絶対の運命に抗する力
矛盾。
どんな盾も突き通す至高の矛と、どんな矛も防ぐ無敵の盾は、同時には存在しえない。
論理的に辻褄が合わないことを表現するだけの、ただの言葉。
ただ、もし、それを成立させる手段があるとすれば。
同一の存在が、両方を兼ね備えること。
一撃目と逆方向に放たれた至高の咆哮は、市街地を消し飛ばした。
殲滅と言うのも生ぬるい、文字通りの消滅。
澄空悠斗の故郷の中心街は、一瞬で荒野と化した。
しかし。
エリカ達の居るロビーだけは、奇跡のように無傷だった。
「こ……コレハ……」
エリカが呟く。
ロビーを包んでいるのは、虹色に輝く人間大の薄い壁が組み合わさってできた、ドーム状の障壁。
「二雲先輩の……汎用装甲?」
峰が気付き。
「でも……これ……なんて言うか……」
三村も、もっと深い何かに気付く。
まぁ、『もっと深い何か』云々以前に。
とりあえず。
「でかい……」
三村が感嘆する。
ロビーを丸々包む防御壁。
二雲楓の防御壁を100枚以上は使用しているだろうか?
最強の幻影獣の、最強の攻撃を完璧に防いだ堅牢さと合わせて。
「俺は澄空に付いていくことを目標にしようとしてたんだが……」
「もう次元が違いすぎるな……。もう俺らじゃ、何もできないか……」
峰と三村が達観する。
が。
「デキナクなんか、ありまセン」
エリカが呟く。
「悠斗さんハ、私たちノタメに、こんな無理ヲ強いられテるんデスよ」
「それは……」
「そうだが……」
俯く三村と峰を一瞥し。
「豪華絢爛」
自分の頭上に、幻想の刃を召喚する。
隠蔽率を気にかけていないのはすぐに分かる。
半透明だが、はっきりと視認できる円刃。
形状はチャクラムに似ていて。
その刃が、鳥肌の立つような速度で高速回転している。
「エリカ!」
「これデ、縛めヲ解きマス!」
三村の呼びかけに、はっきりと答えるエリカ。
「止めろエリカ! その刃、制御できてないだろう! 下手をすると、自分の手首を切り落とすぞ!」
「悠斗さんヤ麗華さんガ負ったリスクに比べレバ……!」
峰の制止も振り切り、円刃を自分の左腕の上1メートルのあたりに持ってくる。
「待てって、エリカ! 試すなら、せめて俺の腕でやれ!」
「そんなコト、できまセン!」
最後の三村の制止を振り切り、円刃を落とす。
稼働中のチェーンソーを、手から放して落とすようなものなので、危ないとかいうレベルではなく、いちかばちか。
「エリカ!」
「エリカ!」
「…………っ!」
だが結局、一だったのか八だったのかは分からなかった。
エリカの円刃は、エリカを縛める鎖に接触する前に、乾いた音を立てて砕け散る。
いや、円刃だけではない。
「エ……?」
次の瞬間、エリカを縛める鎖が一瞬で砕かれる。
「な……」
「な……」
峰と三村の鎖も同様に。
……丸焼き豚体勢だった三村は、解放された直後に背中から激しく落下したが。
それはともかく。
「スカッド・アナザーは片づけた。今のうちに、逃げて」
☆☆☆☆☆☆☆
虹色のドームが俺とロビーを覆っている。
我が故郷自慢のシーポートは跡形もなく消滅したが、俺とロビーだけは無傷のままで残っている。
「ふ……」
防げた……のか?
《凄ぇぞ、大将!》
《澄空さん、チャンスです! 術後硬直で厳しいと思いますが、多少無理をしても、ここで決めてください!》
「合点承知!」
確かに術後硬直はキツイが、あんな大技もう二度とできない。
ここで決めるしかない!
絶対加速からの連続攻撃。
さっきみたいに途中では止めない。限界まで追撃してやる。
一瞬でも行動不能にできれば……!
《悠斗、急げ!》
《でも、焦らないでください!》
分かってる。
連続攻撃は、勢いとノリだけじゃなくて、精密さも必要だ。
弱っている個所を見極め、最高効率で最大威力の攻撃をぶちこみ続ける!
大丈夫。
至高の咆哮が破られたのがショックだったのか、レオはまだ、左手を突き出したまま固まっている。
一呼吸入れたら。
全力……。
「…………」
…………あれ?
「左……手?」
あれ?
右手じゃなくて?
《連……撃?》
《化け物め……!》
「う……」
嘘だろ!?
あんなとんでもない殲滅力のBMP能力なのに、術後硬直もタメもないのか!?
《大将! もう一度、絢爛装甲を!》
《無理です! あんな大技、連続展開はできません!》
絶対加速なら、なんとか使える。
至高の咆哮のタイミングも把握している。
けど……。
《澄空さん、どんな人でも選択はしないといけないんです! 誰も貴方を責めません! 絶対加速を使ってください!》
「……」
今なら。
そのセリフを言う時に、賢崎さんがどれくらい心をすり減らしていたかが分かる。
『……私達、少し似てますね』
ああ、似てる。
《悠斗!?》
俺も賢崎さんと同じで。
『私も、それからたぶん澄空さんも、運命は嫌いですけど』
絶対の運命なんかは、願い下げだ!!
「発展継承合成:絢爛装甲!」
《ったく……》
《バカ澄空さん!!》
汎用装甲と豪華絢爛を同時に起動。
絶対の運命に抗する力を、装甲に属性付与。
……を、×100。
それをドーム状に展開……!!
「…………」
が。
「……惜しかったな」
むしろ寂しそうなレオの言葉。
《絢爛装甲、展開失敗です……》
《ま、しゃあねぇか。悪かったな、大将》
「悪く思うな、澄空悠斗」
「…………」
レオは手加減しない。
俺は死ぬ。
みんなを道連れにして……。
「…………」
賢崎さん。
巻き込んでしまって……。
頑固な俺で。
ごめん。
《悠斗、今まで楽しかったぜ》
みんな。
助けられなくて……。
弱い俺で。
ごめん。
「さらばだ、澄空悠斗。最後まで見事な闘いだったぞ」
「…………」
レオの左手が振り下ろされる。
同時に吹き荒れる、破壊の理。
『悠斗君にもあるといいな、LCC。ラプラスの悪魔にも負けない力が』
麗華さん。
ごめん。
「愚かな、俺で……」
ほんとに、ごめ……。
「そんなことない」
と。
上空から涼風。
「愚かだなんて思わない」
着地はあくまで軽やかで。
「どんな困難な状況でも、ウエポンテイマーにはソードウエポンが付いているから」
その剣戟は、暴風のごとく!
「嘘だろ……」
剣から生じる断層が、至高の咆哮を切り裂いていく。
破壊の理の威力は、右手の時と全く変わらない。
荒野と化した土地に上書きされる破壊の跡。
なのに。
破壊の嵐が去った後も、俺たちが居る場所だけは奇跡のように無傷だった。
「……」
剣を片手に、髪をなびかせて俺の前に立つ女性。
「れ……」
こんなことができるのは、俺の知り合いには……いや!
世界に一人しかいない!
「ごめん、悠斗君。遅くなった」
「麗華さん!!」
やばい!
抱かれてもいいと思った!!
《……抱かれてもいいらしいぞ》
《抱かれればいいんですよ……》