運命の破り方(中級編)
「いよいよ、クライマックスね」
「……だね」
「ほんとに凄く楽しめたわね。……終わっちゃうのが惜しいくらい」
「僕は、悠斗君が大怪我する前に、早く終わってほしいけどね」
「……」
「……」
「ね。そろそろ、結論を出しましょうか?」
「結論?」
「そ。どっちが勝つのか」
「ふむ……。別にいいけど?」
「なら、まず、私からね」
「ん」
「……」
「……」
「私は、断然、藍華さんね」
「根拠は?」
「実力差は当然として……。そもそも、彼女は未来が見えるのよ」
「……」
「勝てない勝負なら最初からしない。闘っている以上は、必ず勝てるってこと」
「……」
「唯一可能性があるとすれば、彼女の迷い。……って、悠斗君は思ってたのかもしれないけどね。どれだけ迷っても、絶対に投げないのよ。あの、優しい魔女さんは」
「……」
「じゃ、次。ソータは?」
「そうだね」
「……」
「……」
「悠斗君だね」
「……そう言うとは思ってたけど。根拠は? もう、それこそ、漫画の主人公でもない限り、どうにもならなさそうな状況だけど」
「根拠はね」
「うん?」
「澄空悠斗は、倒せない」
「……」
「……」
「話、終わっちゃうじゃない」
「終わらせようとしてたんだよね?」
「いや。そりゃそうだけど……」
「彼のことを10年間見続けた、イチ幻影獣の感想だよ」
「え?」
「……強さじゃどうにもできない強さもある。どれだけ確率と理論を積み重ねても、届かないものもある」
「……」
「澄空悠斗は倒せない。……未来が見えるくらいじゃ、保険にもならない」
「…………」
「彼女にも、すぐに、わかるよ」
☆☆☆☆☆☆☆
賢崎さんが、大地を蹴る。
同時に、俺の感覚が引き伸ばされ、時間の流れが緩やかになる。
踏み込んでくる賢崎さん。
速いだけじゃない。
認識の隙を付くタイミング。視覚を誤認させる体さばき。一切の無駄を省いた空間移動。
全てが連動して生み出される、究極の『速さ』。
『まるで』じゃない。まさしく、拳の奥義。
加速させた感覚でさえ捉えきれない速さで、賢崎さんが俺の懐に潜り込む。
撃ち出されるのは右の正拳。
身体の中央……どこに逃げても一番当たりやすい場所を狙って繰り出される、優しさに溢れた無慈悲な拳。
為すすべもなく立ち尽くす俺の身体に、右拳が吸い込まれ。
接触する直前。
俺の右手が動く。
賢崎さんの驚愕の表情を瞳に焼き付けたまま。
右手で右拳を外側に払い。
手首を捻りあげながら。
左足を払って、宙を舞わせる。
一撃に全てを賭けていた賢崎さんは、全く対応できず。
受け身すら取れずに、背中を床に激しく打ち付ける。
肺の空気が絞り出される瞬間に合わせて。
仰向けになった賢崎さんの上に乗る。
同じようにされた時の賢崎さんの優雅さとは程遠く。
尻で腹を下敷きにするだけの強引なマウントポジション。
そして、両胸の中央に右手を当てる。
俺の場合は『撃ち抜く』必要すらない。
ゼロ距離からでも発射できる砲撃城塞の体勢。
ショットガンを胸元に突き付けたのと、同じこと。
つまりは、これで。
「勝負あり……だ」
◇◆
「……」
「……」
「……?」
「……」
「…………??」
「……」
無理もないかもしれないけど。
賢崎さんが目を白黒させている。
普段とのギャップがあまりにも激しすぎる。
これは可愛い。
いや、そんな場合ではなく。
「私……何、されたんですか?」
「……」
若干、誤解を招きそうなセリフではある。
いや、だから、そんな場合ではなく。
「澄空さんのレパートリーは、完全に把握しているはずなのに……。いえ、それどころか、今のBMP能力……オリジナルすら分からない……」
「えーと……」
「貴方は、本当に、運命を覆す救世主様だとでも言うんですか?」
「んなことはない」
ちゃんと理屈のある技だ。
「でも……。こんな土壇場で……私も知らないBMP能力を使うなんて……」
「いや」
そんなことはない。
「賢崎さんも良く知っているはずだけどな」
「え?」
「一緒に、授業も受けたし」
……まぁ、どちらかというと、これはやっちゃいけない方の使い方だが。
「……ま」
「……」
「まさか……」
「ああ」
そう。
これが俺の、対賢崎さん用の本当の切り札。
調律自分掛け。
「な……! 何を考えているんですか!!」
「ぐっ」
下敷きにした賢崎さんに、下から襟首を締め上げられる。
「分かってるんですか! ウエポンテイマーは、ウエポンじゃないんですよ!! おまけに、自分に掛けるなんて!!!」
「わ……分かってる!」
自分の盲腸を手術できる外科医が居るか、という話だ。
……まぁ、中には、居るかもしれないけど。
「分かってません!! どんな副作用が出るか分からないんですよ! ただでさえ危険なのに……。これから、あの、『絶望の幻影獣』と闘わないといけないんですよ!!!」
「ぐっ……。で、でも……。まず、ここを抜けないと、レオと闘うも何もないし……」
襟首を絞められたまま揺すられながら、なんとか返答する。
「そんな状態で闘うくらいなら、私に行かせた方がよほどマシです!! もしくは、説得してください!! 貴方なら、私なんか簡単に説得できるでしょう!!」
「い、いや……」
そう思ってるの。たぶん、賢崎さんだけなんじゃないかなぁ。
「なんで、私なんかを相手に、そんなムキになったんですか!? 貴方は、熱い心を秘めていても、常に物事を冷静に判断できる賢い男性でしょう!?」
「そんなキャラ設定、初耳だけど……」
「貴方が知らないだけです!!」
「ぐっ……」
ほとんど首絞めの状態になってきた。
「どうして、こんな無茶したんですか! これじゃ、私、澄空さんの足を引っ張っただけじゃないですか……」
「……」
「貴方が無茶するのは、仲間のためだけのはずでしょう!!」
「?」
「『?』じゃ、ありません!!」
「い……いや……」
だって。
「賢崎さんだって、仲間だろ?」
「……?」
「……」
「…………え?」
いや、『え?』と言われても。
……ちょっと待てよ。
★☆★☆★☆★
★BMPハンターチームですか。これで、私も皆さんの仲間ということですね。
★私を仲間にしたこと、後悔しました?
★私だけでなく、澄空さんの仲間はみんな分かってます。誰も澄空さんを責めたりしませんよ。
★BMPヴァンガードともあろう方が、私だけ仲間外れにしたりはしませんよね?。
★どうしたら、貴方を説得できますか? 賢崎の後継者としてじゃなくて、仲間としての言葉なら届きますか?
★☆★☆★☆★
五回も言ってるじゃないか。
これで、「仲間じゃない」なんて言われても困るんだが。
「た、確かに、仲間だとは言いましたけど……」
「だろ?」
「い、いえでも。……待ってください。貴方は、この闘いが、ただの仲間割れだったとでも言うつもりですか?」
「いや。割れまでいってないと思う」
少し意見がぶつかっただけで。
「私を……許すとでも言いたいんですか?」
「許すも何も」
……別に怒ってないけど。
「私は、貴方に、一生後悔する選択をさせようとしたんですよ!」
「命を助けようとしてくれたんじゃないか」
「……なぜ、そんなこと言うんです?」
なぜ、と言われてもな……。
「私は、確率にしか興味のない、冷たい女ですよ」
「……今さら、そんなこと言われても……」
「何ですか?」
「…………」
愚直なまでに、確率を重視するのも。
それでも零れ落ちる誰かが居るのが許せないのも。
「全部、賢崎さんが優しいからだろ」
言ってから。
何言ってんだ俺、と思った。
「な!」
「……ぁ」
「な、何を言ってるんですか……?」
と、俺の襟首を絞めていた手を離し、顔を覆ってしまう賢崎さん。
いや、ほんとに何言ってるんだろう?
「私は……貴方みたいに甘々じゃないんです。義務とか仕事で……頑張ってるだけです」
「…………」
でも。
「子どものままです。腹いせで納得しないだけの、ガキ女なんです」
「…………」
この人、誰かが言わなきゃ、一生気が付かない気がする。
こういうの本当はイケメンの仕事のはずなんだが。
というか、さっき一回言ったんだけど。
頑固者め……。
……もう一回。
「賢崎さんは、凄く優しい」
「だから! そういうこと、言わないでください! 私は。私のことを認めたくないんです!!」
「別に、犠牲になった人達のこと忘れろと言ってる訳じゃない」
「!!」
「もっと肩の力を抜けよ……。とか言ってる訳でもない」
そういうことじゃなくて。
初めて会った時から。
今では、さらに強く感じる。
麗華さんと同じくらい美人で。
麗華さんと同じくらい賢くて。
麗華さんと同じくらいお嬢様で。
麗華さんと同じくらい強くて。
それから、優しい。
恨むも憎むも、あまりにもったいない。
こんな凄い女の子がそばに居てくれるなら。
俺が愚痴を聞く代わりに。
「ご指導ご鞭撻を……。よろしくお願いしたいと思ってます」
「ご、ご指導ご鞭撻……?」
「ああ」
なんというか。
技術だけじゃなくて、生き方そのものが。
俺と少し似てて。
比べ物にならないくらい凄いと思うから。
……目標にしたい訳である。
「どんなもんでしょうか?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……」
「……」
「……あ」
「あ?」
「貴方は馬鹿ですか?」
「ぐ!」
そ、そりゃ、馬鹿ではありますが。
《いや、そこ、確認したわけじゃないと思うぞ……》
「全く……。女性の腹を座布団にしたまま『ご指導ご鞭撻』とは……」
自分の顔を両手で覆い隠したまま。
「全く……。本当に。あなたは……。あなたには……」
「……賢崎……さん?」
「あなたには……」
「…………」
「……」
「……」
「負け……ましたぁ……」
「賢崎さん?」
「生まれて初めて、心の底から……」
「…………」
「あなたに会えて……良かった……です」