うかつに印鑑を貸したりしてはいけません
「悠斗君は審査会でも大人気ですから、新しいBMP能力の名前なんて、委員の皆さん凄く付けたがっています。好きな名前にしたいなら、最初から漢字だけの名称にした方がいいですよ」
「そうは言っても……」
あの戦闘時のノリで付けた名前なんて、今さら新しく付け直す気にもならないんだが……。
「私も、新しい名前は考えられませんね」
会話に割り込んでくる賢崎さん。
「明確な規則違反という訳でもないし、最近でも認められた事例もあります。委員に知り合いもいますし、何とかなるでしょう」
「いや、ちょっと待って」
「はい?」
「圧力かけるってこと?」
「かけませんよ」
(※伊達)眼鏡をいじりながら、しれっと答える賢崎さん。
「一応仮にも賢崎の後継者が付けた名前を変えようなんて意見が出れば、反対する委員もいるというだけの話です。私は淑女ですから、直接的な圧力なんてかけません」
「…………」
間接的な圧力ならかける気満々のようだが……。
「まぁ、いいか」
考えるのをやめにした。
「やっぱり、この名前でお願いします」
「いいんですか?」
「はい」
もう二度と使えない可能性の高い大技がどんな名前で登録されようと、大した問題じゃない。
そうして、清々しい気持ちで会議室を後にしようとすると。
「待ってクダサイです、悠斗さん……」
消え入るような声で、エリカが呼びかけてきた。
「まだ全然終わっテないんデス……」
「へ?」
と見ると、確かにまだ3分の1くらいしか書けていない。
……というか。
「多い……」
思わず呟く。
さきほどまで俺が書いていた『BMP能力追加登録申請書』とは比べ物にならないくらい、記載項目も記載内容も多い。
やたら難解な用語が多いし、とても同じ組織の申請書とは思えん。
「最初にしっかり書いているから、『BMP能力追加登録申請書』は記載内容が簡潔なんですよ」
志藤さんが説明してくる。
「ちなみに、チームの登録申請書も、同じくらい多いですよ」
「う……」
一瞬、『やっぱり今のうちに申請しておこうか』と悪魔に囁かれたのは秘密だ。
「まぁ、個人の登録書も書けたんだし、時間をかければ書けないことは……」
と。
「書けないことは…………」
とても奇妙なことに気がつく。
「どうしたんだ、澄空?」
「いや、俺、個人のハンター登録申請書を書いた覚えがない」
「「え?」」
三村の問いに答えた俺の返事に、麗華さんと賢崎さんを除く仲間たちが驚きの声を上げる。
良く覚えていない、とかいうレベルではない。
はっきりきっぱり自信を持って、『書いていない』。
というか、申請用紙自体『見たことがない』。
「ひょっとして! これは平行世界からの干渉で!! 対象特異点近くの人物の記憶が強制的に……痛っ!」
「美琴ちゃん。仕事中に厨二はしない約束」
雛鳥さんがクールに志藤さんをゲンコツで制裁する。
そして、書類入れから用紙を取り出す。
「悠斗君のハンター登録申請書はこれです」
と雛鳥さんが差し出した用紙を見る。
凝視するまでもない。
几帳面で洗練された文字は、どう見ても俺の字ではない。
「城守局長が書きました」
「……そ、そんなことしていいもんなんですか?」
「実は違反行為です。内緒にしておいてください」
「…………」
き、聞かなきゃ良かった。
BMPハンターは強さのみならず、社会の規範となる存在(※緋色先生談)。
そのなかでも、トップランカーはさらにBMPハンター全体の目標であるべき存在(※やっぱり、緋色先生談)。
その俺のハンター登録申請書が代筆とは……。
「あ、そだ。いい機会なので、これ返しておきますね」
と志藤さんから差し出されたのは、『澄空』と刻印された印鑑。
確かに、これと全く同じ文字が俺の申請用紙に押印されている。
「認印ですけどね」
「いや、認印も何も」
……俺は印鑑なんか持っていない。
作ったこともない印鑑を返されるとはこれいかに。
「どうしても押印が必要だったので、作りました」
クールな雛鳥さん。
「そんなことしていいもんなんですか……?」
「実は違反行為です。内緒にしておいてください」
「そして口止め料代わりに結城ちゃんが襲われちゃう薄い本を作ったら意外とヒット……あ、ごめん結城ちゃん。もう言わないから殴らないで」
「…………」
頭が痛くなってきた。
「城守さんともあろう人が……」
「悠斗君、分かってあげて」
麗華さんが割り込んでくる。
「色々と面倒な時期で、悠斗君の登録をどうしても急ぐ必要があったの」
「そうなの?」
「うん。いくつか国家機密が入っているけど、経緯を聞きたい?」
「いや、いいです」
さらっと国家機密を話そうとする麗華さんも、当然の如くそれを知っている麗華さんも怖い。
さすが首相の孫娘といったところなんだろうか?
「まぁ、実害はないし、俺がどうこういうつもりはもちろんないけど。……自分の認印を他人が持っていたなんて、変な気分ではあるな」
「大丈夫、悠斗君の実印は私が持っている」
「……」
「……どうしたの、悠斗君?」
「…………」
「悠斗君?」
「……麗華さん、もう一回言って」
「? 『大丈夫、悠斗君の実印は私が持っている』」
「イントネーションまで完璧に繰り返してくれてありがとう」
……で は な く て !!
「なんで! 何故、麗華さんが俺の実印を!?」
「? 悠斗君は、高校生とはいえ長者番付に載るくらいの高収入者だし、社会的地位もある。実印が必要な契約だってあるよ?」
「いや、そういう問題ではなく!! いや、そういう問題でもあるけど!!」
もっと根本的に!!
「本人確認とか、どこ行った!?」
「おじい様に預かったから、取得の経緯は良く分からない」
「!!」
そうだった。
麗華さんがそんなことをするはずがない。
あのおじい様がすんなり俺と麗華さんの同居を認めるわけはないと思っていたが……。
ひょっとして、これは保険のつもりなのか?
だとすると、その実印を取り返すためには、先におじい様と話をつける必要が……。
「……いや」
それは無理だな。うん、無理だ。
まぁ、いいだろう。
物理的な命の他に、社会的な命を預けただけの話だ。
麗華さんなら、大丈夫。
……大丈夫だよな?
俺が麗華さんを信じようとしていると、ノックの音が響く。
志藤さんの、どうぞ、とともに扉が開くと、城守さんが立っていた。
「お久しぶりです、悠斗君」
「こちらこそ。御無沙汰しています、城守さん」
眼鏡をかけた理知的な美青年に挨拶する俺。
そう、この人こそ、歴代最強ブレードウエポンにしてBMP管理局長という超重要人物、城守蓮さんなのである。
……しかし、まぁイケメンである。
強くて優秀でイケメンとは、この世界の神様は、つくづく二物も三物も与えるのが好きらしい。
そういえば、同じブレードウエポンのあの人も……。
「……」
「どうしました、悠斗君?」
「あ、いえ……」
天竜院先輩の暴力的な胸……もとい圧倒的な存在感を思い出しながら考える。
城守さんは彼女以上の実力者な訳だが。
「あの、城守さんってあまり強そうに見えないんですけど」
「はい?」
「やっぱり、強さが分からないくらい実力差があるってことでしょうか?」
気になったので率直に聞いてみる。
すると、城守さんが上品に笑い出した。
「誰と比較して言っているのかは知りませんが、そんなことはないですよ」
「そうなんですか?」
「その人なりのスタイルというやつです。私だって、強そうに見せることもできるんですよ」
「技術的な問題なんですか?」
「そういうことです。むしろ、それを知らないまま、そこまで強い悠斗君の方がよっぽど異常な訳ですが……」
と、城守さんが俺の全身を凝視する。
「『絶望の幻影獣』を倒しただけのことはある……。また一段階、強さの階段を上がった感じですね」
「そうですかね?」
自分で見ても良く分からんが。
「はい。今、悠斗君のBMP能力が使えなくて良かったですよ。思わず妖刀・村正を取りに行きそうになるところでした」
「物騒なことを言わないでください」
「いや、そうやって自制が聞かなくなるくらい悠斗君の強さは魅力的だということです。我々が男女なら、確実に恋に落ちていますね」
「もっと物騒なことを言わないでください」
「全面的に同意です、城守さん」
「小野君も怖いこと言わないように」
いきなり喰い付いて来た小野にも釘を差す。
しかし、小野も良く分からない奴だよな。
まさか、本当にソッチの人ってことはないと思うんだが……。
あ、そだ。
わざわざ局長さんに頼むほどのことでもないが、これも会話のついでだ。
「城守さん、少しお願いがあるんですが」
「はい。何でしょうか?」
「ルーキーズマッチのチケット、4枚ほど用立てていただけないでしょうか?」
「それはもちろん構いませんが、確か新月学園の生徒には無償配布されるはずですが?」
「いえ、学外の友人を呼ぼうと思いまして」
と言った途端、城守さんの顔が青ざめた。
「い、今、なんと言いましたか?」
「が、学外の友人を呼ぼうと思ったんですが……。な、なんかまずいんですか? 確かに、まだ小学生の四人組なんですけど」
そこまで閉鎖的なイベントではないと思ってたんだけど。
と、城守さんは落ち着きを取り戻すかのように腕を組む。
が、その腕は小刻みに揺れている。
「悠斗君」
「は、はい」
「私は、……孤独な高校生でした」
「……は?」
今何て言った?