勇者に関する疑惑
終わった。
番組。
唐突にCMに切り替わった画面は、水着姿でビールジョッキを掲げる美女を映し出している。
って!
「ちょっと待てい!」
滅茶苦茶気になるだろうが!!
テレビのスケジュールが厳しいことくらい俺でも想像できるけど、あんなところで切るな!
「せめて、バスターキャンセルが何かくらいきちんと説明してから……!」
と。
テレビ画面に向かって一歩踏み出したところで、右膝のあたりに何かがぶつかった感触がした。
柔らかくて、そこそこ大きくて、そして軽い。
人形でも蹴り飛ばしたのかと、足元に視線を移すと……。
「!!」
まさしく、息を飲んだ。
俺が蹴り飛ばしたのは、人形ではなく、小学生くらいの少女。
それだけでも大問題だが、驚いたのはそれだけではない。
綺麗なのだ。非常に。
どこか儚げな雰囲気に、透き通るような白い肌。
仰向けになったままこちらを見上げる、あまりにも無防備な姿勢。
どう間違っても残念ボディにはならない素養を感じさせる身体に、お人形さんのように整った顔。
「あ……え、えーと……」
すぐに助け起こすのが当たり前なのは分かっている。
しかし、あまりに標準はずれの美少女に、俺の思考は半分フリーズしていた。
麗華さんや賢崎さんで美人耐性ができてきたと思っていたが、少し年がずれるともうアカンらしい。
などと情けないことを言っている場合ではない!
お人形さんのような少女は、呆然とした表情で、何が起きたかも分かっていないようだ。
いい年の男がこのまま突っ立って見下ろしていれば、あらぬ誤解を招きかねない。
勇気を出して……!
「あ、あの、君。突然ぶつかってごめん。大丈夫だった?」
「大丈夫な訳ないでしょ。そこに嵌ってるのガラス玉?」
……。
…………空耳か?
外見に相応しい鈴のなるような声ではあるけど……。
いまいち脳にストンと落ちないセリフだったのだが?
「え、えーと……」
「えーと……、じゃないでしょ。いきなり人を蹴り飛ばしておいて……。ロリコンくらいなら大目にみるけど、小学生を見下ろして性的興奮を得るような異常性癖者は、病院に来る前に刑務所に行きなさい」
「!」
お、お人形さんが暴言吐いた!
い、一体、これは……!?
「ん……」
と、暴言を吐くお人形さんが右手を差し出してくる。
「え、えと……」
「えと……じゃないでしょ。引っ張って立たせなさいって言ってるのよ。当たり前でしょ? この状況で握手を求めてるとでも思ったの? あんた、どこの映画スター?」
「す……すみませんです」
敬語になりながら少女の右手を握る俺。
まぎれもなく情けない。
「じゃあ、立たせるよ……って」
「きゃっ……」
「ご……ごめ……!」
普通に引っ張ったつもりなのに、勢いが付き過ぎた。
この子、滅茶苦茶軽い!
ちょっと不自然なくらいに!
結果……。
「ご……ごめん!」
「…………」
初見の小学生女子を抱きすくめる高校生男子という、凄まじくやばい光景が完成してしまう。
「あ……あの……?」
「…………」
ゴゴゴゴゴ、と小さな身体が震えているような気がする。
「え……えーと……」
「ただの変態性欲者ならともかく……。ラッキースケベを装うなんて……。ここまで情けない性犯罪者を見たのは初めてよ……」
「す……すみません!」
というか、性犯罪者がそこら中にいるかのような供述をされても困るんですが……。
「おい! おまえ! 姉御に何してる!」
「へ?」
元気のいい男の子の声に怒鳴られて視線を移すと、小学生くらいの三人組に囲まれていた。
「あ……姉御は超美少女ですけど、まだ小学生なんです! いやらしいことは、まだしちゃダメです!」
可愛らしい女の子が、頬を膨らませながら怒っている。
「というより、これは犯行現場です。僕が通報してくるので、うかつにその人を刺激しないようにしてください」
眼鏡をかけた賢そうな男の子が冷静に状況を分析する。
……って!
「ちょ、ちょっと待てちょっと待て! 通報するな!」
そんなことされたら、社会的に終わる。
……前に、麗華さんか賢崎さんに殺される……。
「通報されるのが嫌なら、早く姉御を解放してください」
「そーだ。とっとと離せ!」
賢そうな男の子と、元気そうな男の子が俺を非難する。
でも、確かに、その通り!
「本当にごめん!」
謝って、少女を離そうとすると。
「……」
「……えと?」
離れない。
俺の制服を握りしめたまま凝視している。
えーと?
「姉御……さん?」
「この制服……」
と、姉御と呼ばれるお人形さん並みに美しい少女が言う。
「あんたひょっとして、新月学園の生徒?」
そして、なぜかは分からないが、そのまま人気のない喫茶室に引っ張り込まれる。
◇◆
お人形さんのような外見と精神破壊級毒舌を併せ持つ美少女は、鏡明日香、と名乗った。
透明感と高貴さと明日への希望を感じさせる、彼女(※の外見)に相応しい名前だ。
彼女の御両親の先見の明に、心からの賛辞を送りたい。
それはいいんだけど。
「姉御は本当に飲み物要らないのか?」
「いいって言ってるでしょ? あと、なんであんたまで『姉御』なのよ?」
俺の問いかけに胡散臭そうな顔で答える姉御……じゃなくて明日香。
人気のない喫茶室の中央のテーブルで、俺と明日香は向かい合って座っている。
俺から見て右隣には賢そうな男の子。『超微糖』なる紙コップのコーヒーを目の前に置いている。
俺から見て左隣には元気そうな男の子と可愛らしい女の子。それぞれスポーツドリンクとピーチジュースが入った紙コップを御所望だった。
……もちろん俺のおごりである。
小学生のパシリをするなど情けないにも程があるが、通報されることを考えると安いものだ。
……と、自分を慰めてみる。
「で、あんたの名前は?」
「ん。澄空悠斗」
と名乗った瞬間。
少年少女達にざわめきが起こる。
「……どうした?」
と聞くと。
一拍置いて。
「「…………はぁ」」
と、物凄く憐れむようなため息をされた。
「な、なんすか……?」
意味が分からず問うと、少年少女たちのため息はますます深くなる。
「御両親に罪はないとはいえ、BMPヴァンガードと同じ名前とは……」
「思いっきり名前負けしてるな……」
「苗字はともかく、それほど珍しい名前でもないし……。運が悪かったとしか言いようがありませんね……」
「す……素敵な名前だと思います!」
姉御、元気な男の子(※とりあえずガッツとでも呼ぼう)、賢そうな男の子(※とりあえず、ハカセとでも呼ぼう)、可愛らしい女の子(※とりあえず、エールとでも呼ぼう)が、揃って俺を憐れんでいる。
……というか。
「本物であるという考察はなされないんでしょうか……?」
控えめに聞いてみる。
「『BMP能力を利用して、物理的手段によらずに相手の力場を破壊すること』」
「へ?」
「……『攻撃的力場破壊』も知らない澄空悠斗がどこの世界に居るのよ」
「あ……」
さっきテレビにキレていたのをばっちり聞かれていたらしい。
「……というか」
と、姉御の顔がサディスティックに歪む。
「澄空悠斗が、ロリコン性犯罪者な訳ないでしょ?」
「ぐ……!」
姉御の一撃!
「というか、ひょろいぞ、にいちゃん。旦那に勝ったなんて都市伝説まであるくらいなんだから、もっとマッチョに決まってるだろ?」
「うご……!」
ガッツの攻撃!
「戦術眼と高速演算は天才的だと聞きました。……失礼ですが。……いえ、失礼ですね」
「うぐ……!」
ハカセの追撃!
「あの……、私は凄いイケメンだって聞いたんですけど!」
「が……!」
エールのトドメ。
俺は死んだ。
「…………」
テーブルに額をこすり付けたまま、頭を上げられない。
……全くもっておっしゃる通り(※姉御のは除くよ)。
良く考えれば、俺も、俺が澄空悠斗を名乗っても信じないに違いない。
……というか、俺は本当に澄空悠斗なのだろうか?
「冗談よ」
「へ?」
アイデンティティーについて真剣に悩みだした俺に、小馬鹿にした様子で姉御が言う。
「プレッシャーよ。高BMP能力者に特有のプレッシャー。あんたが本物の澄空悠斗なら、いくら抑えてても、この距離ならさすがに気付くわよ。あんたのプレッシャー、私たちのより小さいくらいじゃない」
「あ……」
言われて思い出す。
高BMP能力者は通常、他者にプレッシャーという形で、精神的な影響を及ぼす。
俺は例外的にそのプレッシャーとやらが全くないらしいのだが、この例外というのが『少し珍しい』どころの話ではないらしい。
ぶっちゃけると、学者でもない限り知らないくらいの超レアケースなのだそうだ。
彼女らが、俺のことを本物だと思わないのも、むしろ自然なのである。
「…………」
BMP能力を見せればさすがに信じるだろうが、生憎今使えないし……。
というか、むしろ、俺が澄空悠斗だと知られたくない状況だし(※『澄空悠斗』に対する彼女らの要求水準が高過ぎる)……。
よって……。
「そ、そうなんだよー。この名前のせいで、色々ネタにされてしまって……。まいるよな、ホント。ハハハハハ」
言いながら涙が出そうになってくる。
なんで、何の得にもならないのに、身分詐称をせにゃならんのだ……!
せめて俺が三村並みのイケメンでさえあれば……!
と。
「まぁ、いいわ」
姉御が何かを思いついたかのように口を開く。
「それだけ残念スペックでも、あんた一応、新月学園生なんでしょ?」
「……そです」
うなだれる俺。
「なら、ちょうどいいわ。あんた、私達のスパイになりなさい」