問題『ヒーローの作法』
健康診断は定期的に受ける必要がある。
身体を壊している時はなおさら。
という訳で、俺は、今日も上条総合病院に来ていた。
世界的権威に診察をしてもらい、さしたる改善も悪化も見られないことを確認した後。
この前と同じ、喫茶室に顔を出していた。
「よりによって、旦那の相手、澄空悠斗かよ……」
(※俺のおごった)スポーツドリンクを飲みながら、ガッツが頭を抱える。
「彰ねえさんと光ねえさんは大丈夫だと思うけど……」
「坂下さんは最悪ですね……。それに彰さん達も油断はできません。相手は、澄空悠斗のチームメンバーなんですから……」
エールとハカセも揃って深刻な顔をしている。
お察しの通りバラしてしまいました、公開前情報。
明らかに良くないことではあるが、本当にまずかったら、さすがに緋色先生も生徒に話したりしないだろう。
ともあれ、スパイとしてはまずまずの働きではないだろうか。
「坂下さんは仕方ないとして……。臥淵さんはちょっとまずいわね。私達で何とか力になれればいいんだけど」
と、姉御が心配そうな顔をする。
俺に向ける表情とは天と地ほども差がある。
「剛にいさん負けちゃうの?」
「いくら澄空悠斗が相手だからって、旦那が負けるかってんだ!」
「しかし、最悪の場合、坂下さんと臥淵さんだけが負けることになります」
「考えたくもない事態ね……」
少年少女たちが、深刻な様子で額を突き合わせる。
というか。
「ひょっとして、皆、臥淵さんのファンなのか?」
「それがどうかしましたか?」
俺の疑問にハカセが逆に聞き返してくる。
「いや、どうということもないんだが……。討伐数ダントツの茜嶋さんとか、見栄えのする犬神さんとか、美人の緋色さんとか、引退したけど歴代最強の城守さんとかいるのに……」
別に誰のファンだからといって悪いわけではないが、少し意外だと思ったわけである。
と。
「全く……。とんでもないスイーツ脳ね、あんたは」
「す、スイーツ脳ですか……?」
切れ味抜群の姉御の毒舌に、思わず敬語になる俺。
「討伐数? 見栄え? 最強? 澄空悠斗と同じ名前を持っているくせに、全然分かってないのね」
「え……」
まるで、道理をわきまえていない小さな子供を諭すように。
「あんたも誰かを助けるための職業に就こうとしてるんなら、少しはヒーローの作法を学びなさい」
◇◆◇◆◇◆◇
姉御から難しい宿題を出されたが、とりあえず俺は新月学園近くのファーストフード店に向かうことにした。
ホームルーム後に三村と約束していたのだ。
「……?」
店内外が妙にざわついているファーストフード店に入る。
原因はすぐに分かった。
「悠斗君こっち」
と、手を上げる麗華さんに合わせて、他のお客さんが一斉にこちらを見たような気がする。
そう。
単純にムチャクチャ目立つのだ、この人は。
麗華さんが座っている一角だけ明らかに空気が違う。
「ん。遅かったな、澄空」
そして、麗華さんの向かいに座っているのは三村。
華やかさの相乗効果というか、さすがのイケメンぶりである。
『明らかに格下ではあるけれど、麗華さんがギリギリ我慢している』くらいのカップルに見えないこともない。
……せめて俺にも、あのくらいの顔があれば……。
「待ってたよ、悠斗君」
それから、小野。
三村と方向性は違うが、まぎれもなく華のある美少年である。
おまけにレジェンド級に強いし……。
「どうした、澄空?」
「なんでもない」
返答して、コーヒーだけ購入して、三村達の席に座る。
バーガーとポテトは、すでにテーブルに積まれていたのだ。
「なんでこんなに買ったんだ?」
「一度やってみたかったんだよ、全種類買い」
三段重ねのバーガーを頬張りながら言う三村。
「でも、この『ポテト』は時間が経つと少し美味しくない気がする。新しいの買ってこようか?」
「いや、大丈夫」
駄目出ししながらも、意外に美味しそうに頬張る麗華さんからポテトをもらう。
この超絶お嬢様は、実はジャンクフードに理解があるのだ(※一時期、シーフードヌードルだけで暮らしていたこともある猛者なのである)。
「じゃ、ま、とりあえず。俺のルーキーズマッチ出場を祝ってかんぱーい!」
「かんぱーい!」
「乾杯!」
「乾杯」
三村の音頭に合わせて、コップを合わせる俺たち四人。
「しかし、ホームルームの時は青い顔してたのに、もう大丈夫なのか?」
「心配すんな。空元気だ」
「…………」
それじゃ、駄目だろう。
「ま、正直言うと、少し考え方を変えたんだ」
妙に様になっている仕草でコーラを飲みながら、三村が語り出す。
「というと?」
「たとえ瞬殺されたところで、『ルーキーズマッチ出場者』って実績は消えないってことだ」
「ふむ」
「一時的に笑いものになったとしても、最終的にはプラスにしかならないし、ここは開き直って、『澄空悠斗』のおこぼれにあずかろうか。ってな」
「なるほど……」
悪くない開き直り方だと思う。
……ところで。
「このバーガー、中身クリームコロッケなのか……」
「美味しくない?」
「美味しいけど、俺はどっちかというと、中身は歯ごたえのあるヤツが入ってた方が……」
「でも、キャベツ以外全部材料小麦粉というのは、斬新」
「……ほんとに?」
「というか、おまえら、ちゃんと俺の話を聞け」
麗華さんとバーガーについて語っていると、三村に怒られた。
「そういや、賢崎さんと、エリカと峰は?」
「賢崎さんとエリカは用事。峰は、早速特訓だって言ってたな」
「三村はいいのか?」
「もちろんするけど……」
と三村は言葉を濁す。
「正直、俺、峰みたいに高い目標目指した特訓って苦手なんだよな……。コツコツ積み上げていくタイプというか……。出場するだけでいい勝負だから、テンションもイマイチだし……」
「……しかし、バーガーはともかく、このポテトだけはこういうところじゃないと食べれないよな」
「20種類近い材料を使用する企業秘密の製法だって聞いたことがある」
「そうなのか? ただのジャンクって訳じゃないのか」
「身体にいいかどうかは、また別の問題」
「シーフードヌードルだけの食生活と、どっちが悪いかな?」
「……その話題はもう選択しないようにしてほしい。交渉に応じる用意がある」
「……だから、おまえら、シリアス風味の時は、ちゃんと俺の話を聞け」
麗華さんとジャンクフード談義をしてたら、また三村に怒られた。
「悠斗君と剣さんのバカップルはレアだねぇ……」
小野が遠い目をする。別にそんな気はないんだが……。
と。
再び、店内入り口からざわめきが走る。
「なんだ?」
麗華さんクラスに注目を集める人がそんなにいるものか?
と、入り口に視線を移すと……。
「ほんま、参ったわ……。なんやの、あの『ベルゼブブ』とかいうBランク幻影獣」
「撃っても撃っても分裂して、きりがなかった」
「連中には『体力』って概念がないんやろか?」
「ないわけじゃないけど、分裂した方は体力が回復している印象だった」
「シャレにならへん……」
深刻そうな……というより投げやりな表情で語り合いながら入店してくる二人の美女。
一言でいうと、電速の犬神さんと、天閃の茜嶋さんである。
これはびっくり。
ふと茜嶋さんと目が合う。
「! ユトユト!?」
「あれ、ほんまや、悠斗君やんか!」
近づいて来る美女二人。
「ユトユト、大丈夫なの?」
顔を近づけて、茜嶋さんが聞いて来る。
絶望の幻影獣こと、レオとの一連の事件のことはもちろん、BMP能力が使えないことも知っているんだろう。
率直に答えることにした。
「身体はもう大丈夫です。ただ、BMP能力の方は今のところ……」
「ううん、そっちじゃなくて」
頭を振る茜嶋さん。
「?」
「ラプラスの魔女に交際を申し込まれたと聞いた」
「ぶっ!」
コーヒーを吐き出す俺。
情報、早!
「ユトユト……。ユトユトには、二股は向いていない。止めた方がいい」
「いや……しませんけど」
「もしくは、間を取ってお姉さんと付き合うのが現実的」
「どこの間を取ったんですか!?」
「アローウエポン。お姉さんと付き合うのは倫理的な問題があると思う」
「いや、そもそもお姉さんじゃないからね、麗華さん!」
根本的なところを間違えている麗華さんに突っ込む。
……というか、麗華さん、この間から何か微妙に変だぞ?