疑問『恋愛の定義』
俺と麗華さんの夕食はカレーが多い。
なぜなら、俺がカレーとチャーハンしか作れないから。
ただ、最近はスーパーで色々な惣菜を買うこともできる。
なので、少し気を使えば、そこそこまともな食生活を送ることは可能である。
しかし、俺はともかく、麗華さんのお肌とかは心配だ。
吹き出物とか出させてしまっては、おじい様に申し訳ない。
……やっぱり、料理上手なお手伝いさんとかいると助かるよなぁ。
「どうしたの、悠斗君?」
野菜スティックをカリカリ食べながら麗華さんが聞いてくる。
「麗華さんって、御付きのメイドさんとか居ないの?」
聞いてみる。
この人は、超絶美少女兼お嬢様だからして、メイドくらいいてもおかしくないと思うんだけど。
「実家には居るけど、ここまで連れてきたりはしてない」
「……そりゃそうですよね」
「昔は、とーこ姉がそんな感じだったけど……」
「え?」
「欲しいの、悠斗君?」
野菜スティックを飲み込み、小首を傾げながら聞いてくる麗華さん。
化粧一つしない(※ほんとにしないんだ、これが)肌は、怖いくらいに綺麗で。
シミとか作らせてしまうと、おじい様に確実に殺されるだろう。
……近いうちにおじい様に相談しよう。予め相談しておくと、罪が軽くなるに違いない。
それはともかく。
「三村、大丈夫かな?」
「確かに、青い顔をしてた」
「体調的なものだけじゃないよね、あれ?」
何か、『知らなくていいことを知ってしまった』とか『究極の選択を迫られている』的な感じの顔だったんだけど……。
途中でリタイアした俺が言うのもなんだけど、あの特訓、本当に大丈夫なんだろうか?
「賢崎一族は歴史があるから……。神一族ほどじゃなくても、危険な裏技を結構持ってる」
「……マジで?」
「ナックルウエポンの自律機動。あれだって、本当は結構危険な技」
「へ?」
自律機動?
『アイズオブフォアサイト(EOF)の予測に従って動きを最適化する』んだよな?
どこが危険?
「『身体能力が強化されない』はずなのに、ナックルウエポンが何故か人間離れした動きをするのを見たことがない?」
「え? ……あ!」
……EXアーツ!?
「あと、『干渉攻撃倍率があるにしても』、十倍どころじゃない攻撃力を見たことは?」
「確かに……」
ある。
なんせ賢崎さんだし、で納得してはいたのだが……。
「私も詳しくは知らないんだけど、あれは『自分が到達する全ての可能性の中での最善の状態』を借りるという技術なの」
「は?」
「未来の前借り、というところかな」
「いやいやいやいや。それは、いくらなんでも……」
手を横に振りながら、突っ込む俺。
BMP能力は、確かになんでもありだけど、そんな格闘ゲームの裏設定じゃないんだから……。
「もちろん代償は大きい。普通なら、あんなに平然と使える技じゃない」
「…………」
「でもナックルウエポンは、『借りる』のを一瞬だけにして、なおかつ武術と組み合わせることによって、通常の技として使うことを可能にしてる」
「…………マジで?」
「良く注意して観察してみるといい。攻撃のほんの一瞬だけ、気配が別人のように代わる瞬間がある」
「…………」
「才能や発想の転換だけじゃどうにもできない。ナックルウエポンの執念が生んだ神業なんだと思う」
「……凄ぇ」
改めて思う。
あの人がほんとに凄いのは、頭脳や能力じゃない。
……20回に1回が最初に来ただけだとはいえ、俺ほんとに良く勝てたよな。
「悠斗君、変なことを言ってもいいかな?」
「ん? 別にいいけど」
なんだろ?
「私、レオとの闘いで悠斗君と離ればなれになった時、ナックルウエポンと悠斗君が闘ってるんじゃないかと思ったの」
「ぶっ!」
口にわずかに含んでいた麦茶を吐き出す俺。
「笑われるかもしれないけど、ナックルウエポンはそういう思考をする女性なの。私には分かる」
「お、俺が麗華さんのことを笑う訳ないじゃないか……」
乾いた笑いを浮かべながら答える。
そう。
実は賢崎さんとバトルになったことは誰にも話していない。
隠し事はどうかと思うんだが、麗華さんは賢崎さんには容赦がないから、言うのが怖かったというのは確かである。
「悠斗君のことはもちろん信じているけど、ナックルウエポンは本当に強いから。酷いことされなくて本当に良かった」
「そ、そうだなぁ……。賢崎さんと闘うなんて、想像しただけでもぞっとするよ。ハハ」
「……?」
「ハハハ……」
「……」
「ハ……ハハ」
やばい……。
疑われている……。
本当か嘘か分からないが、ウエポンクラスは『幻影耐性(※嘘が通じない)』とかいう、インチキパッシブスキルを持っているらしいのだ。
「……明らかに人間による打撲痕が数か所あったから、気になってはいたんだけど」
「……」
「…………闘ったの?」
「闘いました……」
まるで、浮気がバレた夫のように言う俺。
というか、麗華さんの旦那になる人は、絶対に浮気は無理だな……。
「今までそれを誰にも言わなかったということは……」
麗華さんは、怒る訳でもなく冷静に頷き。
「私が落とし前をつける……ということ?」
「ちゃうちゃうちゃうちゃう!」
思わず好きな芸人さんの口癖になりながら、俺は何度も頭を振った。
「なんで、麗華さんは賢崎さん相手だとそんなに好戦的なんだ!?」
「だって、あの女のせいで悠斗君が一週間も入院する事態に」
「いやいやいやいや。あれはほとんど融合進化による俺の自爆だから! というか、首相の孫娘が『あの女』とか、行儀悪いぞ」
「それは……そうだけど」
「賢崎さんは手加減してくれてたし、大した傷はないよ」
「確かに、ナックルウエポンは悠斗君を傷つけないのが目的のはずだったから、そうなのかな……」
「そ、そうそう。その通り!」
雪風君が直してくれた(真)ギロチンサマソを除けばだが。
あと、最後の『破邪』が当たってれば、下手すりゃ死んでたが。
「でも」
「ん?」
「怪我はさせないようにしてたとしても、通してはくれなかったと思うんだけど。どうやって説得したの?」
「あ、ああ。それは……」
「今さら悠斗君が何をしても驚いたりはしないけど。あのナックルウエポンをどうやって退けたのかは、凄く興味がある」
「うーむ」
まぁ、いいか。
◇◆
ということで話しました。
①賢崎さんに一服盛られて、体育館のようなところに連れ込まれたこと。
②未来が視える賢崎さんに止められ、闘うことになったこと。
③実力差は歴然で圧倒され、色々と説得もされたが首を縦に振らなかったこと。
④何故かアイズオブエメラルドが自動起動して互角の戦況になったせいで、EXアーツ解禁した賢崎さんがマジで怖かったこと。
⑤本気の賢崎さんを相手にそれでも最後まで戦い抜き、20回に1回の勝利を手に入れたこと。
話しているうちに熱が入り、先に食事の後片付けをしてからの方が良かったか、と思うくらい長くなったが、何とか俺は話し終えた。
聞き終えた麗華さんは、しばらく俯いて何やら考えた後、口を開く。
「悠斗君、私は思うんだけど……」
「ああ。5パーセントどころじゃなかったよな。本当に万分の一の確率って感じだった」
賢崎さんのEOFを悪く言うつもりはないけど、あの時俺が駆けつけなければエリカ達はどうなってたか分からなかった。
……勝てて本当に良かった。
「ううん。そうじゃなくて」
「?」
「ひょっとして、ナックルウエポンって、悠斗君のこと好きなの?」
?
「へ?」
唐突なセリフに、思わず間の抜けた声が漏れる。
「い、いやいや、麗華さん? 賢崎さんの子作り云々は、恋愛感情とかそういうんじゃないと思うよ? ほら、賢崎の使命とか、世界の命運とかいった感じのことで」
「私もそう思ってたけど、今の話を聞いて、少し感じ方が変わった」
「い、今の話?」
「うん。今、まるで恋人関係にある者同士の愛の語らいだと感じた」
「いやいやいやいやいやいや!」
あんなバイオレンスな恋人関係があってたまるか!
下手すりゃ、レオと闘った時より怖かったし!
……麗華さんを刺激したらまずいと思って、描写を控えめにし過ぎたか……。
「ま、まぁ、とにかく、三村がヤバそうな奥義を伝授されるかもしれないというのは分かった」
随分話が広がったが、とりあえず俺はまとめることにした。
「うん。といっても、ナックルウエポンは、できない人にはさせないから大丈夫だと思う」
と、麗華さんも素直に話に乗ってくれたが。
最後に一言。
「でも、できる人にはさせるから、それが心配と言えば心配」
不吉なことを言った。