絶望の対処法 ~『元気』を出す~
「賢崎さん、大丈夫?」
俺が上から降りた後も身体を起こそうとしない賢崎さんに、声をかける。
「どこか痛めたりとか……」
「大丈夫です」
と、普段からは想像できないようなだらしない格好で仰向けに寝たまま、賢崎さんが答える。
「ちょっと疲れたので、このままもう少し休みます……」
眠たげな口調で答える賢崎さん。
少し乱れた服装と合わせ、微妙に、事後風っぽい。
……いや、もちろん何もしてないよ?
「……」
なんて馬鹿なことを考えていられるのも、ここまでだ。
これでもう後戻りはできない。
レオのところに……、賢崎さんの予言を信じるなら、死にに行かなきゃならない。
賢崎さんと闘っている間の方がまだ良かった。
一旦クールダウンすると、また恐怖が込み上げてくる。
そもそも矛盾があるのは分かってるんだ。
あれだけ『賢崎さんを尊敬する』って言っておきながら、肝心の予言は信じないなんて……。
やっぱり……。
俺は……。
「澄空悠斗は、倒せない」
「……」
「……」
「……え?」
と、賢崎さんの方を見てみても、彼女は向こうを向いて、仰向けに寝たまま。
「賢崎さん?」
「澄空悠斗は、倒せない」
もう一度、同じセリフを繰り返す賢崎さん。
「魔女なら呪いが使えるはずですからね」
と、ごろんとこちらに向く賢崎さん。
「呪い……?」
「まぁ。私はなんちゃって魔女ですけど」
寝転んだまま、少し寂しそうに言う。
「あれだけ自信満々に約束しておいて、お腹から降りた途端に自信を無くすような人は呪われればいいんですよ」
「ぐ……」
痛いとこ突かれた。
「なので私が呪います」
「……」
「これから先。どんな幻影獣にも、どんな敵にも、どんな不幸にも。たとえ、ラプラスやパンドラの不興を買ったとしても。もう二度と、誰にも……」
「…………」
「澄空悠斗は、倒せない」
寝転んだまま、しかし、俺の眼をまっすぐに見て告げる。
「よって、ラプラスの予言は無効です。……なにせ、私自身が呪うんですから」
「……」
「ちゃんと呪いましたからね。もし、万が一帰ってこなかったら許しません」
「……ああ」
本当に。
なんつう優しい子だ。
「……」
「……」
「……」
「……大丈夫」
ちょっとだけ元気でた。
だから。
「必ず帰ってくるよ」
と言い残して。
体育館の扉を開いた。
◇◆
体育館を出たところで、見知った顔に会った。
「春香さん?」
「お疲れ様です。悠斗様」
一礼する春香さん。
「そうか。居たんだ、春香さん」
「はい。外で待っていました」
直前の状況を考えれば当たり前だが、この人(※あとたぶん雪風君も)が居ないはずがない。
迷うとか、説得できる、とかいうレベルではなかった。
この人が参戦していれば、俺は、迷う暇もなく制圧されていただろう。
「お嬢様を殺しましたか?」
「い! いえいえいえいえ!」
いきなり無表情で何てこと言うんだ、この人!?
「疲れたから少し横になる、って言ってましたけど、怪我はないと思います」
「ほんとですか?」
「ほ、ほんとです……」
ずずいっと顔を近づけてくる春香さんに、のけ反りながらも答える俺。
というか。
春香さんの様子がなんかおかしい。
いや、いつもおかしい雰囲気の人ではあるんだけど。
今は、その『おかしな雰囲気』を一切取り去った、氷のような無表情を顔に張り付けている。
と。
春香さんが俺の首筋のあたりを左手で触れる。
「春香さん……?」
「本気のお嬢様を無傷で制しながら、属性の高まりが一切ない……」
「へ?」
「悠斗様」
「は……はい」
春香さんは、俺の首筋から左手を離し。
「お嬢様の予言は気になさらないでください。あれは、普通の人間用です」
「は……はい?」
それは、俺が人外であるとでも?
「……冗談です」
と、春香さんは俺の隣を通り過ぎ。
一度振り返り。
「御武運を」
と一礼して。
体育館の中に入って行った。
………………。
本当に良くわからない人だけど。
「……とりあえず」
励ましてくれた……でいいんだろうか?
まぁいい。
どうあれ、俺は、第37支局に行くしか……!
……。
…………行くしか……。
いや。
「ちょっと待て」
どうやって行こう?
「……あれ?」
そういや、そこ全然考えてなかった。
故郷とはいえ、記憶がない現状では土地勘なんてないし(※そもそも、この体育館がどこにあるものなのかも分からない)。
あったとしたって、車なしで行けるような場所でないことは、ほぼ間違いない。
この非常事態の最中、タクシーが拾えるとは思えないし。
「あれ?」
ひょっとして……詰んだ?
「いやいやいやいや」
あまりにこれは情けない。
こうなったら、駐車場にわずかに残っている車の無断貸与を受けてだな……。
「って、俺、運転なんてできない……し?」
と。
見覚えのあるコンパクトカーの横に立つ少年に気が付く。
「雪風君?」
少し離れたところに車を停めていた雪風君は、俺と目が合うと、駆け寄ってきた。
「君も居るよな……そりゃ」
俺の問いにコクコクする雪風君。
背中に身長より少し短いくらいの槍を括り付けている。
癒し系美少年とはいえ、やっぱりこの子も闘う人らしい。
まぁ、癒し系美少女が見えない刃を操る御時世だから不思議はないが。
それはともかく。
「雪風君?」
が、何やら俺の右のこめかみ辺りをちらちら見ている。
気になって触れてみると、ねちょり、とした感触。
見ると、触れた掌が真っ赤に染まっていた。
「な……何これ!?」
『孤月』を喰らった時だろうか?
右の側頭部から、かなり出血している。
これに気が付かないなんて、どれだけアドレナリンが出てたんだろうか。
というか、これを完全スルーした、春香さん凄ぇ!
とか言っている場合ではなく。
「ゆ……雪風君。何か止血できるものないかな?」
聞いてみる。
癒し系執事属性美少年だからして、包帯くらい常備しているだろう、と思ったのだが。
なぜか、雪風君は袖を引いて俺の上体を下げさせ。
「!?」
ぺろりと俺の右のこめかみを舐め上げた。
「ゆ……雪風君? 気持ちは嬉しいんだが、舐めたくらいでどうにかなるような出血量じゃ……」
という俺の制止も聞かずに、雪風君は一心不乱に俺の側頭部を舐め続ける。
いや、この出血量だと、舐めるというより吸い上げる、なのだが。
身を任せること、1・2分。
雪風君が口を離す。
懐から清潔そうなハンカチを取り出して俺の側頭部を拭い。
絆創膏を取り出して、ペタリと貼り付ける。
「……」
そして『これでもう大丈夫です、御主人様』的な上目使いで俺を見上げてくる。
「……マジで?」
自分でこめかみに触れてみても、確かに出血が全くない。
おまけに痛みも全然ない。
これはBMP能力の一種なんだろうか?
治癒系はレアだって聞いたことはあるけど……。
「というか、あんなに血を飲んで気分悪くなったり……」
「…………(ぺろぺろりと)」
「……いや、なってなければいいんだ……」
まぁ、何はともあれ助かった。
「ところで、雪風君? 実は、助かったついでにもう一つお願いしたいことがあるんだけど」
と俺が言うと。
「…………(こくこくりと)」
『もちろん分かってますとも。決戦の場所まで僕がお連れします』みたいな感じで胸を叩く雪風君。
優秀すぎる。
なんだ、この完璧小学生は?
「まぁいいか」
言いながら、気が付いた。
これから、死地に向かう車に乗り込もうとしているのに。
「ちょっとだけ……」
元気でた。