で9本じゃないか?
「私は要らないわ」
「? なんで? 始まったら買いに行く余裕なんてなくなるし、結構喉渇くぞ?」
「要らないのよ」
「?」
その答えが妙に気になった俺は、さらに質問しようとして……。
「ユウト!!」
「!!」
姉御の声で背後を振り返る。
信じがたいことだが。
振り返った俺の目に映ったのは、こちらに向けて倒れてくる長大なオブジェ。




