絶望の対処法3 ~『闘い方』を見つける~
「…………(そそっと)」
「ど、どうも……」
と、運転中の雪風君から携帯電話を受け取る俺。
もちろん、俺の携帯電話である。
なくなってたことにすら気づかなかったが、どうも賢崎さんとの戦闘中は、雪風君が預かっておいてくれたらしい。
ほんとに良くできた小学生である。
と、返された携帯電話が急に鳴り出した。
「はい。澄空です」
『悠斗君!? 無事ですか!? 城守です!』
「は、はい。なんとか……」
『一体何があったんですか!? 全員と電話が通じなくなるなんて……。みんな無事なんですか?』
「え、えーと……」
何があったか、どころの話ではないのだが。
今は、全部説明するような気力はないし、全部説明できるわけもないし……。
「すみません。幻影獣の襲撃を受けました。エリカと、三村と、峰が攫われました。麗華さんは連絡取れなくて……。他の人は命に別状ありませんが戦闘不能です」
『な……』
嘘にならない程度に適当にまとめる俺。
詳しく説明したところで、外部からの助けは期待できないし。
……さっきから、頭が痛い。
あまり長く話したい状態ではなかった。
『決して楽観視していた訳ではないのですが……。あのメンバーでここまでやられるとは……』
「【人と幻影獣は本来勝負になっていない】っていうのが、ようやく実感できましたよ」
自嘲気味に呟く俺。
まぁ、自棄になっていないかと言われれば、半分なっているような状態かもしれない。
『死ぬ気ですか? 悠斗君……』
「一応、それは大丈夫だそうです」
今は、魔女の加護を信じるしかない。
というか、頭が痛い。
城守さんには悪いけど、今は少しでも休んでおかないと……。
『私に一つだけレオを倒せる切り札があります』
「え?」
『と言ったらどうしますか?』
「……」
『……』
「…………」
『…………』
「……海上封鎖が解けて、こっちに来れるようになったら、俺の仇討ちをお願いします」
『ふ』
と。
受話器の向こうで、城守さんが微笑んだような気がした。
『【首都橋の悪魔】健在……、ですか』
「え?」
『なんでもありません』
なんだ?
何か、城守さん、嬉しそうじゃないか……?
『悠斗君』
「は、はい……?」
『レオは、至高の咆哮よりも絶対無敵の盾の方が厄介です』
「え?」
『LCCを希望込の最大限に評価したカラドボルグでも、あの障壁を突破するのは不可能です』
「…………」
『ただし、スカッドの戦闘状況を見る限り、至高の咆哮使用時だけは、一時的に絶対無敵の盾の出力が下がる可能性が高い』
「……そんなこと言っても」
咆哮された瞬間に、半径100キロは消滅するんだが……。
『レオの咆哮。実は、真後ろにだけは放つことができません』
「え?」
『咆哮の瞬間、真後ろに居ることができれば、勝機があります』
「ま……」
マジで……?
『しかし、やつの【咆哮】は展開が速い。ミドルレンジ以上で撃たれれば、為す術がありません』
「…………」
『誰かが囮にならなければ、難しい作戦です』
「…………それは……」
難しい。
相手がレオでは、囮というより生贄だし。
そもそも、今、一緒に闘ってくれる味方がいない。
『……ショートレンジで、超反応を可能にするBMP能力を使用すれば、背後を取れるかもしれません』
「……それって……」
調律自分掛けのことか?
「あれを……もう一回?」
呟いた瞬間、頭痛が強まったような気がした。
『……』
「……」
『…………』
「…………」
つまり。
①レオに気づかれずにショートレンジまで接近して。
②レオの咆哮に合わせて、調律で背後を取り。
③LCCとやらが載った全開のカラドボルグで切り捨てる。
と、いうことらしい。
『複合電算の頭脳と、私の長年の実戦経験と、【管理局最強】女性職員の勢いが捻り出した唯一の戦闘方法です。参考にしてください』
「結構、きっついんですけど……」
『ゼロに近い可能性ですからね。難しいと感じるのは当たり前ですよ』
「そりゃそうでしょうけど」
『貴方を倒すのは私なんですから。頑張ってください』
「…………」
…………。
「……あの、城守さん?」
『はい?』
「普通、この会話って、止める流れだと思うんですけど」
『いえ、私も最初はそのつもりだったんですけどね……』
「え?」
『余計な心配だと気が付きました』
「?」
『【絶望】より強い敵を相手にしたトラウマを思い出しましたから』
☆☆☆☆☆☆☆
「ふぅ……」
BMP管理局管制室で、携帯電話を切った城守蓮がため息を吐く。
「ねぇ、蓮にい」
そんな城守に、新月学園教諭にして、BMP管理局特別顧問の緋色香が話しかける。
「切り札って、まさか村正のこと?」
「まぁ、そうですね」
「蓮にいも死ぬ気なの?」
「勝ち逃げされるくらいなら、それでもいいかと思ってたのは事実ですけどね……」
と、城守はなぜか嬉しそうに笑う。
「『俺より弱いくせに外野は引っ込んでろ』と言われましたからね。大人しく、住民避難の指揮に全力を注ぎましょう」
「悠斗君はそんなつもりで言ったんじゃないと思うんだけど……。本当は、止めて欲しかったんじゃ……」
「貴方は【首都橋の悪魔】を知りませんからね」
訳知り顔で言う城守。
「賢崎さんとなら、共感できますかね」
☆☆☆☆☆☆☆
「…………(こくこくと)」
「雪風君、ありがとう」
雪風君は、第37支局の入っているシーポートからは、少し離れた場所で車を止めた。
今の体調だと歩くのが面倒な距離だが、確かにここから先は慎重に進んだ方が良さそうだ。
「……というか、歩くのが面倒、なんて言ってて、レオに勝てるわけもないな」
軽口を叩きながら、勢いよく自動車のドアを開き。
元気よく車外に飛び出したところで。
強烈な頭痛に襲われた。
「ぎっ……が……」
今まで経験したことのない質と強さの頭痛。
まるで、脳みそ自体が悲鳴を上げているかのような……。
今まで考えないようにしてはいたが。
これはやっぱり、調律の副作用か……?
こんな状態で、本当にレオと闘うのか……?
と、いきなり視界が暗転する。
「や……やば……」
為す術なく崩れ落ちそうになったところで、何かに支えられた。
「雪風君」
が、下から支えてくれていた。
「ありがと、雪風君。助かった」
と離そうとするが、離れない雪風君。
「雪風君?」
「…………(ふるふると)」
首を振る雪風君。
「もういいから逃げろ、ってことか?」
「…………(こくこくと)」
頷く雪風君。
まるで【今逃げても誰も貴方を責めない】と言っているかのようだった。
まぁ、俺も、誰かに具体的に責められるとは思わないけど。
「でもな、雪風君」
「?」
「俺が許せないと思うんだ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……(こくりと)」
雪風君が離れていく。
そのまま何も言わずに(元から喋らないキャラだが)運転席のドアを開け。
ぺこりと一礼し。
車を運転して去って行った。
「さてと」
とりあえずなんか飲もう。
◇◆
戦争後のような有様になっていたシーポートだったが、レオが咆哮を使ったわけではないらしく、全てが消滅していた訳ではなかった。
とはいえ、稼働中の自販機が見つかったのは、やはり運がいいと言うことができるだろう。
ちょっと探すのに時間がかかったが、まだ大丈夫……というか、もう少し休憩しないと闘えそうにない。
「っぷはぁ」
『なんたらの天然水』と書かれたペットボトルを半分ほど飲み、残りの半分を頭から被る。
少しでも頭痛が和らいでくれればと思ったのだが……。
「……痛ぇ」
もちろんそんなことはなかった。
これは、本気でやばい。
短時間の戦闘ならなんとか我慢できそうな気もするのだが……。
「これ、たぶん……」
俺の推測でしかないのだが。
ほぼ間違いないと確信をもって言えるのだが。
……BMP能力を使うと、頭痛が悪化する気がする。
「……い」
一回でいいんだ。
そもそも、レオと長時間の戦闘なんかできる訳がない。
城守さんの作戦通り。
一撃に全てを……。
「って、ちょっと待て!!!」
一人で突っ込む。
なぜなら、俺の視線の先。
20メートルくらい先に、ボロボロの黒いマントを羽織った人影。
「スカッド・アナザー……!」
油断した!
なんの根拠もないのに、もうレオ以外の敵には会わないと決めてしまっていた!!
「く……。お、落ち着け落ち着け……」
痛む頭を押さえながら、自分で繰り返す。
そう、落ち着こう。
相手はたかが一体。
1回で良かったのが、2回必要になっただけのこと。
むしろ、対レオの練習台にちょうどいい!!
相手が戦闘態勢に入る前に……!
「劣化複写:超加速!」
で距離を詰めて、咆哮に合わせて背後に潜り込んで、後ろからカラドボルグ!
……と思っていたのだが。
「ぎっ……」
スカッド・アナザーとの中間地点あたりで力場が消えて、豪快に転倒する俺。
原因はもちろん副作用の頭痛だ。
……これはだめだ。
気合や根性で堪えられる類の痛みじゃない!
と。
勝手に転倒した俺を不思議そうに眺めていたスカッド・アナザーの鉄仮面が笑ったような気がした。
「……やば」
遊園地でも見た、空気を吸い込むような独特の予備動作。
咆哮が来る!!
「劣化……ぎ!」
無理だ! 使えない!
「くそ……」
再度転倒した俺の前で、スカッド・アナザーの予備動作が終わる。
「じょ……冗談だろ」
こんなところで、終わりなのか?
「…………っ」
為す術ない俺の前で。
思う存分空気を吸い込んだスカッド・アナザーが。
咆哮した。
「…………」
……。
…………。
「…………?」
咆哮した、のだが?
「あれ?」
スカッド・アナザーの咆哮は、レオのものとちがって直線状である。
とはいえ、外すような距離ではないはずなのだが……。
「外れてる?」
ヤツの咆哮は、俺が居る場所より1メートルほど右を直線状に抉っていた。
これは一体?
と、視線を戻した俺の前で。
スカッド・アナザーの鉄仮面が胴から切り離されて宙を舞った。