運命の破り方(上級編)
咆哮が障壁を撃ち抜いた感触はある。
けど、一瞬意識が飛んだ。
気が付いたら、麗華さんのカラドボルグは消え、レオと俺の咆哮は消え。
俺も麗華さんも。
それからレオも。
何事もなかったかのように立っていた。
「駄目……か」
寿命が縮まったかのような、どうしようもない脱力感。
思わず倒れかけたところを麗華さんに支えられる。
麗華さんも同じくらい消耗してるはずなんだけど……。
「大丈夫、悠斗君?」
麗華さんの言葉も視線も姿勢も、戦闘開始前と一切変わりがない。
「あ……ああ」
あんまり大丈夫じゃない。
もう最後かもしれないのに、最後まで対等にはなれないのか……?
「あ……」
思わず声が漏れる。
レオが近づいて来る。
至高の咆哮一発で確実に終わる状況なのに……。
「麗華さん。俺のことはもう……」
「良くない」
一言の元に否定される俺。
その言葉には、あまりに迷いがなくて……。
と。
「情けない顔をするな、澄空悠斗」
「え?」
意外なレオの一言に、思わず顔を上げる俺。
「俺に勝った人間なのだからな」
「あ……」
気付く。
レオの左胸に、小さな風穴が空いている。
「見事な咆哮だった。文句の付けようがないな」
「…………」
レオの左手が、さらさらと散っていく。
砂のように。
あるいは。
「幻影は消えるものだ」
「レオ……」
「もう少し勝ち誇れ、澄空悠斗。敗者の気分に酔えないではないか」
「…………」
勝ったという実感は全くない。
力を借りたのはもちろん。
……どちらかというと。
「負けなかった……って感じだ」
「絶望に対して、それ以上の勝利宣言があるか」
レオが笑う。
左腕だけでなく、全身の密度が薄れているように見える。
「やれやれ……。俺にとってこれ以上の喜びはないというのに……」
「?」
「未練など抱くとはな」
「え?」
薄れているレオの身体。
もう幻と区別がつかない。
「俺はいつでもどこにでもいる。そのうちまた闘おう」
と言い残し。
レオの姿は掻き消えた。
「……どこにでも、か」
本家を倒したんだし、もうしばらくは、くじけることもないのかな?
「悠斗君?」
「ん。大丈夫」
軽く麗華さんを押して、放してもらう。
「勝った……かな?」
「大丈夫。今度は確実に倒した」
と、麗華さんがお墨付きをくれたから大丈夫だろう。
……それはいいんだけど。
「ん?」
と首を傾げる麗華さんが、普通すぎる。
今、絶望を乗り越える的な、世界を救うクラスのラスボス戦を戦った直後だというのに、どうやったら、そんな普通にできるんだ?
「?」
「…………ったく」
賢崎さんの方が、まだ感情表現豊かだよな。
《らしいぞ?》
《私は豊かですよ。ダウナー系なのは、ただのポーズです》
《……いや、大将のはダウナー系って言うのか……?》
《……というか》
「悠斗君、どうかしたの?」
「いや」
とんでもない子を好きになったもんだと思っただけだ。
ま、今さら後悔しても遅い。
「ナイスファイト。麗華さん」
軽く右手を上げて、麗華さんとハイタッチをしようとする俺。
が。
「…………」
「……麗華さん?」
麗華さんが右手を合わせてこない。
というか、ちょっと怒っている?
「悠斗君。それは良くない」
「へ?」
何が?
ひょっとして、片手ハイタッチには、BMPハンター的に良くない謂れかなんかがあるのか?
「さっきも言ったように、カラドボルグで至高の咆哮を引き裂くのは、至難の業だった」
「あ……ああ」
それは覚えているけど。
「こう見えて、私は結構堅実派。確実じゃないことはあんまりやらない」
「は……はぁ」
まぁ、この子がいちかばちかをやらないといけないのは、今回みたいな超例外だけだろうからなぁ。
「……検証もせずに実践したのは、悠斗君が危なかったからなんだよ」
「は……はい……?」
それは嬉しいんですけど。
「…………二回目なんかは本当に、うまくいったのが奇跡」
「う……うむ」
「…………幸運だけじゃなくて、私もたくさん頑張った。悠斗君と同じくらい」
「わ……分かってる」
「表情が乏しいから分かりにくいだけ。実は、凄い頑張った」
「いや、分かってるって」
ほんとに、どうしたんだ、麗華さん?
「なら」
「ん?」
「なら、もっと褒めないといけない」
…………?
は?
「……《ナイスファイト》では、素っ気なさすぎると思う。頑張った時には、それなりに褒めないといけない。私は意外と、褒められると伸びるタイプ。……だと思う」
「……………………」
「…………だと、思うんだけど」
…………。
《…………》
《……だから言ったでしょう?》
《はへ?》
《ソードウエポンは、可愛い女性なんですよ》
「…………」
どうしよう。
屋外でなければ、正直押し倒したい。
《やめとけ》
だな。
「麗華さん」
「ん?」
「麗華さんが……」
世界で一番だ。
☆☆☆☆☆☆☆
「ぷはっ」
と、瓦礫の下から三村が姿を現す。
「終わった……みたいだな」
続いて峰も。
「エリカは?」
「最後の澄空の技にあてられて気絶してる」
「まぁ、無理もないが……」
言いながら周りを見回す峰。
瓦礫なのはロビー部分だったところだけで、それ以外は綺麗さっぱり何もなくなっていた。
周りは完全な荒野なので、この瓦礫の下に隠れていたのは誰でも分かる状況だが、とっくにレオの興味は失われていたのだろう。
「とりあえず、澄空に声をかけるか」
「いや、ちょっと待て」
と、三村が携帯電話を取り出す。
「普通に壊れてない。やっぱり、我が国の技術力は大したもんだな」
自国の技術力に感心しながら、どこかにコールする。
「三村?」
「どの道このままじゃ移動できないだろ? 賢崎さん達を呼ぶから、それまで邪魔しないでおこうぜ」
なぜか麗華の頭をよしよししている澄空悠斗を見ながら言う。
「意外だな」
「何がだよ? 言っておくが、賢崎さん達の携帯番号を聞いたのは、もしもの時の連絡用だぞ? 決して、弱ナンパ属性をこじらせたからじゃないぞ?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「じゃあ、何だよ……。あ、ちょっと待て。もしもし、三村です」
「…………」
真剣な顔で通話を始める三村を見ながら、峰は思う。
(モテたいなら、なぜ普段わざわざ誤解させる言動をするんだ、こいつは?)
と。
☆☆☆☆☆☆☆
結論から言うと。
ほぼ全員無事だった。
安全圏に避難していた春香さんと雪風君(※と賢崎さんの身体)は、三村の電話で引き返してきてくれた(※しかも、車二台で。普通に助かる)。
三村と峰も無事(※変な縛られ方をされてたせいで、腰がバキバキに痛いらしいが)。
エリカは車の中で寝かせている。もちろん医者には見せた方がいいが、とりあえずは問題ないと春香さんが言っていた。
俺と麗華さんも、もちろん無事。
じゃあ、何が『ほぼ』なのかと言うと。
「お嬢様ー。朝ですよー。起きないと遅刻しますよー。お嬢様ー」
すでに暗くなり始めているのに、微妙なギャグを交えるのは、もちろん春香さん。
そう。賢崎さん(※の身体)が眼を覚まさないのだ。
言われた通りに、賢崎さんの右手をしっかり握りしめているのに。
「これは……本格的にセクハラして欲しいという、お嬢様なりの乙女心でしょうか?」
「セクハラと乙女心を同じ文脈で使わないでください」
ある意味麗華さん以上に、全く普段と変わらない春香さんに苦言を呈する俺。
「精神が溶け合ってしまってるのなら、発展継承なんて、スーパーチート演算ができるはずもないし……。雪風、何かわかる?」
「…………(ふるふると)」
「なるほど。お嬢様と悠斗様がキスをすれば元に戻ると」
「! …………!(ふるふるふるふると)」
「という訳で、悠斗様。お願いします」
と、春香さんが賢崎さんの頭を起こす。
「雪風君、どう見ても否定してるんですけど?」
「御心配なく。雪風は、こう見えてツンデレです」
「言ってる意味が分かりません」
「いいから早く既成事実を作ってください。そうじゃないと、私が代わりにお嬢様を襲います」
「春香さん。お願いですから、少し落ち着いてください」
右手で賢崎さんの手を握りしめながら、左手で春香さんを落ち着かせようとする俺。
雪風君も止めようとしてくれているが、長くはもちそうにない。
★☆★☆★☆★
☆長くはもちそうにないらしいぞ。
★ですね。本当に困った人です。
☆なぜ、戻らないんだ?
★春香が変に煽るから呼吸が合わないんですよ……。
☆本当に迷惑な巨乳だな。
★全く……。彼女だけは、昔から全然変わりません。
☆……。
★……。
☆…………。
★…………翔さん。
☆あん?
★今回奇跡が起こせたのは、貴方の力も大きかったと思います。……ありがとうございました。
☆大将ほどじゃねぇよ。
★藍華でもいいですよ。
☆デレんなよ大将。
★別にデレてはないですが。
☆……。
★……。
☆…………。
★……次、貴方を呼ぶときにはどうすればいいですか?
☆呼ぶな。
★……。
☆この技も、もう使うな。大将にも悠斗にも負担がかかりすぎる。
★それには同意ですけど。
☆なんだよ?
★【ここ】が居心地のいい場所なのは私も同意ですけど。それだけだと、胎内から出たくない赤ん坊と同じですよ。
☆……もう死んでんだ。くそったれだった人生の分、少しいい思いをして、何が悪い。
★いえ、悪くはないです。
☆……。
★……。
☆……普通に。
★はい?
☆普通に呼べ。声だけはいつでも聞こえてる。どうしても必要な時は、出てやる。
★はい。約束しましたよ。