絶望の対処法4 ~『力を合わせる』~
「な!」
なななななななな、なんじゃ、あれ!!
混乱する俺の前で、スカッド・アナザーの頭部は地面に落ちる前に消滅し。
残された胴体も、後を追うように姿を消す。
「なるほど、確かに咆哮中は極端に障壁の出力が下がるようですね」
「幻術が効けば楽ですね」
「…………(こくこく)」
混乱する俺の前に、三人の人物が現れる。
端的に言うと、クールな美人と胸の大きなお姉さんと可愛い男の子だ。
……というか。
「け……賢崎さん?」
「はい」
「な……何やってるの?」
「? EXアーツ『首狩り』ですが……。さきほどお見せしませんでしたか?」
死神の鎌を振り切った後のような独特の姿勢で、賢崎さんが答える。
「いや、『首狩り』は分かるんだけど……」
そして、まさか本当に首を狩る技だとは思わなかったけれど。
「何、やってるの?」
もう一度、聞く。
「……」
「……」
「……」
「……賢ざ」
「助けに来ました」
「!」
「邪魔でしたか?」
「じゃ……」
邪魔なわけはないけど!
なんというか……。
「あの状態から……?」
「私だって、可能なら一晩くらいは時間を置きたかったですよ!!」
頬を染めながら、いきなり怒鳴られる。
「生まれて初めて負けたんです。色々と気持ちの整理も必要ですし、もういっそ死んでしまえ、なんて思わなかった訳もないですし、本家に何も言わない訳にもいかないし。そもそも、猛烈に気まずいですし」
「で……ですよね……」
「でも……明日まで生きてるとは限らないじゃないですか?」
「そ……」
「だから助けに来ました。気まずい空気はなんとかスルーしてください」
「…………賢崎さん」
やばい。ちょっと惚れそう。
「しかし、物凄い顔色ですね」
と、賢崎さんが俺の顔を覗き込む。
「やはり、調律の副作用ですか?」
「あ」
そうだった。
「賢崎さん。頭痛薬か痛み止めないかな!?」
「なくはないですが、効きませんよ。そんなものじゃ」
「そ、そうなの?」
まぁ、なんとなく、そんな気はしてたけど。
「しかし、私が原因とはいえ、肝心の澄空さんがこれでは話になりませんね」
「め……面目ない」
せっかく賢崎さんと共闘できるっていうのに……。
「どうします、お嬢様?」
「さすがに澄空さん抜きではどうにもなりませんからね……」
春香さんの質問に、困ったように答える賢崎さん。
「それに、たぶんレオに幻術は効きませんよ。同じやり方は通用しません」
「人質も居ますし、囮作戦も難しいでしょうね。貴方と雪風は参戦しない方がいいでしょう」
「奇襲するにしても、出力が足りませんよ?」
「それ以前に私と澄空さんの連携戦闘スキルに大きな問題があります。一緒に訓練したことないんですから」
「さらにそれ以前に、今の悠斗様闘えそうにないですけど」
「…………」
春香さんと賢崎さんの間で、悪い議論ばかりが積み重なっていく。
「ま、ちょっと待ってくれ賢崎さん。もう少し、もう少し休めば頭痛も収ま」
「1か月は無理です」
「へ?」
「私も専門ではないですが。その頭痛はただの頭痛じゃありません。1か月はBMP能力の使用そのものができないはずです」
「じょ……」
冗談じゃないぞ!
1か月なんて……。
「無理をして使っても途中で気絶します。人間が耐えられる痛みには限界がありますから」
「…………ぐ」
それはさっき嫌というほど味わったけど。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……澄空さん」
「……ん」
「実は、不本意ではあるのですが、一つだけ、全ての問題点をクリアする都合のいい手段があるんですけど」
「え?」
「お、お嬢様!?」
賢崎さんの提案に、疑問符を浮かべる俺と、驚愕の声をあげる春香さん。
目を丸くする俺たちの前で、賢崎さんが右手のオープンフィンガーグローブを脱ぐ。
「融合進化。賢崎嫡子のみが使える、世界でただ一つのBMP能力です」
握手のような姿勢で右手を差し出しながら言う賢崎さん。
「融合進化?」
それって、さっきのバトルで右手から超爆裂を防いだ?
「融合進化適用はただのおまけです。この右手の本当の力は、【同調させること】ではなく【同調すること】」
「同調……?」
「一緒に授業受けましたよね?」
「へ?」
いたずら子っぽい表情で賢崎さんが言ってくるが、何のことやらさっぱり?
「都市伝説、なんて言われてましたけど」
「え?」
そ、それって、確か……。
「同調して自分の魂そのものを幻化融合させ、対象者の全能力を飛躍的に底上げする。それが賢崎嫡子の……私のファーストスキル『融合進化』です」
「ど……!」
同調? 融合? 底上げ?
「混乱するのは分かりますけど、もちろん冗談なんか言ってませんよ?」
「そ……そりゃそうだろうけど」
本当に……。
「本当にそんなことが……?」
「さぁ」
「さ……さぁ、ってあんた!?」
「これは冗談です」
と微笑む賢崎さん。
「ただ、一度も使ったことがないのは本当です。そもそも練習できるようなBMP能力でもありませんから」
「れ……練習できない?」
「自分の魂を抜き出して融合させるんです。練習なんかできると思いますか?」
「……そりゃできないだろうな」
……ということは。
「それってムチャクチャ危険なんじゃ」
「当たり前じゃないですか。一つの身体に二つの魂を入れるんです。身体への不具合前提の技ですよ。澄空さんにとってリスクだらけです」
「賢崎さんのリスクは?」
「え?」
「……賢崎さんのリスクは?」
「……」
「……」
「……それだけ混乱しているくせに、なんでそこに気が付いてしまうんですか、貴方は?」
「じゃあ、やっぱり……?」
「意識の融合が怖いですね。自我を保ちきれずに融合してしまえば、もう二度と自分の身体に戻れなくなります」
「そっか。分かった」
と、俺は自分の頬を叩いて立ち上がる。
「澄空さん?」
「頭痛も何とか収まった。いけそうだ」
「……そうですか」
なぜか賢崎さんは口を尖らせて。
「ぶっ」
俺を足払いで転ばせた。
「な! 賢崎さん、何を!?」
と。
「あ……あれ?」
た……。
立てない……?
「そんな有様で闘える訳がないじゃないですか?」
しゃがみこみ、俺の額に人差し指を突き付けながら迫る賢崎さん。
「澄空さん、選択しないのも選択です」
「え?」
「私が負うリスクと、全員の命が失われるかもしれないリスク。どちらかを選ばないといけないんです」
「……」
「いくら貴方でも、何でもは無理ですよ?」
「…………」
だよな。
俺は、立つのは諦めて、何とか上半身を起こす。
「澄空さん?」
「リスクを取るよ」
みんなを助けるために。
「俺と一緒にリスクを取ってください」
頭を下げた。
「……はい。喜んで」
賢崎さんの右手が俺の右手を握りしめる。
「手順は特にありません。私が全て合わせますから、澄空さんはなるべく気を楽にしておいてください」
「りょ……了解」
楽にするのは、無理だと思うけど。
というか、今さらだけど融合って何だよ?
普通の握手とは全然違う。
もう今の時点で、魂が触れ合っているかのような深さがある……。
「あ……そうでした。一つ言い忘れてました」
「な……なになに!?」
まだ、何かあるの!?
「いえ、大したことではないんですが。このBMP能力、一度使ってしまうと、他の対象者に使えなくなるんですよ」
「え?」
「二回も使うようなものではないので、いいんですけどね。ただ、中には、対象者のことを【賢崎に選ばれた唯一人の勇者】なんて呼ぶ人もいるかもしれません」
「そ……それは……」
「はい。大したことではないですね」
「いやいやいやいや!」
結構、大したことだよ!
「澄空さん」
「な……なに?」
「貴方が【境界を越えるその日まで】。……いえ、貴方なら。【約束にたどり着くその日まで】」
「え?」
「よろしく、お願いしますね」