「二人分」の効能
一瞬、右手に電気が走ったような気がした。
それから……。
「……」
……。
それから……、特に何も起こらない。
「……?」
映画並みのド派手な演出を想像していたのだが……。
まさか、これで終わりってことは……。
「?」
いや、そもそも賢崎さんにも、特に何も変わったところは……?
「って、賢崎さん!?」
俺の右手を握っていた賢崎さんが、いきなりくずれ落ちる。
慌てて支えようとしたところで。
「はい、キャッチ」
と、春香さんが賢崎さんを後ろから抱きしめる形でキャッチした。
「ふむふむ」
そして、そのまま賢崎さんの胸をこねくり回す。
「融合進化、成功みたいですね」
「……」
ほんまかいな。
「あ、ちなみに、これは私が揉みたいから揉んでいるだけで、融合進化が成功したかどーかとは一切関係ないですよ」
「……じゃあ、何で揉むんですか?」
「? 起きている時には揉ませてくれないからに決まっているじゃないですか?」
「…………」
なんて人だ。
というか、なんて人だ。
それはともかく。
「頭痛は、確かに収まってますね」
頭に手をやりながら答える。
「けど……」
どうにも、それだけのようである。
身体が光り輝いたりもしてないし、力が体の奥底から湧き上ってきたりもしてないし、根拠のない万能感のようなものも一切ない。
……これはあまりにも地味過ぎやしないか?
「そうは言いますが悠斗様。これだけ揉んでも目を覚まさない以上、お嬢様の魂は確実に悠斗様の中に入っていると思いませんか?」
「……とりあえず、揉むのやめませんか?」
さすがに注意する俺。
手つきがどんどんいやらしくなっているのもそうだが、春香さんの顔が徐々に赤く染まってきているのが、凄い気になる。
これからラスボス戦なんだから、これ以上心配事を増やさないでほしい。
「いえ、悠斗様。私が興奮しているのは、お嬢様の胸を揉んでいるからだけではないんです」
「じゃあ、やめましょうよ……」
と俺は言うのだが、春香さんはやめず、揉みながら俺に上目づかいの視線を投げてくる。
「悠斗様……」
「は、はい!」
びっくりした!
気を失っている賢崎さんの肩に頭を載せるようにして、春香さんが物凄い色っぽい声で俺の名前を呼んだ!
「融合進化は対象者の全能力を底上げします」
「は、はい」
「当然、魅力も……」
(※揉みながら)ぽっと頬を赤く染める春香さん。
「外見自体は変わっていないのに、もの凄い雰囲気イケメンになってます。お嬢様の胸を揉み続けてないと、この距離に居るだけで妊娠しそうです……」
「…………」
なんだ、その斬新な避妊法は?
「…………(こくこくこくこくこくこく)」
「…………」
そして、雪風君も、こくこくしない!
「と、とにかく、融合進化は成功したってことでいいんですね!」
これ以上脱線すると闘う気がなくなりそうなので、俺は締めることにした。
「はい。間違いなく」
春香さんと雪風君も、賢崎さんを支えて立つ。
「我々はお嬢様を連れて避難します。共に闘えないことを許してください」
「いや、それは俺もお願いしたいことなんですけど……」
「?」
「もし……。俺が死んだ場合、賢崎さんの魂は元の身体に戻るんですか?」
あるいは、それは聞いても意味がないことだったのかもしれないが、俺は聞いた。
「……それはなんとも。融合進化自体が、極めて使用頻度の低いBMP能力ですから」
「……そうですか」
「ただ」
と、春香さんが雰囲気を真面目モードに変える。
「悠斗様は、今、スペック的には世界最強の状態なんでしょうけど、使いこなすのは至難の業です」
「それは、分かってます」
融合進化前の状態ですら、スペックに振り回されまわっていたくらいだからなぁ。
「でも、それって、結構、みんなそうなんですよ」
「え?」
正体不明の笑顔で告げる春香さんに、俺は思わず疑問符を浮かべた。
「悠斗様の控えめなところも萌ポイントですけど、今はお祭りタイムです。お嬢様が優しくリードしてくれますから、今だけは最強無敵の勇者様になっていいんじゃないでしょうか?」
「???」
何言っているか、さっぱり分からない。
今あんまり余裕がないんだから、融合進化を使いこなすための極意的なことなら、もっと分かりやすい言葉で言ってくれないと……。
「あの、春香さ……」
「それだけです。行くわよ、雪風」
「…………(こくこくぺこりと)」
引き留める俺の言葉も聞かず。
春香さんと雪風君は、賢崎さんを連れて、車で去って行ってしまった。
◇◆
春香さん達を見送った後。
「うーん……」
とんとんと何度かジャンプしてみる。
やはり頭痛は全くない。
疲労もほとんど感じない。
いや、それどころか……。
「軽い……かな?」
『力が溢れてくる!!』という感じではないが、確かに体が軽い。
「……!!」
いや、軽いなんてもんじゃない。
自分でジャンプした高さに、一瞬恐怖を覚える。
これは凄い。
魅力は知らんが、身体能力にかなり露骨な補正がかかっているのは間違いない。
「この分だとBMP能力も……って」
視線の先。
さっきミネラルウォーターを飲んでいた時と全く同じ構図でスカッド・アナザーが姿を現す。
しかも二体。
「おあつらえ向きだな」
思わず、悪い笑みが零れる。
二体のアナザーには悪いが、レオが俺の練習台に差し向けてくれたかのような抜群のタイミングだ。
「よし……」
まずは、カラドボルグで、頭痛が起きるかどうか確認。
どうせジャンプでかわされるだろうから、その後、さっき失敗した、対レオ用のコンボで仕留める。
二回も練習できる!!
じゃあ、まずは……。
「劣化複写:幻想剣:断層剣カラドボル……グ?」
?
なんか一瞬違和感があったけど、大丈夫。
ちゃんと断層剣が具現化できているし、頭痛もない。
という訳で。
「いけ……!」
スカッド・アナザー目掛け、空間断層をぶつける。
発射の瞬間、また違和感があったが、とりあえず、無視。
撃てるのなら、とりあえず問題ない。
「……ち」
けど、案の上、二体のアナザーにはジャンプでかわされた。
……が!
「……あ、あれ?」
見慣れた俺の空間断層が。
くぱ、と口を開いた。
断層というより亀裂。
一番開いたところで、1メートルほどだろうか。
開いたところからは、捕食行動から覗くものと同じような闇が見える。
形状と相まって、まるで異世界への落とし穴のような……。
「…………」
あまりの現象にぽかんとしてしまっている俺の前で、空間亀裂がいきなり周りの空間を吸い込み始める。
亀裂から離れている俺にはあまり影響がないが、真上にジャンプしてるアナザー二人は、もろに影響を受ける。
「…………」
俺が見守る前で、アナザー二人は亀裂に引き寄せられ。
黒い亀裂と接触した瞬間、アナザー二体の接触した部分が消失する。
二分割されたアナザー二体は幻影のように消え去り。
俺の空間亀裂は、何事もなかったかのように閉じた。
「…………」
……。
…………。
「……えーと」
あらためてカラドボルグを見てみると、さきほどまでの違和感の正体が分かった。
……なんというか……。形が違う。
もともと儀式用の剣のように無駄に壮麗な外見だったが、さらに装飾が追加され、大きさも一回り大きくなっている。
性能に関しては、今見た通り。
……というか。
「なんですか、これ?」