名前の付け方にもルールがあります
測定室でのイベントはかなりカオスな状況になったので、手短に結果だけまとめておこう。
①麗華さん、小野は普通に測定し、BMP値に変化なし。
俺は測るとバレるので賢崎さんが測らないですむようにうまくごまかしてくれたので、借り1。
むしろバラしたいところだったので、有難迷惑ではあったのだが……。
②明日香達がいる時の、俺の賢崎さんの呼び方は『藍華』となった。
せめて『藍華さん』にさせてくれと言ったら、麗華さんがとても邪悪な笑顔をしたので、やむを得ないのだ。
え、『賢崎』では駄目だったのかって……?
……先に言ってくれ。気付かなかった。
とにかく『肉体関係もない人に呼び捨てにされるなんて屈辱です』とか何とか訳の分からないことを言っていたので、とりあえず借り2。
③すっかり意気投合してしまった明日香達に、俺がルーキーズマッチのチケットを融通することになってしまった。
『こんなに可愛らしいファンが居るなんて、澄空さんは幸せ者ですね♪』という、全く嬉しくないお褒めの言葉をいただいたので、借り3。
以上である。
俺のためになることが全くないのに借り3というのは納得いかないところではあるが、姉御たちにお帰りいただけたのでとりあえずは助かった。
という訳で、今はBMPハンターチーム登録をするために、局長室をいただく管理局執務室に来ている。
本来、こんな所で登録受付をしたりはしないらしいが、いわゆる特別扱いというやつらしい。
ただ、特別に扱われたところで何かメリットがある訳でもなく、城守さん(※局長さんである)が会いたがっているということだったので、お言葉に甘えることにした。
案内されたのも応接室ではなく、執務室併設のこじんまりとした会議室。
端から、小野・峰・賢崎さん・俺・麗華さん・エリカ・三村と座り、対面には志藤さんともう一人、眼鏡を掛けた小柄な女性が座っていた。
「管理局所属、複合電算の雛鳥結城です。よろしくお願いします」
と挨拶してくるところを見ると、この人もBMP能力者らしい。
「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」
代表して挨拶を返す俺。
伊達眼鏡を掛けた人には散々な目に合わされているので、この人の眼鏡は本物だといいなと思う。
「澄空さん。言い忘れていましたが、私、ある程度の読心術ができます」
「賢崎さんが今さら何をできても驚かないので、今の心の声はなかったことにしてください」
きょとんとする志藤さん達を尻目に、しっかりと頭を下げて謝る俺。
それはともかく。
「今日はBMPハンターチームの登録とのことでしたね?」
「はい」
「メンバーはこの7人ですか?」
「はい」
「では、少々お待ちください」
雛鳥さんがもちこんだノートパソコンで何やら検索し始める。
「えーと、本郷エリカさん……ですか? どうやらBMPハンター登録されていないようですが?」
「あ、結城ちゃん。エリカさんさっきBMP120超えてたから、今から登録申請書作るつもり。新月学園に在学してるし、簡単に通るでしょ?」
「通るけど……。通るまでは、初期メンバーに名前入れられないよ?」
「あ、そっか」
と、志藤さんがこちらを向く。
「どうします、悠斗君? エリカさんは、後からメンバーに加えますか?」
「あ、それなら出直します」
「そんなあっさりと……いいんですか? 結構手続き面倒くさいですよ」
「はい」
迷いなく答える俺。
「あノ……。私は後からデモいいデスけど……」
「いや、俺達が一緒に入って欲しいんだよ」
「あ、アリガトです……」
申し訳なさそうに俯くエリカ。
と。
『なにナチュラルに口説いてんだテメエ』的な視線が三村から飛んでくる。
『俺達って言っただろうが。口説いてねぇよ』的な視線を負けじと返す。
『じゃあ俺に言わせろよ。誰が言ってもいい上にエリカの好感度が上がるセリフ取るんじゃねぇ』的な視線が三村から返ってくる。
『滅茶苦茶俺に向かって話しかけられてたから仕方ないだろ。というか今気が付いたけどチーム名決めてなかったよな確か』的な視線を改めて返す。
『最初からそっちの理由で断れ。無意味に好感度メーターをいじるな』的な視線を三村から受ける。
そして気が付く。
視線だけでこれだけ意思が通じ合う俺達、ちょっと気持ち悪い、と。
まぁ、何はともあれ、志藤さんがエリカに付いてハンター登録申請書を作成することになった。
「申請書だけでも作成しておきます? エリカさんのハンター登録後、すぐチーム登録できますけど」
手持無沙汰になった俺に雛鳥さんが聞いてくる。
「いや、実はまだチーム名が決まってないんですよ」
「? 『ミスリルソード』にするんじゃないんですか? 確かに澄空さんの家では最終結論は出ませんでしたけど」
意外な顔をする賢崎さん。
ここまで来た以上、当然俺が決断しているものだと思っていたんだろう。
しかし、世の中には、悩んでいたことすら忘れる猛者がいることを知るがいい。
……いや、冗談はさておいて。
「『ミスリルソード』って、どう考えてもクリスタルランスを意識してるだろ?」
「いいと思いますけど。十分、ライバルたりえる陣容だと思いますけど?」
賢崎さんの言うとおり。
ソード・ナックル・ハンマーとトリプルウエポンの揃った我がチームは、クリスタルランスと比べても決して引けはとらない。
だから、そういう理由ではなく。
「もっとクリスタルランスのことが好きな連中も居るんじゃないかと思っただけだよ」
ふと、明日香達のことが頭に浮かんだのである。
「……澄空さん」
「ん」
「ロリコンに目覚めたのなら、はっきりおっしゃってください」
「賢崎さん。いい加減にしてくれないと、本気で俺がMに目覚めそうだ」
無駄かもしれないが、一応賢崎さんを脅しておく。
「ところで悠斗君」
と、雛鳥さんが声を掛けてくる。
「はい、何ですか?」
「この間のレオとの闘いで、発展継承という新たなBMP能力に目覚めたと報告があったのですが」
「あ、はい。確かにそうですけど……。融合進化中限定のBMP能力ですよ?」
「それでも一応、規則は規則ですので」
と、雛鳥さんが何やら用紙を差し出してくる。
『BMP能力追加登録申請書』と書かれている。
「BMPハンター登録申請後に、新たなBMP能力が発現した場合に記載する用紙です。滅多にないことなので、実は私もここに勤め始めてから初めて見るのですが……」
と、申請書を指示しながら説明してくれる。
記載内容自体は非常にシンプル。
BMP能力の名称と概要を書き込むだけのようだ。
概要はすでに雛鳥さんがまとめてくれていたらしいし。
後は書き込むだけなのだが……。
「あの……?」
「はい。どうかしましたか?」
「名前の記載欄が二つあるんですけど……」
困惑しながら聞いてみる。
「ひょっとしてご存じないのですか?」
「え?」
「そこは我が国用の名前と同盟国用の名前と二つを書くんですよ」
「??」
「ですから、我が国用の名前が『発展継承』、同盟国用の名前が『イノベーション』です」
「……」
「あの……?」
「…………」
「どうかしましたか?」
「い、いえ……」
衝撃の事実に固まってました。
というか。
「あのカタカナって読み方じゃないんですか!?」
「? どう見ても翻訳にはなっていない能力名もあると思うんですが」
「い、いや……俺も翻訳だとは思ってなかったんですけど……」
と麗華さん達を見ると、皆とても優しい顔をしていた。
どうやらこれは、初歩的過ぎて高校に入る前には知っているべきことのようだ。
小学生以前の記憶が曖昧な俺が知らなくても無理はない(※ということにしておこう)。
しかし、これは……。
「俺は今度から、どちらの能力名を叫べばいいんだ……?」
「別に叫ばなくてもいいんですよ?」
……確かに。
というか、そもそも俺は今までどちらの能力名を叫んでいたのだろうか?
今となってはそれは誰にも分からない(※ということにしておこう)。
なにはともあれ、発展継承についての申請内容を書き終える。
「まだですよ、悠斗君」
「?」
「発展継承で強化後のBMP能力も全部書いてください」
「え、絶対加速とか、全部ですか?」
「幻想剣系は、技のヴァリエーションということになるでしょうから必要ないと思います」
「じゃあ、三つか……」
『あらそうだったんですか』という賢崎さんの声を聞きながら、なるべく丁寧に書いていく。
技名はともかく、概要を書くのが少し面倒だ。
絶対加速、爆撃領域。それから……。
「待ってください、悠斗君」
勇気の咆哮を書こうとしたところで止められた。
「『の』を入れるのは止めた方がいいです」
そして訳の分からないことを言われた。
「?」
「悠斗君。これは『申請書』だからして、これに書かれた記載事項は一応『審査』される訳ですが」
と、雛鳥さんが自分の眼鏡をいじりながら言ってくる。
「我が国側の審査会では、ひらがなやカタカナの入った名称は通りにくいんです」
「??」
なんですと?
でも……
「そういや、漢字だけで構成された能力名しか見たことないような……」
「どこにもそんな規則は書いていないし、絶対に通らない訳でもないんですが、どういう訳か慣習的に通りにくいんです。たぶん審査会の人達自身も理由が分かっていないと思うんですけど」
「…………」
なんだそれは?
と、俺が頭を捻っていると。
「補足しますね、澄空さん」
我がチームの誇る参謀、ナックルウエポンさんが補足を始めてくれる。
「登録制度が始まってしばらくは、たまたま漢字のみで構成されたBMP能力名が多く登録されまして、ひらがなやカタカナが入った名称は異端だったんです。そのせいで、『登録しない』……いわゆるアウトローな方々が自分のBMP能力名にひらがなやカタカナを使いだして……」
「……」
「今ではすっかり『漢字以外を使用している名称はアウトロー的』という印象が付いてしまっているという訳です。なかなか感慨深い話ですよね」
「えーと……」
あんまり感慨深くなかった。
……というか。
「それ知っていたのに、なぜ賢崎さんは、『勇気の咆哮』なんて名称を付けたんだ?」
「言いがかりは止めてください。あの技は、私と澄空さんとお義兄さんの三人で決めたんじゃないですか」
……そういや、そうだった。そして誰がお義兄さんだ。