ルーキーの祭典
学園復帰初日は何事もなく過ぎていく。
授業がさっぱり分からないが、これはいつものことなので特に違和感はない。
休み時間は賢崎さんに授業を教わり。
昼食は学食でみんなとささみチーズフライを食べ。
そして、ホームルーム。
「さて本日の伝達事項は2点です」
久しぶりに会うこどもボディの緋色先生が、教卓で体をいっぱいに伸ばしながら発言する。
「我が校の英雄であった悠斗君が、ついに絶望砕きの英雄として、世界の澄空悠斗君になりました」
「は?」
唐突に名前を出されて、思わず俺は声をあげる。
「それに伴って、学園に出入りしようとする怪しげな人物も増えてきました。全てに害があるという訳ではありませんが、見かけたら、戦闘のできる人が積極的に排除して構いません。この件に関しては、怪しげな方が悪いということで関係各所と話はついています」
「ついてるんですか!」
単独で突っ込んでしまう俺。
一方、クラスの皆は当然のように頷いている。
……やっぱり、この学園、怖えぇ。
「さて、二点目。皆お待ちかねですね。ルーキーズマッチの対戦カードがほぼ決まりました」
という緋色先生のセリフに、盛り上がる教室。
「悠斗君は当然知ってるわよね、ルーキーズマッチ?」
と、例のごとく緋色先生にいじられそうになる俺だが。
「ルーキーズマッチは、我が国の将来を担う若手BMPハンターとトップランカーが闘う、エキシビジョンマッチです。あと数年もしたら、新聞に載りまくる逸材ばかりだから、BMPハンターに興味がある良い子の皆は是非見ておくべきイベントです」
事前にタケゾウお兄さんから予習していた俺に死角はなかった。
「ちっ。さすがに知ってたか……」
舌打ちするこ緋色先生。ほんとにこの人、教師なんだろうか?
「という訳で、このクラスからルーキーズマッチに出場できる生徒が出ました! 先生もとても嬉しいです。嬉しいので、出場者だけでなくクラス全員に発表します。普通に公開前情報なので、取扱いに注意してください」
いえーい、という感じで盛り上がるクラスメイツ。
久しぶりに実感するが、フリーダムなクラスだ……。
「その目は何、悠斗君?」
「え?」
何故か、いきなり緋色先生に絡まれる。
「『どうせ俺が選ばれるの分かってんだから、さっさと進めろよ、このエロ教師』とか思ってるんでしょう?」
「…………」
この人、実は俺のこと好きなんじゃないかと思うことがある。そして、エロさはまったく感じないので安心してよい。
「言っておくけど、今回選ばれたのは悠斗君だけじゃないのよ」
「……というと」
と麗華さんを見るが。
「麗華さんはもう出場したことあるわよ。ちなみに最短勝利時間記録保持者」
「凄ぇ」
「……照れる」
前髪をいじりながら麗華さんが照れる。
とても可愛いのだが、照れる内容が『トップランカーを瞬殺したから』というのは、本当に萌えていいものなのだろうか?
「じゃあ、行きましょうか!! まずは一人目。澄空悠斗君チームの突撃隊長にして、残念担当! 高速の騎士・三村宗一ー!!」
「おー!!!」
クラスメイトから歓声が上がる。
というか、三村!?
「しかも、相手はクリスタルランスメンバー! 高速移動系BMPハンターの頂点に立つ女性! 紫電の脅威・犬神彰ー!」
「おおー!!!!」
さらに盛り上がるクラスメイト。
というか、犬神さん!?
そりゃ、いくらなんでも……。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
三村が青い顔をして立ち上がる。
「実績もポイントもBMP能力値も、とてもルーキーズマッチに出られる水準じゃないのに……。しかも、クリスタルランスメンバーは、強過ぎるからルーキーズマッチには呼ばれないのが暗黙の了解じゃなかったんですか?」
「すぐに分かると思うけど、今年のルーキーズマッチはあらゆるルールが変更されてるのよ……」
処刑人のような口調で言う緋色先生。
「あらゆる場面で悠斗君に関するステマとプロパガンダが張り巡らされているわ。裏では『澄空悠斗マッチ』なんて呼ばれてたり……」
「つ……つまり。今回俺が選ばれたのは……」
「ええ。悠斗君のとばっちりね♪」
今季一番の笑顔で告げる、緋色先生。
三村は椅子に崩れ落ちてしまった。
「待ってください、緋色先生!」
今度は峰が赤い顔をして立ち上がる。
「ルーキーズマッチは、最も格式高い崇高な式典の一つです。いくら世間が澄空一色だからって、そんないい加減な選出方法でいいんですか!?」
「でも、峰君も選ばれてるのよ?」
「は?」
ぽかんとする峰。
「という訳で二組目ー。KO必至の砲撃者対決! 澄空悠斗君チームの移動砲台にしてイケメン狙撃手・峰達哉vsクリスタルランスの殲滅担当、天閃・茜嶋光ー!」
「うおおおおー!」
さらにさらに盛り上がるクラスメイト。
いや、しかし!!
「茜嶋さんって確か……」
「うん。撃墜ポイントなら私より上の、実力者。ルーキー側がまず勝てないルーキーズマッチでも、これはやり過ぎだと思う……」
さすがの麗華さんまで苦言を呈する。
が。
「いや、澄空。是非、やらせてくれ」
峰がいきなりやる気を出している。
「しかし、峰……」
「勝てる勝てないの次元じゃないのは分かってる。けど、あの人は……茜嶋光は、俺の最終目標なんだ。やってみたい」
「峰……」
「そのためには、先週の『季報・新月』に載ってたように、お前の腰巾着だとか、夜の責め担当だとか言われても構わない」
「ちょっと待てい」
聞き逃せない単語を聞いて、『季報・新月』を書いたと思われる、新月学園新聞部員にして、1-C委員長の新條文氏を睨みつける。
眼鏡をかけた委員長ヴァージョンの新條さんが、がたんと席を立つ。
「酷い誤解ですね。私は『面白い』記事を書きたいんです。誰かを傷つける記事は、『面白く』ありません」
「……ほんとに?」
「はい。『昼は腰巾着の夜責め担当達哉様、萌えー!』という、平均的新月学園女生徒の妄想なら記事にした記憶がありますが」
「そんな平均があるか!!」
全く噛み合わない。
やはり、新聞屋と記事対象者とは分かり合えない存在なのだろうか?
「じゃ、次、三組目。賢崎藍華対坂下陸」
「…………」
いきなり平凡なテンションになった緋色先生の発言に、教室中が黙り込む。
「って、賢崎さんですか!?」
この人のどこがルーキー!?
「ブランクはあるし、一度もルーキーズマッチ出たことないから、一応出場資格はあるのよ……」
気まずそうに言う、緋色先生。
ルーキーズマッチは、トップランカー側が勝つのが前提だ。
坂下さんもクリスタルランスメンバーだけあってもちろん強いんだけど……。
「……失礼ですね。誰か一人くらい、私が負けそうだと思う人はいないんですか?」
と賢崎さんは頬を膨らませるが。
居る訳がない。
坂下さんのために、最短勝利時間記録が破られないことを祈るばかりだ。
「じゃあ、うちのクラスからの最後の出場者! そしてもちろん、ルーキーズマッチラストバトルを飾る真打!」
一転してテンションを上げるティーチャー&クラスメイツ。
「炎の如き激情と氷の如き冷徹さを併せ持つ最強の魔人! 複写系最強にして、絶望砕きの英雄! BMPヴァンガード・澄空悠斗ー!」
「「うおおおおーーーー!!」」
「……というか、さっきから、そのキャッチフレーズみたいなのはなんなんですか?」
大盛り上がりのクラスメイトには悪いが、どうしても気になる。
「BMP管理局謹製の正式なキャッチフレーズよ。宣伝が始まったら何度も耳にするから、今のうちから慣れておきなさい」
「…………」
よし。BMP管理局に抗議文を送ろう。
いや、それより。
「俺、今、BMP能力使えないんですけど?」
「ラストバトルなんだから、まだしばらく期間があるわよ。それまでに治れば良し。治らなくても代役くらい用意しているから安心なさいな」
「……なるほど」
さすが城守さん。そのあたりの手際はさすがだ。
……その実力の10分の1でも、キャッチフレーズ部署に回してくれるといいんだが。
「ま、出場しない方がいいかもしれないけどね」
「……え?」
「悠斗君の相手はね……」
と、緋色先生は一瞬真顔になり……。
「クリスタルランス不動の前衛。怪力無双・臥淵剛なのよ」